「本日は虎拳プロレスの試合をご覧頂き、誠にありがとうございました!」
リュウの爆笑インタビューの後を引き受けたジンマが、次の興行開催の案内を行った。
「次回の大会開催は来月、12月13日に元・八十姫高校の体育館にて行います!リュウ選手も、もちろん出場しますよ!本日グッズ販売コーナーにて、前売りチケットを販売開始しておりますので、ぜひこの機会にお買い求め下さい!」
「わぁっ!!」
大きな歓声を上げる観客たちにお辞儀をして、ジンマはリングを降りた。
(リュウさんたら、デビュー戦の感想が『腹減った』って…ほんとにしょうがないなぁ)
ジンマは苦笑いしながらも嬉し泣きをしていた。
リュウの一本拳やトウドウのブック破りなど、いろんな番狂わせがあったデビュー戦だったが、虎拳プロレスが今まで経験したことがないほどの観客の盛り上がり様にジンマの身体は興奮に震えている。
コンタクトレンズも流れ落ちてしまうほど涙があふれていたが、後ろからタオルとジンマのメガネが差し出された。
振り返ると、笑顔の虎之助がいた。ジンマの肩を優しく抱いて言った。
「ジンマ、リュウを連れてきてくれて本当にありがとう!」
「虎之助…!」
またも涙があふれたジンマだったが、虎之助の次の言葉に涙が止まった。
「半年後の復帰戦では僕がリュウを倒して、きっとこれ以上の興奮を味わわせてやるよ」
顔を上げると虎之助の笑顔は消えており、激しい闘志に燃えた目をリュウに向けていた。
(その際には、リュウを完膚なきまでに叩き潰さないといけませんね)
レンの声を思い出し、ジンマは絶句した。
リングを降りたリュウはシュウと共に物販の店番に行こうとしたが、観客に取り囲まれて握手攻めにあっていた。
「リュウ選手、すごい空中殺法ですね!あんなに高く、しかも素早く動けるレスラーは初めて見ましたよ!」
「今までどこの団体にいたんですか?ずっとヒゴに居てくれるんですか?」
「次の試合も観に行きます!チケット貴方から買わせて下さい!」
「皆さんすんません、ちょっとリュウ選手を通してもらえますか。チケットやグッズを買って頂ける方はいっしょにあちらへお越し下さい」
シュウがリュウを守りながらなんとか道を作ったが、リュウは小声でこんなことを訴えていた。
(シュウ、マジで腹減った…何か食いたい。『天草大王の大手羽串揚げ』ってやつがリングから見えて美味そうだった!屋台で買って来てくんねえか?)
(リュウ凄いな。動体視力だけやのうて、遠くもよう見えるんやな。でも、まず物販が終わってからや。もうちょっと我慢し)
(試合前みたいにトウドウに俺の分まで売ってもらえねえかな。腹減って我慢できねえ…なぁ、いきなり団子だけでもいいから食いてえ)
(あかんて。はいこれ、のど乾いてるやろからスポーツ飲料飲んどき)
(ちぇ。飲み物より食い物がいいなぁ)
リュウのおかげで観客の購買意欲が盛り上がったため、シンヤやユージ、ケイイチも改めてグッズ販売コーナーに立っている。グッズだけではなく、試合のチケットが欲しいお客がどんどん押し寄せてきて大忙しだが、3人は笑いながら楽しく対応していた。
「リュウは大したもんだ。初試合だってのに、すっかりお客の心をわしづかみだな」
「しっかし、あのインタビュー!さすがリュウだな。食うことしか頭にない!」
「まったくだ、率直すぎるだろ!お、食いしん坊の新人スターレスラーが来たぞ!」
シンヤたちの笑い声に迎えられ、ようやくリュウはグッズ販売コーナーにたどり着いた。
赤コーナーグッズ場所に居るトウドウと目を合わせると、ニヤリと笑い合ってから物販を始めた。
とは言ってもリュウがするのはグッズやチケットを買ってくれる人に「ありがとう」と握手とサインをして一緒に写真撮影をすることで、金銭のやり取りや端末を使っての操作はシュウやプロレス研究会のOBに任せっきりであった。
「写真撮られる時は、いきなり団子とか美味しいもんを思い浮かべるんやで」
シュウからこうアドバイスされていたので、リュウは一応笑顔に見える表情でお客との2ショット撮影に臨むことができた。サインについても、
「特に凝ったデザインとか意識せんでも、普通に漢字で『飛成竜』て書くだけでカッコええと思うで」
リュウが意外にも達筆であることを闘技戦の起請文で知っているので、こう言ってあった。
それを受け、リュウは用意されているマジックペンで漢字のサインを書いていたのだが、何気なくそのサインを見たシュウは(嘘やろ?!)と目を疑った。
へたくそなのである。
まるで子どもが木の枝を使って地面に文字を書いたのかと思うような字だった。
(筆で名前書いた時はむっちゃきれいやったのに、なんでや?)
どうやらリュウは、書道を学んだ経験がある人にままある「筆を持たせたら上手い字を書くが、ペンを持たせるとなぜか下手になる」というパターンのようであった。
(次からは筆ペンタイプのマジック用意せんとあかんな…)
お客もリュウのサインを見て「え?」と驚きを隠せない様子だったが(デビュー戦って言ってたし、きっとサイン書くのも今日が初めてなんだな)と温かく見守ってくれているようだった。
また、女性客は「かわいい…」「ギャップ萌え」とかつぶやいていたので、意図せず母性本能をくすぐったようだ。
ちなみに後年、リュウがこの日書いたサインが以後のサインとあまりに字が違うので「ニセモノだろ」「いや、実際に目の前で本人に書いてもらった」「嘘つけ。リュウのサインと全然違う」などとファンの間で物議をかもすことになる。
ジンマが他の選手の3倍は用意してあったリュウのグッズは飛ぶように完売し、次回の試合チケットも会場収容予定人数の5分の1が売れていた。トウドウがリュウに斡旋してもらったリングサイド席24枚を皮切りに、販売開始数時間でここまでの販売数も虎拳プロレス初である。
「これもリュウのおかげだ!」と皆から言われ、ご褒美?に皆の許可のもと「天草大王の大手羽串揚げ」をとりあえず3本食べさせてもらってから、皆と一緒にリングや花道、控室テントなどの撤収にかかった。
リュウは(ん?)と思った。
トウドウの隣に中学生くらいのトウドウのグッズTシャツを着た男の子がいて、一緒に撤収作業をしているのだ。
思い返せばグッズ販売の時も、同じTシャツを着た子がトウドウの横にいたような気がする。
大学のプロレス研究会時代の関係者にしては年代が合わないので不思議に思い、シュウに聞いてみた。
「シュウ、トウドウの隣の男の子はファンなのか?一緒に手伝ってくれてるみたいだが」
「あの子はトウドウさんの息子さんや」
「えっ!?むすこ?」
「今は後ろ向きやから見えへんけど、顔もよう似てるで」
シュウの話はこうだった。
道場のパソコンでトウドウが九州に来てからの試合映像を観ていると、トウドウが客席の一定方向を見ながら技を決めていることが多いのに気が付いた。ハカタの団体の試合で相手選手の腕を痛めた時も、虎拳プロで虎之助のひざを負傷させた時も同様だった。
(もしかしたら、客席の誰かに向かって自分の強さをアピールしたかったんかな)
そう考えたシュウは、子どもたちとのイベントの際もトウドウがどの方向を向いて子どもたちのフォローに立つかを確認し、イベント終了後はトウドウが見つめていた南側の芝生観客席にまず向かった。すると、トウドウの顔や名前が入ったTシャツを着ている、トウドウによく似た顔の男の子を見つけた。
「こんにちは。僕、シュウて言います。もしかして、トウドウさんの息子さんですか?」
「…はい」
「もしよかったらやけど、試合終わった後にグッズ売ったりリング片付けるお手伝いしてくれへんかな。お父さんと一緒に」
「え、いいんですか」
「今日は忙しなりそうやねん。バイト代出すからお願いしたいねんけど、どやろ」
「はい!」
シュウは観客席をまわった後、ジンマに「知り合いの子が来てるので、物販と撤収をその子に手伝ってもらいたいんですわ。僕が個人的にバイト代出しますんで、お願いできませんか」と根回しもしておいた。
ジンマは「もちろん経費から出すよ!ありがとうね!」と事情は知らぬまま快く受けてくれた。
「ジンマさんとプロレス研究会OBのユキナガさんから聞いたことやけどな、トウドウさんはカントウの大きな団体に居てはったのを、辞めて九州に来はったんやて。どうやら離婚しはったらしくて、奥さんが息子さん連れて九州に行ってしもたから、別れてもちょっとでも近くに居たい思てカントウから九州に来たらしわ」
(きばい屋のおやじさんとこみたいに、奥さんが息子連れて出て行っちまったのか…でもトウドウは大きな団体辞めてまで、追いかけては来たんだな)
そう思ったリュウは、ふと気づいた。
「あ、じゃあ、トウドウが設営や撤収、物販さぼってたってのは…もしかして」
「うん。これは僕の推測やけど、息子さんと会えるんが試合の時だけやったんちゃうかな。せやから試合前や試合後、ちょっとでも長い時間息子さんと一緒に居って話とかしてたんかなて思ったんや」
(…今までは用事があったってのは、そういうことか)
「今日はトウドウさん、約束通り設営も物販も撤収もちゃんとしてはる。でも息子さんはお父さんと話でけへんから寂しいんちゃうかと思て、僕からお節介やけど『手伝ってくれへんか』って息子さんにお願いしたんや」
リュウとの試合が終わった後、先にリングを降りて来たトウドウにシュウが息子さんに手伝いを頼んだ経緯を説明すると、驚きながらも「ありがとう!」と感謝し、嬉しそうに息子と一緒に店番を始めた。
また、いつもはトウドウのグッズはそこまで売れないのに、リュウとの闘いが好勝負だったので
「今日の試合すごく良かった!次の試合、トウドウも出るんだよな!チケット買うよ」
という客が多く、グッズも売り上げが伸びていた。
顔が似ているので「おっ!トウドウの息子か?」と声を掛けてくる客もいて、「お父さん、負けたけど強かったな。バックブローに横蹴り凄かったぞ!」「お前の親父、今まで強さを隠してたな。実は反則しなくても勝てるんじゃないか?」などと息子に言ってくれたりし、トウドウも笑顔がこぼれていた。
ジンマもその様子を見て事情を察し、トウドウのブック破りなどについては(とりあえず仕事の話は後だ)と今はそっとしておくことにしたのだった。
リュウはトウドウの息子の顔を遠くから眺めて(たしかにトウドウ似だな)と思ったが、それ以上は何も言わずにまた撤収作業に戻った。そんなリュウの様子に、シュウもまた何も言わなかった。
解体したリングなどをトラックに積み込んで撤収作業は終わり、会場の掃除も終えた。
シュウはトウドウと一緒に居る息子の所へ行き、封筒に入れたバイト代を渡しながら
「ほんまにありがとうな。手伝うてもろて助かったわぁ。今から打ち上げあるんやけど、よかったら君も一緒に来てくれへんかな?お父さんと一緒に晩御飯食べられるで」
と、誘ってみた。トウドウも息子を連れて行きたそうな顔をしたが、息子は
「ありがとうございます。でも、お母さんが家で待ってるんで帰ります」
と頭を下げた。
「じゃあ、気を付けてな。また次の試合で」
「うん。お父さん、お疲れ様」
トウドウをねぎらって歩き出した息子だったが、ふと振り返ってこう言った。
「今日のお父さん、カッコよかったし強かったよ。お母さんにも言っとく」
「…そうか」
父子揃って照れた顔をして、帰ってゆく息子を父は見送った。
夜祭の人波に隠れて姿が見えなくなると、トウドウはシュウに向き直り、
「シュウ、息子に気を遣ってくれてありがとう。うれしかった」
と礼を言った。また、少し離れて立っているリュウの方を向き、こう言った。
「リュウ、お前と闘えて良かった。…息子からカッコいいとか強いとか言われたのは、今日が初めてだ」
シュウは笑顔でうなずいたが、リュウはトウドウの言葉を聞いていないような顔で、横を向いて言った。
「腹減ったなぁ。話はいいから早く打ち上げ行こうぜ。シュウ、今夜はジンマが温泉宿に皆で泊まってパーッと宴会するって言ってたよな」
「せや。1400年以上前から湧いてるいう玉名温泉の宿や。馬刺しも食べられるらしで」
「本当か!?早く行こうぜ!トウドウ、今度は馬刺しひっくり返すんじゃねえぞ!」
(第四十八話へ続く)
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