瞬時に両足を使ってマットを蹴ったリュウは、胸から下を思い切りしならせてトウドウの身体をはね返した!
さすがに腕のロックまでは外せなかったが、リュウの首と胸を押さえ込んでいたトウドウの両足は浮き上がった。リュウはすかさずその右足つま先部分を左手でつかみ、思い切り強くねじ曲げた。
「うぅっ!」
激痛にうめいたトウドウは思わず足を引きかけた。その隙を逃さず、リュウは自分の身体をひねりながら素早く移動させた。
さらにうつ伏せになると体勢を入れ替え、トウドウの右足を抱え込んで抑え込みに入った。即反応したジンマがカウントを取る。
「ワン!ツー…」
トウドウもリュウの腕をつかんだままはね返して、勢いをつけて体を上下入れ替えながらリュウを抑え込み、なお腕がらみを極めてくる。
「負けるな!」
「リュウ!がんばれ!」
序盤からトウドウの寝技に押され続けているリュウを心配して、ファンからの声援が多く挙がってきた。
しかしなおもトウドウは捉えているリュウの腕を伸ばし、ストレートアームバーに移行しようとした。だがその時!
“ガッ!!”
一瞬でトウドウは吹っ飛ばされ、リュウの頭上を越えてマットに転がり沈んだ。
リュウの右ひざ蹴りがトウドウの左側頭部に激しく打ち込まれたのだ!
「ええっ?!」
場内には歓声というより驚愕の声が満ちた。
スタンディングポジションではなく、寝ている状態でここまでの威力を見せるリュウのひざ蹴りに、ファンも信じられないという反応だった。
広がるざわめきの中、青い顔のジンマが駆け付けてトウドウに声を掛けた。
「トウドウ、大丈夫か!?」
うつ伏せのトウドウから反応が無いため、ジンマが顔を上げさせて呼吸を確認しようとすると、
「がぁっ!」
いきなり叫び声を上げながらトウドウが飛び起きた!
(失神していたのか?それともセールなのかどっちだ?!)
あわてて下がりながらジンマは迷ったが、この勢いなら大丈夫だろうと試合を続行させた。
目を血走らせながら辺りを見回し、リュウの姿を探すトウドウ。青コーナーで右腕を軽く振りながら立っているリュウを見出すと、
「やりやがったな!!」
トウドウは怒りを露わにし、立ち上がるやリュウに向かって突進してきた。
「お目覚めか?じゃあ行くぜ!」
言うなりリュウは駆け出し、ジャンプと共に身体を高速回転させながら、シンヤに教えた“胴まわし回転蹴り”をトウドウに喰らわせた!
「ぐわっつ!」
下から振り上げた大刀で首をぶった斬るようなリュウの蹴りに、トウドウの身体は赤コーナーポストに激しく叩きつけられた。
「おおっ!すげえ!!」
「さすが本家本元!」
「シンヤとは桁違いの速さと衝撃だな」
ケイイチとユージ、それにサナダからのキツい突っ込みにシンヤは
「うるさい!そんなことも俺は充分わかっている!!」
と怒鳴り返したが、内心では(やっぱりリュウの蹴りはハンパねえ…)と思って身震いしていた。
立ち上がることができないトウドウの首に腕を回し、容赦なくブレーンバスターを仕掛けるリュウ。しかしトウドウも抱え上げられた瞬間にすり抜けてリュウの背後に降り立ち、腰に手を回してバックドロップを放って切り返してきた。
そのままリュウの左手を絡め捕ったトウドウが、自分の左足をリュウの左肩から首に引っ掛け、リュウの身体をマットに倒した!
「おおっつ!」
次々入れ替わる攻守に、場内は驚嘆の連続である。
再度グラウンドに持ち込んだトウドウが、リュウの左腕にアームロックを極めた!
しかもリュウの身体を引き起こし、左肩はマットから離れた状態で極めているので、トウドウはあくまでもリュウからフォールではなくギブアップを奪うつもりなのだ。
「キムラロックか。やるなトウドウ」
サナダはニヤリと笑ってつぶやいた。
(しかしこの後の展開はどうするつもりだ。このまま折っちまう気か。左ひざで背中も押さえてるし、左太ももで首も圧迫してやがるな)
「リュウ選手、ギブアップ?」
ジンマはレフェリーとして冷静に声を掛けるが、トウドウに対して内心は煮えくり返っている。
(いくらリヴェンジ仕立てとはいえ、どこまでリュウさんを攻めれば気が済むんだ!ルーズジョイントだからこそ気が付けば折れてるって事態になりかねないんだぞ!)
しかしリュウはジンマの問いかけにノーもイエスも返さない。気になったジンマはリュウの顔を覗きこんだ。
(──あ!)
背筋を凍らせたジンマは思わず身を引いた。
リュウは鋭い目で笑っていた。
ヤゴロウどんとの闘い、そしてトウドウに一本拳を喰らわせたあの時と同じ、鬼の顔で笑っているのだ。
(リュウさん…殺る気だ…!)
(まだギブアップしないのか?!)
業を煮やしたトウドウは、いよいよリュウの首を強く圧迫しながら腕を極めにかかった、その時であった。
「ギャアッ!!」
トウドウが悲鳴を上げ、リュウの腕を離して身体をのけぞらせた。またリュウの首にかけていた足もはずし、そのかかとでリュウの顔面を蹴り、なんとかリュウから離れようともがいている。
ジンマが恐る恐る二人の間を覗きこむと、リュウが右手でトウドウの右足首をつかんでいる。いや、正確には喰い込ませるように爪を立てていた!
もちろんトウドウは素足ではなく試合用ブーツにレガースも装着しているのだが、リュウの指は非常に深くめり込んでおり、トウドウは逃げようにも己の右足を動かすことすら出来ないようだ。
(リュウさんの握力はそんなにすごいのか!…いや、握力というより…指の力なのか?)
凝視するジンマを気にもせず、リュウは解き放たれた左手もトウドウの右足に喰い込ませた。
悶絶するトウドウを楽しそうに見やってから、その足首をわき腹に押し付けてトウドウを引き立たせながら立ち上がり、一気に身体を回転させた!
(ドラゴンスクリューだ!)
ジンマは狂喜して叫びそうになった。
トウドウの身体はまさに竜巻に巻き込まれたかのように激しくマットに打ち付けられた。
「リュウが飛龍竜巻投げを!」
「さすがドラゴン!」
ファンは一気に沸いた。さらにリュウはトウドウの足を捉えて4の字固めに入った!
「わああ──!!」
古典的な技ではあったが、マニアックなプロレスファンにはこの技は特別な意味を持っていた。
大昔に伝説のレスラーであるムトウとタカダが互いの団体の面子をかけた闘いの決め技でもあったし、格闘技志向にプロレスが勝利した象徴の技とも言えたのである。場内はさらに盛り上がった。
しかしリュウがこの技を出した理由にそういう配慮は無かった。サツマで闘技戦委員長のヤッさんに4の字をかけた時と同じく、単に“相手を逃がさないため”だったのだが。
トウドウは必死で身体を起こし、手を伸ばしてリュウの足を外そうともがいた。その手をさらにリュウがつかんでえぐるように爪を立てる。
ひっかくのは反則になるが、鷲づかみにするのは有効で「アイアン・クロー」と呼ばれる技のひとつにもなる。この時すでに観客の間では「ドラゴン・クローだ!」との声が挙がっていた。
リュウの足を外すのをあきらめたトウドウは身体を反転させた。上体を起こして形勢逆転しようとするが、リュウもそこは心得ているのでさらに反転した。
結果、二人は回転しながらエプロンサイドからリング下に落下してしまった。
(リュウ!大丈夫か?)
反対側のリングサイドにいたシュウからチビヤゴくんの心話機能で呼びかけられたリュウは
(おう!だがこの後どうすりゃいいんだ?4の字外してリングに戻った方がいいのか?)
と問い返した。
(僕もわからへんけど、でもその状態やとお客さんから見えへんから、やっぱり戻った方がええんちゃうか)
(それもそうだな。よし!足を外してリングに戻るぜ)
リュウは自ら4の字をはずし、トウドウを解放してリングに戻ろうとした。しかしマットに片足を踏み入れてロープをくぐったところで、リング下のトウドウにもう片方の足をつかまれ引き戻された。
(何をしやがる!)
リュウはロープをつかんで踏みとどまったが、トウドウはなおもリュウの足を引っ張ってリング下に落とそうとする。
そこへジンマが近寄って、場外カウントを取りながらリュウにささやいた。
「リュウさん!そこからバック宙しながらトウドウに体当たりできる?!」
「え?でもトウドウが足つかんで…」
「後ろ蹴りで突き放して!トウドウがフェンスに倒れ込んだらそこにバック宙で体当たりするんだ!」
「わかった。よくわからねえけどわかった!とにかくやってみる!」
リュウはジンマの指示通り、トウドウがつかんでいる足を瞬時に引き付けてから思い切り後ろに蹴った!
「うおっ!」
トウドウは弾みでフェンスに倒れかかる。リュウはエプロンサイドから高くジャンプし、後ろ宙返りで美しい弧を描いてトウドウの胸に自分の胸を当てるように体当たりした!
「おお──っつ!!」
「ラ・ケブラーダ!」
「いや!リュウはロープの反動を使ってない!ケブラーダよりすごい!」
場内は沸きに沸いた。メキシコのプロレスであるルチャ・リブレの技名称「ラ・ケブラーダ」を叫ぶ者、また「ドラゴン・ムーンサルトだ!」と、早速リュウのオリジナル名称に変えて叫ぶファンもいた。
しかしリュウは観客の熱狂を感じる余裕はなかった。なぜならリュウのバック宙体当たりを喰らったトウドウは、フェンスを越してリングサイド最前列に座っていたオーナー・コトカの真横の席にリュウ共々倒れ込んだからだ。
「きゃあああ!!」
リュウは慌ててトウドウの身体を押しのけ、悲鳴を上げるコトカの側から遠ざけた。
この席に座っていた客はプロレスの流れをよくわかっていたらしく、事態を察して先に逃げていたようだ。
「すまねえ!オーナーさん、大丈夫か?」
「…あっ…」
コトカは突然の恐怖の直後に、その体温が感じられるほど間近に迫った恋しいリュウを見て、もはや恍惚となっていた。
(ケガはなさそうだな)
安心してリングへ戻ろうとしたリュウだったが、後ろから髪をひっつかまれた!
「痛っ!何をしやがる!」
振り返るとトウドウがリュウの頭髪をつかんで、そのままフェンスを越えて客席通路へと引っ張りこんで来た。抵抗しようとするが逃げようとする客がいるため下手に攻撃ができない。
(くそ!髪の毛切っときゃよかった…!)
止むを得ずトウドウに引っ張られるまま、南側の階段状になっている固定観客席最上段までリュウは連れて行かれた。
「お客様!危ないですから下がってください!選手の側から離れて!お気を付け下さい!」
サブレフェリーのユキナガが場内アナウンスをすると共に、プロレス研究会の後輩たちが観客を避難誘導する。
周りに客が居なくなったので、リュウはトウドウに小声で文句を言った。
「おいトウドウ!なんでこんなとこまで来るんだ?リングに戻らねえのか」
「こういう作りの会場ではな、見えやすい客席で場外乱闘する方が盛り上がるんだ」
トウドウの小声の答えに(そういうもんなのか)と納得したリュウは、髪をつかんでいるトウドウの手を鷲づかみにし、強く指を喰い込ませた。
「ううっ!」
激痛に手を離したトウドウの手をリュウは両手で取り、そのまま固定観客席に一本背負いの要領で投げ飛ばした!
あちこち激しくぶつかりながらトウドウは椅子と椅子の間に落ち込んだ。
(おい!誰もここまでやれって言ってねえぞ!)
怒りながら起き上がったトウドウも、段差のある階段スペースに立つリュウに本気の蹴りを浴びせて来た!
しかしリュウは座席の背もたれに跳び乗って蹴りをかわしたり、背もたれの上で片手で逆立ちしてのカポエイラのような蹴りを出すなど、場外乱闘はリュウの独壇場となった。
「凄い!凄すぎる!!」
「なんでこんな場所でリュウは自由自在に闘えるんだ?!」
最初は逃げ出した観客たちも、リュウの超人的な動きに興奮して近くに集まって来た。
(危ねえ!来るな!)
客に気を取られたリュウの一瞬の隙を突いて、トウドウがリュウの片足を捉えた。そのままフルスイングで固定観客席にリュウの身体を叩き込んだ!
リュウは身体を起こそうとしたが、片足が椅子の背もたれと跳ね上げ式座面の間にはまりこんで抜けない。
(くそ!どうすりゃ抜けるんだ)
あせるリュウを尻目に、トウドウは階段を駆け下りリングへ戻ってゆく。
(え?何ひとりだけリングに戻ろうとしてんだ!?)
挟まれたままリュウは叫んだ。
「トウドウ!待てコラぁ───っつ!!」
(第六十四話へ続く)
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