「では只今より、飛成リュウ選手のインタビューを行います!」
通常は試合後にリング上で勝利者インタビューが行われるが、ヒゴくまねっとのインタビュアーは控室の前に居た。
なぜかと言えば、リュウがアルティメットを付けた左手を高くつきあげて「やったぞ──!!!」と叫んだ直後に、リング上にぶっ倒れてしまったからである。
いったんは控室に戻した担架を再びリングに運び込み、リュウを乗せようとしたが
「俺も担架に乗せるなあっ!!」
とわめいて抵抗したため、やむなくシュウがリュウを肩にかついで控室に運ぶこととなった。
(無理せんと担架乗ったらええのに。足むちゃくちゃ痛いやろし、頭かてさんざん蹴られてキツいんやろ?)
(ゲンサイが拒否した担架に俺は乗るなんて、カッコ悪いじゃねえか!)
シュウの心話にリュウはそう返したが、大きなシュウの肩にかつがれるリュウの姿はまるで「お父さんにおんぶされている子供」のようで担架に乗るよりカッコいいとはとても言えなかった。
かくしてリュウは控室で、トミヤの指示で駆け付けた医師の手当てを先に受けることになった。
やっと取材OKが出たのでインタビュアーは控室前で中継を始め、場内の大型ビジョンにもその様子が映し出されたのである。
控室のドアが開かれると、氷水が入った大きなバケツに両足を突っ込み椅子にもたれているリュウの姿が現れた。
腫れあがった両太ももには氷嚢が乗せられ、頭部にもシュウが氷嚢を押し付けてアイシングをしている。闘いの激しさが一目でわかる光景であった。
「ヒゴくまねっとです。リュウ選手、インタビュー大丈夫ですか?」
「ああ。全身痛えけど話はできるぜ。ゲンサイの蹴りはやっぱり凄えよ。俺、よく生き残ったよなあ?」
呑気にも聞こえるリュウの言葉に場内で笑い声が上がった。
「本当に大激戦でしたが、リュウ選手の肘打ちも凄かったですよ!今ゲンサイ選手は病院で手術中だそうです」
「手術中…」
(ひどいケガをさせちまったんだな。ゲンサイと二人で決めたルールだが悪いことをしたな…)
うつむいて黙り込むリュウに、インタビュアーもどう言葉を継いでいいか迷った、その時。
「この“馬鹿のひとつ覚え”野郎が!」
大きな怒号が響き渡った。
「下手くそなタックルばっかり何度もやってんじゃねえぞ!」
サナダが寄って来てそう言うや、リュウの頭を平手で叩いた。
「いってえ!!何しやがんだ師範!」
目をむくリュウに構わず、サナダは続けた。
「足ばっかり狙わねえで腕取って、バランス崩して寝技に持ってきゃ早くにキメられたんだよ!馬鹿が」
「何だよ!文句つけんなら自分でゲンサイと闘ってみろってんだ!ゲンサイがどんだけ体幹強えか師範は知らねえだろ!」
突然始まった師弟の口論にインタビュアーは慌てたが、カメラマンは(面白いことになった)と撮影を続けている。
「そういう強いヤツを崩すために俺が教えてやってんだろが!何も身についてねえな!」
今度は拳骨でサナダはリュウの頭を殴った。
「ぐお!だから師範、いてえって!」
「ゲンサイの攻撃真っ向から受けまくりやがって。今月は後2回も試合が有るのに欠場になったらどうするんだ?!お前が出ない試合なんざ誰も観に来ねえから、チケット払い戻しでジンマが切腹もんだぞ!」
「師範、それはひどい!」
ケイイチが真っ赤な顔をして反論をする。
「シンヤだっているし俺やユージもいるのに」
「シンヤとケイイチとユージの3バカトリオだけの試合、観てえヤツいるのか?いるなら手え挙げてみろ!ほれ、誰もいねえだろ?」
インタビュアーとカメラマンは対応に困って固まっている。さらにサナダはカメラに向かって言った。
「今これ観てる場内のお客さん方よ、リュウじゃなく3バカトリオだけ観てえって奇特な御仁がいるなら手え挙げてくれるか?」
場内の観客は爆笑し、面白がって「はーい!」と手を挙げる客も複数いたが、
「ほい、こっちからは見えねえから誰もいねえってことだな」
サナダの返しに場内は再び爆笑の渦となった。
見かねたシュウが「サナダ師範、すんません~」とサナダに笑顔で声を掛ける。
「リュウもさんざん頭蹴られてダメージ受けてますさかいに、もうそのへんで堪忍したって下さい」
「シュウがそう言うんじゃしょうがねえな。もう粗熱も取れたろ。冷やしすぎもよくねえから氷水のバケツから足出しとけ」
サナダの指示にシュウがタオルを用意していると、ミノルがやってきてリュウに耳打ちをした。
「シンヤ選手から伝言っす。『リュウ選手のサイン会いつまで待たせるんだ!』って怒った男性客にマリエさんが怒鳴りつけられてるから、早く来てくれって…」
「何だとお!?」
リュウは顔色を変えてすぐさま椅子から立ち上がり、マリエのもとへ駆けつけようとした──が。
「うわっ」
バケツに両足を突っ込んだまま駆け出そうとしたため、そのまま前倒しになり、氷水を全身に浴びる羽目になった。
(冷てえ─!)
空になったバケツがガラガラと大きな音を立てて転がってゆく。
カメラマンとインタビュアーも飛び散った氷水を浴びて「ひぃ─!」と嘆いている。
「すんません、大丈夫ですか」とシュウが二人にタオルを渡してから、倒れているリュウの身体もタオルで拭いてやる。
(そんなに慌ててどないしたんや)
(マリエが!マリエが男の客から怒られてるって!俺が早く出て行かなかったからマリエが文句言われて…すぐ行ってやらねえと!)
(リュウ、落ち着きて!ほな僕が抱えて行くから…お姫様抱っこのほうが身体楽かいな?)
(冗談じゃねえ!マリエにそんなカッコ悪い姿見せられるかよ!)
(あ、せやな。ほな行くで)
シュウはリュウを小脇に抱えるや、小走りで控室を飛び出した。
「リュウだ!リュウが来たぞ!」
「わあっ!!」
シュウに抱えられたリュウの姿を見て、観客は歓声を上げた。
「みんな!待たせてすまねえな!」
リュウは大声で叫んでからマリエの前に行き、小声で「大丈夫か?怒られて怖かっただろ」と心配して声を掛けたが、マリエは笑顔で
「リュウこそ大丈夫?今日のサイン会は無理しないで椅子に座って書いてね」
と言い、グッズを並べている机の手前に椅子を用意し、リュウに座るよう促した。
「皆様、お待たせいたしました。只今よりリュウ選手のサイン会と記念撮影を始めます。先程グッズお買い上げの際にお渡ししました整理券もご準備の上、どうぞこちらにお並び下さい」
マリエのアナウンスに皆素直に従い、リュウの前には行列が出来た。
(なんだ。皆大人しいじゃねえか。マリエに文句言って来た男はシンヤが追い出したのか?)
購入されたグッズにサインをするリュウの隣に、マリエはもうひとつ椅子を持ってきた。
(マリエが隣に座ってくれるのか?)
サインを書くのもそっちのけで思わず笑顔になるリュウだったが、その椅子は記念撮影をするファンへ用意したものだった。
「どうぞこちらにお掛け下さい。リュウ選手がサインを書き終えたらご一緒に記念撮影いたしますので、座ったままでお待ち下さいね」
マリエはそうファンに声を掛け、自ら撮影係を務めている。リュウはがっかりした顔で再びサインを書き続けたが、シャッターを切る時にマリエの顔を見つめていられるのでそれはそれで喜んでいる。
シュウはマリエの配慮に感心していた。
(さすがマリエちゃんやな。リュウだけ座って並んで撮影したら、立ってるお客さんのほうが大きく見えてまう。リュウが気を悪くせんようにさりげなく先回りしてるわ)
サインを求めるファンの中に常連の山猿軍団もいた。大得意客の元・ナイフ男がリュウに小声で話しかける。
「リュウさん、あの可愛い売り子さんと腕時計デバイスお揃いじゃないですか。もしかしてついに彼女GET…ですか?」
ニヤニヤしながら訊いてくる男にリュウは「いいから黙ってろ。余計なこと言うとお前の悪行ばらすぞ」と牽制するが、その表情に険しさは微塵もなくデレデレとした笑顔であった。
男は(これは確定だな)と思い「おめでとうございます」と言って、大量購入したグッズを抱えて仲間のもとへ戻っていった。
山猿軍団の次にサインを求めて来たのは、身長120㎝ほどの小さな男の子だった。
「今日の試合は飛んだり跳ねたりがなかったから、つまらなかったんじゃねえか?ごめんな」
リュウは気遣ってそう声を掛けたが、男の子はきちんとした話し方でこう返してきた。
「いえ、感動しました!リュウ選手もゲンサイ選手もすごく強かったし、立てなくなってもまだ闘おうとして…僕、最後まで夢中で観てました」
(えらくしっかりしてる子だな)
「そうか、夢中だったか!そりゃよかった。ぼうや、いくつだ?」
「11歳、小学6年生です」
(えっ)
驚くリュウを見て、男の子は少しうつむいた。
「僕…小さいでしょう。いつもみんなから馬鹿にされるんです」
「俺もだ!」
リュウは思わず叫んだ。
「ガキの頃からずっとだ。大人になった今でもチビって馬鹿にされることよくあるぞ」
「だけどリュウ選手はすごく強いから…」
「そんなことねえよ。ガキの頃はすげえ弱かったんだ。力もねえし走るのも遅かった」
「そうなんですか!」
「でも兄貴が10年以上もかけて俺を鍛えてくれたから、今はゲンサイとも闘えるぐらいになれたんだ」
リュウは男の子の肩を抱いて言った。
「お前もな、毎日少しずつ身体動かしてみろ。無理しなくていい、走る距離を毎日1メートルずつ延ばすとかな。メシもいっぱい食え。いっぱい食ってよく運動して、夜ふかしせずにたっぷり寝るのも大事だぞ。子供は寝てる間に身長が伸びるって兄貴が言ってた」
「はい!そうすれば僕も…リュウ選手みたいに強くなれますか?」
「俺よりずっと強くなれるさ!お前しっかりしてるし頭良さそうだから、その、えっと…」
シュウが心話で助け舟を出した。
(文武両道?)
(あ、それ!)
「きっと【ぶんぶりょうどう】の賢くて強い男になれる!」
「…もしも僕が強くなって、身体も大きくなったら…その時は、僕と闘って下さい!」
(俺と闘いたいのか!)
リュウは嬉しくなった。
「もちろんだ!俺もお前と闘うのを楽しみに待ってるぜ!なあ、名前なんて言うんだ?」
「ユウキです。漢字は勇ましい気と書く『勇気』です」
「勇気か。すげえいい名前だな!」
リュウは“勇気へ”と名前入りでサインしたTシャツを男の子に渡して握手をし、一緒に笑顔で記念写真に納まった。
男の子の両親も嬉しそうにその光景を見つめながら、リュウに頭を下げていた。
「あの子、ものすご喜んどったなぁ。眼ぇもキラキラしとった。リュウと話出来て、むっちゃ嬉しかったんやろな」
寮のベッドに横たわるリュウの足に湿布を貼ってやりながら、シュウはサイン会で出会ったユウキのことを口にした。
「おう、あの子はすごくいい眼をしてたな。ゲンサイと同じ、純粋でまっすぐな眼だ」
リュウもユウキの顔を思い出しながら答える。
「俺は兄貴から『背が低いって悩む暇があったら稽古しろ!』ってしごかれたけど、ユウキも誰か根気よく鍛えてくれる人が居たらきっとすごく強くなると思うぜ」
「それこそ、ゲンサイさんに空手教えてもろたら良えん違うかな」
「あ、そうだな!ゲンサイの足のケガが治ったら頼んでみるか!しっかし、あれだけの大ケガだったのに骨は折れてなかったって?やっぱりバケモンだな、あいつの強さは」
「リュウかて打撲の炎症だけで骨には全然異常なかったやん。僕に言わしたらどっちもオバケやで」
二人で笑い合った後、シュウが言った。
「今日の試合ほんまにええ試合やった。お客さんも皆、感動してくれはったと思うで」
「そう…かな」
「せやで。それに背が低ぅて悩んでたユウキ君を励まして、強なってリュウと闘うて夢もあげれたなぁ」
(お客さんを励ましたりもできるんだよ!)
リュウはナツキの言葉を思い出し、呟いた。
「それなら…背が低いのも悪くねえかな。俺…今、生まれて初めてそう思った」
シュウは微笑んで頷いた。
「リュウは背低かったからこそ、ユウキ君の気持ちをようわかってあげられた。良かったやん」
「うん…そうだな」
リュウも微笑み、そう答えた。
「リュウさんシュウさん!お待たせしましたー!」
廊下からカワカミの声が響いてきた。
「『肥後ほまれ』から打ち上げのご馳走、お重に詰めて持ってきましたよー!」
「おお!待ってたぜカワカミさん!コマチさんもマリエもありがとうな!」
(第八十二話へ続く)
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