巨人はリュウの首をつかんでそのまま高々と差し上げた。
さらに柱にリュウの背中を押し付け、ぐいぐいと首を締め上げてきた。
観客の目には柱がまるでリュウをぶら下げる絞首台のように見えて、悲鳴をあげる人が続出した。
首をつかまれた時にリュウは両手で巨人の右手をつかんで抵抗したが、巨人の利き手はびくともしなかった。リュウが4本の指をへし折った左手とは桁違いの握力である。
さらに巨人はその折れた指の左手でリュウの右手を払いのけ、自らの左ひじを折り曲げてリュウの利き腕を挟み、強い力で固定した。
左手だけではとても巨人の利き手の指を折ることはできず、リュウは首と巨人の手の間にわずかな隙間を作って守るのが精いっぱいであった。
「主審!今度こそリュウさんが危ない!早く止めるんだ!!」
ヤッさんが主審を怒鳴りつけたが、主審の頭の中には試合中、事あるごとに(続けよ!)という声が響き、ヤッさんの指示にも体が動かなかった。
一方、ヤッさんは(死人を出した闘技戦委員長として俺の名が残ってしまう)ということが頭の中に渦巻き、これまた体が動かなくなってしまった。
柱に押し付けられたリュウはなんとか蹴りを出そうとするが、巨人との間が迫りすぎて打つことが出来ない。
そうしているうちに徐々に巨人の右手親指によって頸動脈が絞められ、意識が遠くなってきた。
(オオヒト、すまねえ。一撃じゃなかったが、やっぱり負けのようだ)
抵抗していたリュウの左手から力が抜けて行った、その時。
「闘え!」
男の声が響いた。
「リュウ!闘え!闘え!!」
(誰だ?)
かすむ目を必死に開いて声がした方を見ると、そこには長身の男が居た。
(サコウ、何やってんだそんなとこで。さっさと医者に行けよ)
リュウが押し付けられている柱の右下近くで、サコウは破壊された右ひざに氷嚢を何個も縛り付け、ジムの仲間に身体を支えられて立っていた。
「お前が出てこなきゃ俺がそこに居て、生きているヤゴロウどんを倒しているはずだった!」
サコウは怒りをこめて叫んだ。
「俺だけじゃない。みんなそうだ。お前が出てこなきゃ自分が生きているヤゴロウどんと闘えてたと思っているんだぞ!」
サコウの叫びに巨人までもが顔を向けた。しかし絞めつける手は緩めない。
リュウはサコウの言葉には(だから何だってんだよ)と思ったが、その声のおかげで意識がややはっきりした。
左手の力も取り戻したが、いつ「落ち」てもおかしくない状態だった。
サコウはなおも続ける。
「小さいくせに!」
(おい、最期までそれ言うか?)
苦しいながらも、リュウは心の中で突っ込まずにはいられなかった。
「穴埋めのために代理でいきなり出場しただけのくせに!どんどん勝ち上がって優勝しやがって!」
ヤッさんはサコウの暴言を制止しようとした。しかし、次の言葉を聞いてハッとした。
「誰よりも強いくせに!俺よりも、ずっとずっと強かったくせに!首絞められたぐらいで負けるんじゃねえ!」
サコウは泣き叫んでいるようでもあった。
「負けるのは許さん!俺だけじゃない、お前に負けたやつらも同じだ。生きているヤゴロウどんにお前が勝たないと絶対に許さんぞ!闘え!」
「そうだ!闘え!」
「リュウ!闘え!勝て!」
リュウに一回戦で負けた学生力士も、二回戦で負けたウエンビュウも叫んでいた。
「闘え!闘え!」
「負けるな!」
「リュウ!勝ってくれ!」
闘技戦を敗退したすべての選手がリュウと巨人との対決を見守っていたのだ。そして今、その全員がリュウに「闘え!」と叫んでいる。
かつて生きているヤゴロウどんがはじめて現れた時、観衆の「闘え!闘え!」の大合唱をサコウはどれほど恨めしく、苦しく思って聞いたことか。
でも今は違う。
優勝者を追い詰めるのではなく、負けてしまった自分の分も闘って、勝ってほしいと心の底から望んで、自分も他の出場者も叫んでいるのだ。
サコウの方を向いていた巨人が、リュウの変化に気づいて顔を戻した。
リュウの左手に徐々に力が満ちて、巨人の右手を引きはがし、押し返そうとしていた。
また、巨人のみぞおち部分にいつしかリュウのひざが喰い込んでいた。
距離があまりにもないので打ち込むというより押し付けるに近かったが、ギリギリと筋肉から内臓への圧が増し、巨人は唸った。
巨人の左ひじに挟みこまれていたリュウの右手も、ゆっくり、ゆっくりと力で隙間を広げてゆき、ついに解き放たれた!
その右腕を引くやいなや、リュウは右ひじを巨人の左あごに鋭く打ち込み、振り抜いた!
巨人はガクンと首を揺らし、後へ一歩下がったがまだ何とか立っていた。そこへリュウが巨人の右手を引き戻しながら、再び左あごを狙ってのひざ蹴りを放った!!
続けて攻撃を受けた巨人は、巨体を右側へ回転させながら激しく倒れ込んだ。
「やった───!!」
観客はどっと沸き、サコウをはじめ選手たちも拳を突き上げて狂喜した。
きばい屋でシンカイにひざ蹴りを放った時と同じように身軽に着地したリュウは、巨人が立ち上がろうとする前にその頭を抱え、覗き込むように顔を近づけて囁いた。
「サコウにああまで言われちゃあ、負ける気が失せちまった」
今度は無邪気な笑顔でにっこりと笑ったリュウは、そう言うなり自分の額を思い切り巨人の頭にぶつけた!
巨人はリュウの頭突き一発に、ぐらりと揺れて即ダウンした。それを上から見下ろしながら「やっぱりな」とリュウは言った。
「あんた、首から下は神様でも、首から上はそこまで強くねえようだな?」
両足で巨人の首を固めて投げた時に、脳天から落とされると四肢を投げ出して大の字になった姿を見て「もしや」とリュウは思っていた。
さらにあごへのひじ打ちとひざ蹴り後のダウンで確信に変わった。
「俺の首を絞めてくれた礼、今からたっぷり返してやる。覚悟しろよ」
またも鬼の笑みを浮かべて巨人の髪をつかんで引きずり上げ、頭突きを見舞うリュウ。2発、3発と連打を続けた。
主審は止めるべきか迷ったが、闘技戦の掟ではあくまでも「目つぶしと金的への攻撃」のみが禁止とされている。
頭突きは反則ではないので止められない。
その間にもリュウは狂ったように頭突きを続けており、巨人の頭部だけではなく面の額部分にも打ち込んでいた。
ヤゴロウどんの面にヒビが入り、そこへさらに頭突きを打ち込んだので、リュウの額も割れて血が流れている。
割れた部分は面の下の素顔にも食い込んでいるようで、巨人の首にも幾筋もの血が流れていた。
これはさすがに止めなければと主審が間に割って入った。
反則ではないが、主審はあくまでもケガの状態を確認するつもりでリュウの前に立ちはだかった。
その機を逃さず巨人が立ち上がり、主審ごとリュウを抱えこもうとした!
「うわぁっ!」
突然巨人の両腕が背後からまわって来たので主審が悲鳴を上げたが、その時リュウはすでに主審の身体を駆け登っており、その肩を踏切台にして跳び上がり、巨人の脳天にかかと落としを打った!
巨人は主審を抱えたまま、ぐらりと前のめりに倒れかかってきた。
リュウは着地して即、跳び上がっての前蹴りを巨人の顔面に放ち、仰向けに倒し返して主審を下敷きから救ってやった。
「あ、ありがとう!助かった!」
「礼はいいから、早くカウント始めてくれよ」
リュウに言われて主審はあわてて「いーち!」と巨人のダウンカウントを取り始めた。
リュウは激しく疲労しており、カウントが終わるまで立っていられるか自信はなかった。
背骨は息をするだけで痛むし、挟まれていた右手もどうやらヒビが入っているようだ。
巨人は「五」で体を横に回転させ、うつ伏せになった。そこからひじとひざをついて四つん這いになったが「七」で上半身が沈んだ。
(終わりか)
リュウがそう思った瞬間、巨人が顔を静かに上げ、リュウを見た。
その目に異様な光が宿るやいなや、四肢で床を蹴ってリュウに飛びかかって来た!
(第十七話に続く)
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