竜浪道 ~リュウロード~

めっぽう強いが小さな男リュウの格闘旅物語
日向 真詞
日向 真詞

第一章 サツマ編

第一話 リュウという男

公開日時: 2021年11月12日(金) 17:00
更新日時: 2022年3月30日(水) 14:46
文字数:3,499






「うっ!」


 その男は丼に顔を突っ込んだような状態でうめき声を上げ、体をピクピクと痙攣させた。


「うっ……ううっ…」


 飯を勢いよく掻き込んだから喉に詰まったのか。下を向いたまま動かない。


「だ、大丈夫か?おい!」


 ひどい空腹が続いた後にいきなり食事をすると、死ぬこともあるということを店主は聞いたような気がした。


(冗談じゃない。うちの料理メシ食って死なれちゃ困る) 


店主が青ざめたその時、顔を上げて男は叫んだ。


「うめーえっ!むちゃくちゃうめえよ、これ!」


 黒く薄汚れた顔のなかで、キラキラと目玉だけが光った。


(なんだ、うまいのかよ) 


 店主は思わず噴き出し笑いをしながら、男に話しかけていた。


「そうかい?この丼はここらの名物料理なんだよ。あんた、これを食べるの初めてなのかい?」


「食べるのも、このくにに来たのも初めてさ!いやぁメシがうまいところはいいところだ!」


 がつがつと丼をかきこむと、再び「うめーえっ!」と叫ぶ。

 今度は目をぎゅっと閉じて、ニッと歯を見せて笑った。意外と子供っぽい顔に見える。

 勢いよく口の中から飯粒を飛び散らせながら「うめえ!うめえ!」を連発する男の顔を、店主は嬉しそうに見直した。


(店に入ってきた時は殺気を感じるくらいだったのに)

 

 身体を前のめりにしながらふらふらと店に入って来たこの男。

 顔をゆっくりと上げ、ぎらついた眼差しで口を開いた瞬間、店主は「金を出せ」とでも言われるのかとびくついた。

 しかし、男は蚊の鳴くような声でこう言った。


「何でもいい…いちばん量が多いもの…すぐに食わせて…くれ…」


 拍子抜けした。


(よっぽど腹が減ってたんだな)


 自分の作った料理を満面の笑顔で食べてくれることほど、料理人にとって嬉しい事はない。

 たとえ空腹という最大の調味料あってのこととはいえ、目の前で男が大盛り丼を平らげ、精気をよみがえらせていく姿を見るのは心が躍った。


 つい、店主はこの男をもっと喜ばせたくなった。


「よかったらこのスープも飲むかい?」


「え?いいのか?ありがてぇ!いっただきまーす!」


 器をつかむや、結構熱いはずのスープをごくごくと喉を鳴らして飲み、男はまたも叫んだ。


「うぉっ!このスープもむちゃくちゃうめえ!おやじさん、すげえ腕前だな!この丼だって肉のやわらかいこと!温泉玉子に甘辛いタレが絡んで、米の飯に合うのなんのって。最高だったぜ~!」


「そうだろう?あ、もうスープもカラだな。じゃあスープをおかわりしてやるよ」


 にこにこしながら待っている男に、黄金色のスープをたっぷりと器に入れて差し出す。


「おい、その空いた丼に白飯を入れてやるから、これも上に乗せてからスープをかけてかきまぜて食ってみな」


 刻んだ干し椎茸の甘煮と錦糸卵、ほぐした茹で鶏肉とネギを入れた小皿を渡された男は、店主に言われたとおりに小皿の中身を白飯の上に乗せ、スープをかけてかきまぜて食べた。


「うーっ!こりゃあまた、あっさりしてるくせにすげえ旨味がある!」


「これもな、この藩の伝統料理で『鶏飯けいはん』っていうんだ。地鶏で取った汁のぶっかけ飯でな、体の具合が悪い時でも食べやすくて、滋養もたっぷりなんだよ」


「たしかに!これなら何杯でも食えそうだぜ!」


「あんた、声も出ないほど腹減って弱ってたんだったら、まずこの鶏飯から食わせてやったほうが、体には優しくて良かったかもなぁ」


「とんでもねえよ。あのボリュームたっぷりな丼を最初に食わせてもらったから元気が出て、このうまいぶっかけ飯まで食べきることが出来たのさ。あーうまかった!ごっそうさん!」


 手を合わせて頭を下げてから、男は身を乗り出してきた。


「あのな、おやじさん。俺、実は金持ってねえんだよ」


「…はぁ?」


「船降りた時にひったくりにあって財布とられちまったんだ。追いかけたんだけど、腹減ってたんで足がもつれて転んでる間に、まんまと逃げられてよ…」


(どんくさい奴だな)


 またも笑いそうになりながら、店主は黙って聞いていた。


「それで頼みなんだが、俺皿洗いとか掃除とかすっからよ、ここで働かせてもらえねえか?その給料で今のメシ代返すから。あ、俺の名はリュウってんだ。年は二十一。な、頼むよ!」


「そ、それは…」



「何ぬかしてんだ、こらぁ!」


 店の奥の方から、だみ声が響いた。

 大柄で坊主頭、筋肉質の男が睨みつけながら大股で近づいて来る。


「この店の人手は足りてんだよ。この俺様が用心棒から何から全部やってんだからな。てめえ、タダメシ食らったうえに俺の仕事まで横取りしようってえのか!ふざけんな!」


「え?あんたが用心棒と店員やってんのか?」


 リュウと名乗った男は、カウンターの椅子から降り立った。

 向かい合うと、坊主頭のあごの下にリュウの頭のてっぺんがやっと来た。


(ちっせえ奴だな)


 坊主頭の男と店主は同時にそう思っただろう。店内に居た数人の客もリュウを子供を見るような目で見た。

 一方、リュウはリュウで坊主頭の男の顔をしげしげと見て、


(深海魚みたいな顔してんな、こいつ)


 と思いながらこう言った。


「でもあんたが注文取りに来たり、料理運んで来たらさぁ、お客は怖いんじゃねえの?でけえし顔はいかついし。子供は泣き出すだろきっと。そらぁ営業妨害ってもんだぜ」


 坊主頭の顔が怒りで赤くなり、

 (深海魚から蛸になったな)

 と思ったが、リュウは構わずに続けた。


「だから接客は俺がすっから、あんたは裏方やってくんねえかな。その身体なら重たいものとか運ぶの得意そうだし。どうだ?」


「てめえ!」


 坊主頭の男はリュウの胸倉をつかむと片手で高々と差し上げた。


「チビのくせに何を生意気に指図しようってんだ!」


 そのままリュウをぶん投げようとした瞬間、


「ぐわっ!」


 叫び声を上げて、派手に倒れ込んだのは坊主頭の男のほうだった。

 なんとリュウは高く差し上げられた状態のまま、片手で坊主頭の首を抱え込むと同時に、その手と反対側の足で強烈なひざ蹴りをあごに喰らわせたのだ。


「あ、ごめんな!大丈夫か?」


 身軽に着地したリュウは倒れた男に声をかけたが、失神しているらしく動かない。


 その時、店内からは拍手が起こった。


「兄ちゃん!ちっせえのにすげえな!」

「ちっこい見かけによらず強いじゃねぇか」

「いやぁ、スカッとしたぜ!」


「へ?」


 店の用心棒をぶっ倒してしまったにも関わらず、客から称賛され喜ばれている。

戸惑ったリュウは店主の方を見ると、店主も嬉しそうにリュウに飛びついてきた。


「ありがとう!いやぁ、この男、自分では用心棒だのなんだの言ってるが、うちの店にゃ良いお客さんしか来ないし、用心棒なんて無用なんだよ。なのにコイツがやってきて5人前も飯を食った後に『金がないから用心棒やって身体で払う』って言って、強引に居座ったんだ。そのまま何もせず、毎日店の奥で寝ては飯ばっかり食って、ほとほと困ってたんだよ」


「え?飯代がないからここで働いて…って、それじゃあ俺とおんなじじゃねえか」


「そんなこたぁないよ!あんたはわしの作った飯をものすごく喜んで、うまいうまいと食ってくれた。飯代だって皿洗いや掃除をするって言ってくれたじゃないか。いや、あんたの強さなら用心棒だってお墨付きだ。こんなにちっこい体で、こーんなにでかい奴を一発で倒しちまったんだからな」


(ちっこいは余計だって)


 リュウが複雑な顔をしていると、坊主頭の男が意識を取り戻し、体を起こしかけた。

 だが首の向きがおかしくなったまま戻らず、うまく立つことも出来ないでいる。


 それに気づいた店内の客が坊主頭の男に向かって口々に叫んだ。


「なんだお前、用心棒のくせに一発蹴られて終わりか?」

「お前よりずっとちっせえヤツに負けてやがる」

「見掛け倒しかよ!それでヤゴロウどんに勝つつもりだったのか?」


 笑い声に包まれて、坊主頭の男は顔を真っ赤にし、首を傾けたままでヨタヨタと店を出ていった。


「あぁ、助かった!」


 店主は店の戸を閉めて万歳をしてから言った。


「リュウさんと言ったな、もしよかったらしばらくこの店にいてくれないか。もうすぐ祭りがあるから忙しくなるし、手伝ってくれると助かるんだ。もちろんまかない付きだし、おかわり自由でどうだ?」


 リュウは目を輝かせて答えた。


「そいつはありがてえ!ごっそうさん!」


 店内の客たちも盛り上がり、こんなことを言い出した。


「おやじ、新しい用心棒に乾杯だ!酒を出してくれ」

「もう今日は仕事はやめだ。みんなで祭りの前祝いと行こうぜ」

「兄ちゃん、こっちへ来い!いっしょに大いに飲もう!」


「ありがとよ。でもまず注文の酒を運んで、ちゃんと働かないと『一発蹴られて終わり』になっちまうからな!」


 リュウが答えると、店中に笑い声が響いた。



(第二話へ続く)

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