「まったく!火の始末も考えず焚火をするなんて馬鹿にもほどがあるぜ!」
リュウは水も用意していなかったテナガザルに似た男を𠮟りつけながら、土をかけて消した焚火の燃え残りを捨てられていた一斗缶に集めていた。
昨夜から燃やしていたので薪のほとんどは灰になっていたが、風が吹いて熾火がまた燃え上がる可能性もある。
さっきのナイフを使って落ちている太めの枯れ枝の先を削り、スコップの代わりにして丁寧に灰や炭も土ごとすくって一斗缶に入れた。
「ほれ、これ持って帰れ。まだ熱いから気を付けて持てよ」
「えっ…あ、はい」
右手が使えない男は左手で重くなった一斗缶を抱えようとしたが「熱っ!!!」と落としかけた。
「熱いか。じゃあしょうがねえな」
リュウの言葉に(代わりに持ってくれるのか)と期待したが、次の言葉は期待を裏切る以上だった。
「お前、その一斗缶に小便しろ」
「ええっ!」
「少しは冷めるだろ。ただし一気にぶっかけると熱い蒸気が舞い上がって、珍しい宝が火傷するから気をつけろよ。ちょろちょろかけるんだぞ」
(珍しい…宝?)
意味が分かるようなわからないような指示だったが、男は凶暴な男の前で今すぐ排尿する度胸はなかったし、自分の尿の入った一斗缶を持ち帰るのも嫌だったので、
「い、いえ、大丈夫です。熱くありません!」
と答えて自分が着ていた上着を脱ぎ、一斗缶の周りを包んで、なんとか片手で抱えてよたよたと歩き出した。
リュウは男たちが食い散らかしていた食べ物や飲み物のゴミを集めてからその後を追ったが、あっという間に追いついた。
さっきの場所まで戻ると、シュウが男たちの痛めた部位に湿布を貼ってやっていた。
リュウが飛び降りる前にシュウに預けた鞄の中には、薬や湿布などの救急セットを神社の神職が入れてくれていたのだ。
腹部を蹴られた先頭の男は寝かされていたが、だいぶ呼吸ができるようになっていた。
シュウは笑顔でリュウを迎えた。
「お帰り。火の始末は大丈夫やった?」
「おう。燃え残りは全部かき集めたから、こいつに持って帰らせる」
リュウは食べ物や飲み物のゴミも男の前に置いた。
「途中で道に捨てたりしたら絶対あかんで」
「は、はい!絶対にしません」
「ほな、自分らに聞いとくことあるから」
シュウが珍しく怖い顔をして男たちを見まわした。
「さっき言うてた話やけど、拉致されてひどい目に合った女の人を自分らはさらに襲うつもりやったんか?」
「…………」
「いつもこんなことしとるわけか?」
「…ち、違います!そういう噂を聞いたから、昨夜はじめて来ただけです!」
男が一斗缶を地面に置いて弁解した。
「せやけど、さっきも女の人追いかけまわしてたやんか。この強いひとが来んかったらみんなで襲ってたんやろ」
「…いや、それは…」
「今だけのことや無うて、機会があったらそういうことしてたんちゃうんか?」
「ち、違います!僕らみんな、そういうことしたことありません!」
「というか…みんな女に縁がないんです」
寝かされていた男も弁解しだした。
おでこに湿布を貼った男も言った。
「…全員、彼女いない歴イコール年齢です」
足と腫らしたあごに湿布を貼った男も
「ふふぅや、あいふぇにはれはいらら、ほういうほほれもひないほ…」
あごをやられているので発声不明瞭だが(普通じゃ相手にされないから、こういうことでもしないと…)と言ったらしい。
「馬鹿野郎!何を言ってやがる!」
リュウが怒鳴ると、テナガザル似の男が涙目になって
「男前なヤツにはわかんないよ!」
と言い返した。
「あんたみたいな男前なら背が低くてチビでも、いくらでも女が寄ってくるだろ!女に不自由してないだろ!それにひきかえ俺たちみたいなのは…」
と言いかけて、リュウの微妙な表情に気が付いた。
「…えっ?」
「…もひふぁひて(もしかして)…」
「あんたも、彼女いない歴イコール年齢…?」
「男前なのに?こんなに強いのに?やっぱりチビだと…」
「うるせえ─────────っ!!!!!」
リュウがナイフを振り回しながら大声で怒鳴った。
「わわわわわわっ!!!」
あわてて男たちは身体を伏せた。
「俺のことは放っとけ!おい、シュウ!こいつら自分たちが女に相手にされねえからって女を襲うこと正当化してやがるぞ。せっかく手当てしてくれたとこ悪いが、もう一回シバキ倒していいか?!」
シュウが止めることは重々わかってはいたが、言わずにはいられないほどリュウは怒っていた。
しかし、シュウの答えは違った。
「せやな。自分ら、わかってへんみたいやな」
怖い顔のままでそう言って、
「リュウ、そのナイフちょっと貸して」
「え?」
(シュウがナイフでこいつらを?嘘だろ?)
驚くリュウの手からナイフを取ると、シュウは落ちている太めの木の枝を拾って、先のほうを手早く削りだした。
(まさか尖らせて突き刺すつもりか?俺がシバくよりひどくねえか?)
シュウは先を尖らせるだけではなく、最後まで削り落とさず毛羽立たせた棘状の逆刺(かえり)をいくつも作った。
「こんなもんでええか」
と枝を眺めてから男たちに向かって言った。
「ほな、今から自分らが女の人にしようとしてたことがどんだけひどいことか、自分の体でわかってもらうで。ひとりずつお尻、出し。これお尻の穴に突き刺したるわ」
「ひいいいいいいいいいい!!!!」
男たちは真っ青になって悲鳴を上げた。
さすがにリュウも慌てた。
「お、おい!シュウ、本気か?」
「もちろんや。はい、誰からする?一番に突き刺してほしいひとは手ぇ挙げや」
当然、誰も手は挙げなかった。
全員必死で首を横に振っている。
「ほな、やっぱりナイフまで用意してたひとが一番悪いヤツやから、自分からやな」
と、シュウはテナガザル似の男の襟首をつかまえた。
「いや───っ!!!や、やめて下さい!助けて──!」
「女の人がそない言うたとしても、襲うんをやめるつもりなかったんやろ?」
大男に抑え込まれてテナガザル似の男は泣き出していた。他の男たちも恐ろしさに腰を抜かして動けなくなっていた。
リュウはシュウの意外な一面に驚き、どうしていいかわからない。
「シュウ、ええと、その…」
言いかけたものの、未遂であったとはいえ男たちの非道さはリュウも許せない。かといってそこまでするのもと思い、
「…せめてもうちょっと細い枝にしてやるとか、どうだ?」
と折衷案?を出してみた。
救いにならないリュウの提案に(細くてもやめて──!)と男たちは心の中で叫んだ。
しかしシュウは残酷な答えを返して来た。
「ほな、リュウがもう一本細いやつ作って。それを『珍宝』のほうに突き刺すことにするわ」
「ひええええええええええええええ!!!」
思わずリュウも一緒になって悲鳴を上げた。
男たちもガタガタ震えだし、土下座して
「ごめんなさい!」「こんなこと二度としませんし考えもしません!」「許して下さい!」
と号泣しながら謝りだした。
それを見据えてシュウは言った。
「少しは襲われる側の人の怖さや痛さが想像できたんかいな?」
先を尖らせ毛羽立たせた枝を男たちの顔の前に突き出し、シュウは続けた。
「自分らは気持ちええと思ってるか知らんけど、された方は恐怖の拷問でしかないし心の傷も一生残るんや。大げさやないで。身体にも後遺症残って普通の生活でけへんようになることもある。こういうことは絶対したらあかん。こんなんする男は死罪やな」
「は、はい!死罪だと思います」
「絶対にしません!」
「誓います!」
「すみませんでした!」
泣きながら反省の言葉を男たちは言った。
「ほな、自分らはこれからそういうことしようとする奴らから、襲われてる人を助けて守ってあげることをしたらええ」
「…え?」
「この山がそういう場所になってしもてるんやったら、自分らがこの山を見回ってそういう奴らが来んように見張りをするんや」
「み、見張り…ですか?」
「そや。もう来てたらそいつらを止めて、無理やり連れて来られた人を助けること。もし相手が強くて自分らが助けられへんでも、すぐ警察に連絡するとかなんか出来ることあるやろ」
ここでシュウは、削った枝を地面に突き立てた。
踏み固められている山道であったが、かなりの力で突き立てたようで、シュウが手を離しても枝は自立していた。
「それからさっきみたいに焚き火に火ついたまんまとか、ゴミとか落ちてたらきれいに掃除しい。自分らがこの山の番人になるんや」
「───は、はい!!やります!やらせて頂きます!」
(シュウ、すげえ…怒鳴りつけたりしなくても、こういう話の進め方があるんだな)
リュウは温和なシュウの静かで激しい怒りと、その説諭に圧倒されていた。
「さっきから何ん騒ぎだ?せからしかね」
声がしたのでリュウが後ろを振り返ると、地元民らしき老人たちがやって来ていた。
山の清掃作業をしに来たらしく、ゴミ袋や火ばさみなどを持っていた。
シュウがいつもの穏やかな笑顔に戻り、
「みなさん、おはようございます。うるそうにしてすんませんでした」
と挨拶し、状況を説明した。
「この人ら、この山でキャンプしてはったんですけど、焚火の後始末のやり方が悪かったんで注意してたんです」
「おうおう、バーベキューやら勝手にして後はほったらかしにするやつが多うて困っとるったい」
「そんでこの人ら、お詫びにこれからはこの山の安全を守る活動したいて言うてはるんです。最近悪いやつが夜に女の人さらって山に来るいう話も聞きましたんで、夜にパトロールもしてくれはるそうですわ」
「そら助かる!わしらも気になっとったんやばってん、不良みたいなやつばっかりで年寄りには手に負えんでな。ありがたか話や」
「ほな、後は皆さんにお任せしますんで。ご指導よろしくお願いします。自分ら、これからどないしたらええんか、こちらの皆さんにちゃんと教えてもらいや」
「…は、はい!」
「あ、これ。落ちてましたんで、すんませんけど燃えないゴミで捨てといてもらえますか。刃物やから気ぃ付けて下さいね」
と、ナイフの刃をハンカチで包んでから老人たちに渡した。
「ほな、リュウ。行こか」
さらりと場をまとめ、何事もなかったかのようにシュウは歩き出した。
(カントクさんの店でも思ったが、シュウは本当にこういう場面での落ち着いた対応がうまいなあ。俺も見習わなきゃだな)
シュウを追って行きかけた時に、先を尖らせ毛羽立たせた太い枝が地面に刺さったままなのが目に入り、全身が硬直し縮み上がった。
(…でも、こういう罰を考えて実行しようという、シュウの怖いところを見習うのは俺には無理だ…)
リュウは身体をぶるっと震わせながら、小走りでシュウを追いかけて行った。
(第三十話へ続く)
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