「昨夜はすまなかったな。お前の分まで料理食っちまって、いろいろ絡んで迷惑かけたってシュウから聞いた」
朝食会場に入るなり、リュウは真っ先にトウドウに頭を下げて詫びを入れていた。
トウドウは「酒癖の悪いやつとはもう酒を飲まん」と笑いながら言った。
「リュウだけじゃなく、シンヤたちもあれから酔って大暴れしてたらしいぞ」
「え?そうなのか」
「ヒゴでは大昔、プロレスラーたちの宴会で大荒れになったことがあってな。旅館が一時営業できなくなるくらい被害を受けた事件があったんで、仲居さんたちは気が気じゃなかったらしい。たしかイノキのいた団体だったな」
「イノキ?あの凄味のある男か。あいつらが暴れるんだったらそりゃすげえことになったろうな」
「まぁイノキ本人じゃなく、若いもん達がやらかしたらしいがな。昨夜も若いシンヤとケイイチとユージが三つ巴だ。ケガしてる虎之助は止めに入れないから、代わりに止めに入ったジンマがふっとばされたそうだ」
ちょうどそこに二日酔い丸出しの顔でシンヤたちが入って来た。
3人とも顔が腫れて痣もできているし、手足も痛めているようだ。
「あれはサナダにやられたんだ」
「サナダ…さんに?」
「3人が暴れてしょうがないから、ユキナガが先に寝てたサナダを起こしに行って『あいつらをなんとかしてくれ』って泣きついた。夢の中から引っぱり戻されたサナダは激怒して全員を関節技で締め上げ、大人しくさせたたそうだ」
さらにタイミングよくサナダが現れ、青ざめるシンヤたちをジロリと見まわして
「てめえら、大人しくメシ食わねえとぶっ殺すぞ!」
と凄んだ。「はい!」「すみませんでした!」「申し訳ありません!」と3人が土下座して謝っている。
「ここの旅館の料理はすごく美味いんだから、しっかり味わって食えよ」
サナダはさらにそういって膳の味噌汁椀を持ち上げてひと口すすり、「うん、いい出汁だ」と嬉しそうな表情をした。
(へえ。あいつも美味い物食うの好きなのか)
『リュウとシュウだと名前が紛らわしいから改名しろ』と言ったサナダにムカついていたリュウだったが、自分と共通点を見出したことで(案外いいヤツかも)と見方を変えつつあった。
そこに虎之助とOBのユキナガが現れたが、ジンマの姿はなかった。
「みんな、おはよう!ジンマは昨日の反響が凄すぎて問い合わせが続々着てたんで、朝一番で先に事務所へ帰ったよ。みんなは10時のチェックアウトまでゆっくりして、その後は自由行動だ。リュウとシュウのように大俵祭りを観に行くのもいいし、帰るのならユキナガさんの車に俺の他あと4人まで乗れるけど?」
虎之助の言葉にすぐシンヤが手を挙げた。
「俺、早く帰って寝たいから、ユキナガさん乗せて下さい…」
「太いシンヤが乗るならあと2人までだな」
ユキナガが笑って言うと、ケイイチとユージが(俺も…)という顔で、サナダの顔を伺った。サナダはニヤリと笑って言った。
「俺は立ち寄り湯を楽しみながらぶらぶらするから、二日酔いのトンパチ三人とも送ってもらえ。ユキナガ、こいつらがもし車の中で吐いたら即道路に放り出してやれ」
「絶対吐きません!お願いします!」
またも3人は土下座をしていた。
「おい、吐かないために朝飯食わねえって言うのもナシだぞ。美味い料理をちゃんと食べて胃腸を整えるんだ。特に味噌汁を飲むといい」
3人にしっかり指導をするとサナダは朝食をきれいに食べて「お先」と昨夜と同じように席を立った。
皆からの「お疲れ様でした!」には何も返さなかったが、シュウのことは気に入っているらしく「お前らは祭り観てから帰るのか」と笑顔で話しかけていた。
シンヤたち3人は言われた通り味噌汁を中心に朝食をなんとか食べていたが、サナダの姿が見えなくなってからリュウに声を掛けて来た。
「リュウ、頼む…俺の分まで食ってくれないか」
「俺も頼む…残したのがばれたらサナダ先輩に殺される」
「とりあえず味噌汁は飲んだから…後は全部お前にやるよ」
「おう!そいつはありがてえ!いただきまーす!」
リュウは自分の分を含め約4人前をぺろりと平らげた。後で吐いたとはいえ、昨夜あれほど飲んだにもかかわらずリュウの食欲は相変わらず絶好調であった。
「こがね家」を後にしたリュウとシュウは玉名の大俵祭りを楽しんだ。
米俵を効率よく運ぶために俵を転がしたことが由来のこの祭りは、小学生から高校生までのチームは重さ200キロの小俵、18歳以上のチームは重さ1トンもの大俵を皆で引いて転がし、そのタイムを競うものである。
直径2.5メートルもある大俵を引いて転がしたり、上手く方向転換させる様はなんとも勇壮で、シュウもリュウも興奮して声援を送っていた。
すると昨日の試合を観たお客たちが騒ぎ出した。
「あ!?リュウだ!」
「昨日のプロレスのリュウがいるぞ!」
「ほんとだ!リュウだ!」
リュウのところにあっという間に客が押し寄せ、握手攻めにあってしまった。
「おい、俺なんかほっといて祭り観て楽しもうぜ!」
と言って皆の気を自分からそらせようとしたが、
「リュウさん、俺のチームを応援してくれ!」
「いや、こっちを応援してくれ!あんたが応援してくれるならうちのチームが絶対勝つ!」
「いっそ引き手として飛び入りしてくれないか?」
と引っ張りだこになってしまった。
困ったリュウは近くにあった予備の小俵(直径1.6メートル)を見つけるなり、素早く駆けつけその上に飛び乗り、競技出場者たちに向かって叫んだ。
「玉名のみんな!俵を引くその姿、すっげえカッコいいぜ!全員がんばれ──!!」
すると「おお──!!」と皆が呼応し、大いに盛り上がってまた祭りの競技に注目しだした。リュウはホッとして祭り見物に戻ることができた。
(注目されるってのはいろいろ大変だな。でも虎拳プロレスのためだ。これも修業だな)
一方、シュウも競技の盛り上げにひと役買っていた。
3歳から小学生以下の幼児たちも軽いミニ俵を奪い合って、自分の陣地に積み上げる「小俵陣取り合戦」に参加していたのだが、そのなかに昨日シュウと一緒に遊んだ子供たちも多くいたので、シュウを見つけると
「あ!しゅーへーおにいちゃーん」
「くまもんのおにいちゃんだー」
「がりばーさーん」
などと喜び、手を振って歓迎してくれた。
シュウも笑顔で「みんながんばりやー」と応援したので、親もほほえましく思って一緒に小さな子供たちの競技を楽しんだ。
幼児の競技が終わってからは「うちの子を抱っこしてくれませんか」とシュウに頼んでくる親が行列を作った。
“力士に赤ちゃんを抱っこしてもらうと健康で丈夫に育つ”
この言い伝えのように、大きなシュウに抱っこしてもらうことでわが子が健康に育つことを願ってのことだった。子ども好きのシュウは喜んで応じ、親子ともに大いに喜ばせていた。
祭りが終わる頃になって、二人は実行委員会の役員から声を掛けられた。
(勝手に俵に乗っかって叫んだから怒られるのかな?)
とリュウは焦ったが、役員は笑顔で「ぜひ来年はイベントプロレスだけじゃなく、俵転がしにも参加してほしい」と言って来たのだ。
「どうも…ありがてえ話を…えっと…」
どう答えていいのか悩むリュウだったが、すかさず隣のシュウが笑顔で役員に向き合った。
「ありがとうございます。そう言って頂き代表のジンマも喜ぶと思います。必ず申し伝えますのでどうぞよろしくお願いいたします」
シュウは役員の名刺をもらって丁重に応対した。
(なるほど。こう言えばいいのか。シュウは本当にどんな時でもうまく接することが出来てすげえな)
感心したリュウは役員が去った後、シュウに言った。
「この祭りのイベントプロレスは、ジンマが何年もかけて交渉してやっとやれることになったって虎之助が言ってた。それが今度は向こうから頼まれて、しかも祭自体にも出てくれって言われるなんて。さぞジンマは喜ぶだろうなあ」
「ほんまやね。後で電話しとこ。ほな、食べるもん買うんはもうええか?車に戻るで」
リュウは昼にも食べた屋台の美味しいものを、土産用にもたくさん買って両手にぶら下げていた。
「あ、ちょっと待ってくれ。あそこの『馬焼売』ってのもウマそうだ。あれも食いたいから買ってくる」
「ほな僕は駐車場で待っとくわ。ジンマさんにも来年の祭りのこと早よ言うてあげたいし。リュウ、今手にぶら下げてる分は先に車に持っていっとくから、かして」
「悪ぃな。じゃあ頼む」
シュウに買った食べ物を預けて、リュウは馬焼売の屋台へ向かった。
(虎拳プロレスの道場にも毎日屋台が出りゃいいのになあ)
そんなことを考えながら屋台の前に行くと、
「なんだ。ちっこいほうのリュウじゃねえか」
と後ろから声を掛けられた。振り返るとサナダが居た。
「お前も馬焼売食いてえのか。気が合うな」
「ウマそうだったからな。サナダ…さんも美味いもん食うの好きなんだろ」
「無理して“さん付け”呼びするなよ」とサナダは笑った。
「俺とトウドウは同い年だが、お前はトウドウのこと呼び捨てじゃねえか。俺だけ“さん付け”されると気色悪いぜ」
「あ、そう言えばそうだな。トウドウは神社の駐車場でやり合ってからは呼び捨てにしちまってた。トウドウも何も言わなかったからついそのままだった…失礼なことしてたな」
「いやあ、この世界は年上だろうが年下だろうが強いヤツが上なんだ。トウドウもそう思って何も言わねえんだろうし、むしろ喜んでんじゃねえか」
「そうなのか?俺にはよくわからねえが」
「ま、とにかく馬焼売買おうぜ」
リュウは三人前、サナダは一人前をそれぞれ買うと、
「これから帰るのか?だったら俺も乗せってってくれねえか」
とサナダが言ったので、一緒にシュウのキャンピングカーに乗って帰ることになった。
サナダも一緒に来たのを歓迎したシュウは自分は運転席に座り、リュウにはサナダと一緒に後部ソファ席で飲食しながら帰ることを薦めた。
シュウのキャンピングカーは特製なのでシートの構成を変更することで広いベッドにもなるし、横向きや向かい合わせのソファにすることも出来る。しかし走行中は向かい合わせで座り、シートベルト着用必須となる。
「せっかく部屋みたいな車なのに、シートベルトで拘束されるのは興ざめだな」
サナダが不満を言ったが、
「着けてもらえへんかったら発車できませんよってに、今晩も玉名に泊まることになりますけど、よろしぃやろか」
とシュウが笑いながら言ったので「シュウの頼みならしょうがねえな。どうせなら亀甲縛り型のベルトはねえか」とサナダも冗談で返して来た。
(きっこうしばり?なんだそりゃ)
下ネタがよくわかっていないリュウの顔を面白そうに見ながら、サナダは馬焼売と酒缶をテーブルに出して飲みはじめた。
「お前も飲むか?」
「いや、昨日飲みすぎてえらい目にあったから、俺は食うだけで充分だ」
リュウはそう言って自分も馬焼売の包みを開けた。
「ははは。えらい目にあったか。まぁ若いうちはバカやって痛い思いすんのも勉強だ。どうだ。プロレスは慣れたか」
「正直よくわからねえ。昨日はジンマやシュウの指示があったからなんとかなったが、トウドウが流れを変えた時は正直どうすりゃいいんだと焦ったぜ」
「トウドウは純粋にお前ともっとやり合いたかったんだろうが、これからいろんな相手と闘う時には、本気で潰しにかかって来るヤツも居るだろうから気を付けろよ」
「え、本気で潰し…?プロレスって勝ち負けとか筋は決まってるんじゃねえのか?」
「それが通用しねえ時もあるってことだ。レフェリーだってグルになって相手の味方をして、反則を取らねえままこっちがやられっ放しになることも多い」
「なんでそういうことになるんだ」
「理由はいろいろある」
馬焼売を口に入れ「うめえな」と味わってからサナダは続けた。
「まずは人気のある選手への妬みだな。お前さんのようないきなり出て来た新人スターは特に狙われやすい」
サナダはリュウの顔に箸を向けて言った。
「しかも男前だ。背は低くてもスタイルは悪くねえし、空中殺法ありの見栄えのするファイトスタイルときちゃあ、そこらのレスラーじゃ自分のファンを根こそぎ持ってかれるこったろう。生意気だから今のうちにシバいて潰してやろうってことになる。虎拳の自主興行じゃなく、よその団体に呼ばれて試合に出る時にゃ、いつ何が起こるかわからねえと思っとけ」
(第五十二話へ続く)
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