女子高校生の魂を天に送ってから1週間が過ぎた頃。
オオヒト八幡神社にカワカミの先祖ゆかりの女性がやって来た。
その日は急にメディアの取材が入ったため、リュウとシュウが神社に戻った時にはすでにその女性が来訪していた。
客間の前まで行くと中からカワカミのはしゃいだ声が聞こえて来た。
「そう!そうなんですよ!ご先祖はノッて来るとピアノの鍵盤を足で弾いたりしてたんですよー!」
先祖にまつわる話で大いに盛り上がっているようで、二人は客間に入るのをためらっていた。
「カワカミさん、ものすご楽しそうやね」
「なんか邪魔してしまいそうで、入っていいのか迷うぜ」
二人でぼそぼそ話していると、勢いよく襖が開けられた。
「お帰りなさい!待ってましたよ~!さぁさぁ入って下さい。何を遠慮してたんですか♪」
満面の笑顔のカワカミがハイテンションで二人を迎え入れた。
「いや、すげえ盛り上がってるから、入っていいのかなって…」
リュウの言葉など聞きもせずに、カワカミが女性に向かって二人を紹介した。
「コマチさん、この男前ですごく強い人がプロレスラーの飛成竜さんで、入場曲に『ダイナマイトに火をつけろ!』を使ってくれた人です。そしてこちらの大きくてすごく優しい人が、リュウさんのマネージャーであり親友の幸田秀平さんです」
カワカミの言葉を受けて女性がすっと立ち上がり、少しはにかんだような優しい笑顔を二人に向けた。
(きれいな目をした人だな。なんていうか…透き通ってるような瞳だ)
リュウが見惚れていると、女性が優しい声で挨拶の言葉を述べた。
「初めまして。紀月小町です。恭太郎さんのお誘いに甘えて押しかけて来てしまいました」
(キョウタロウ?誰だそれ?)
シュウがチビヤゴくんの心話機能でリュウに答えた。
(カワカミさんや。川上恭太郎さんて言うねん)
(あ、そうなのか。え?じゃあこの二人はもう名前で呼び合うほど親しくなってるのか)
リュウは驚きを隠せないまま、あわててコマチに頭を下げて挨拶を返した。
「あ、どうも。俺がリュウだ…いや、リュウ、です。遅くなってすまねえ…えっと、すみません、でした」
動揺するリュウだったが、シュウはいつものように穏やかな笑顔で
「初めまして。僕、シュウて皆から呼ばれてます。カワカミさんから貴女のこと『すごく素敵なひと』やて、こないだからずう~っとお聞きしてましたんで、お会いできて嬉しいです」
と、またもリュウの手本になりそうな挨拶をした。
(こういう時、シュウは本当に対応が上手いよな)
羨ましそうな表情でシュウを見るリュウ。そんな二人をにこやかに見ながらコマチは言った。
「私もおふたりにお会いできて嬉しいです。この間の大会で子どもと遊ぶシュウさんに『なんて優しさにあふれた人なんだろう』ってすごく心があったかくなりました。リュウさんの試合では『おおっ!そう来るか!?』っていう反撃にすごい─!って大興奮しました!恭太郎さんと会えたのもリュウさんの入場曲のおかげですし、本当にありがたいご縁だなぁ~って感動してたんです!」
「おう、その入場曲の原曲をあんたが、いや、コマチさん…が持ってるんだって?」
「はい。私の先祖が恭太郎さんのご先祖様が組んだバンドのファンで、当時ライブハウスで演奏した時に録音したテープを大切に残してたんです。古いテープですし録音状態もけして良いとは言えませんが、曲の歌詞もほぼ聞き取れます」
「それはすごいなぁ!お宝もんやねえ」
「でしょう!?国宝級ですよ!」
嬉しくて仕方がないといった顔で、カワカミがカセットデッキを座卓の中央に置いた。
「実はまだ私も聴いてないんですよ。お二人が揃ったら聴こうと思って待ってたんです!じゃあ早速流しますよ!」
カワカミは興奮しながら再生ボタンを押した。
あらかじめ「ダイナマイトに火をつけろ!」の演奏開始に合わせてコマチがテープをセットしてくれていたようで、ギターをかき鳴らす音から始まった。リュウもシュウも思わず身を乗り出していた。
力強く安定したドラムと太く豊かなベース、そして徐々に厚みを増してゆくギターの音に、軽やかで伸びのある男の声がかぶさって来た。
(あの時に聴いた声だ!)
少女のために唄ったカワカミのピアノに合わせ、ギターの音色と共に聴こえて来た声と同じだとリュウは思った。シュウもうなずいている。
そしてその声は唄うのではなく、前奏に合わせて客に向かって語り掛けていた。
「みなさん!楽しく笑ってばっかりいるけどね、面白いことはそう長く続くもんじゃありません。良かったものはじゃんじゃん無くなってゆく。こんなコンクリートに囲まれて楽しいわけがありません!おいらは思うんですよ。大人ってのは信用できません。さぁ若い人、みなさんの幸せは大人につぶされてしまいますよ!」
(大人に…つぶされる…)
「大人の作ったものをそろそろぶっ壊してしまいましょう!壊すだけでいいから、後は誰かが何とかしてくれるってよ!」
ヴォーカルのMC、というよりも扇動の言葉がリュウの胸に突き刺さる。
「くだらねえものが多すぎておいらたちの目は濁ってしまいます。その目をきれいにしましょう!行きますよ──っ!!
ダイナマイトに火をつけろ──!!」
そのバンドの原曲はまさに「熱い魂」が燃えさかるような曲だった。
カワカミが以前に語った通り、
『熱い心を忘れるな』
『魂の革命を起こせ』
“周りの価値観に縛られず、押さえつけてこようとする人の言いなりにならないで、強い身体と精神で自分を変えろ!何回でも変えろ!すべてをぶっ壊せ!”
そんな彼らのロックの魂が、今は消し去られた歌詞とヴォーカルの叫びによって聞く人の心に炎をかき立てる。
百年を経てなお、彼らの獅子吼は生きているのである。
「──いやぁ、これ聴いたら、とにかく何かせなあかん!ぼやぼやしとったらあかんで!て言われてるような気ぃするなぁ。すごいパワーのある曲や。ほんで前振りもヴォーカルの人が怒鳴り立てるんや無うて、ちょっとほんわかしたような話し方でなおかつ鋭いこと言うてるとこがまたええ。おもろいわ~」
穏やかなシュウでさえ、目をキラキラさせて誰よりも先に曲の感想を熱く述べた。
「そうなんです。私も初めて聴いた瞬間から虜になってしまいました。なんだか身体の中から燃えるような、パワーが湧いてくる曲ですよね!」
コマチも嬉しそうに言った。
「…なんか上手くは言えねえけど…」
リュウもためらいながら言葉を継いだ。
「自分の思う通り生きていいんだぞ、って…いや、そうするべきなんだ!一緒にひと暴れしようぜ!って言ってくれてるような歌だな。──俺、こんなすげえ曲を入場曲に使わせてもらってたのか…カワカミさん、ありがとう!」
リュウがカワカミに向かって礼を言ったが、カワカミは下を向いたままである。
「…あれ?カワカミさん、どうした?──泣いてんのか?!」
こよなく敬愛するご先祖の失われた音源を聴くことができて、カワカミは感動の余り滂沱を禁じえなかったのである。
「こんな…こんな奇跡があるんですね…もう嬉しすぎて…涙が止まりません…」
あわててシュウがティッシュ箱を差し出そうとするが、それよりも先にコマチがハンカチを渡して、嗚咽するカワカミの背中をなでさすってやった。
カワカミは泣き止むどころか、さらに号泣しだしたのでリュウとシュウは目を見合わせて、うなずきあった。
「…僕ら、ちょっと食事の用意してきますわ。カワカミさんが準備してくれてはったんで、あとは火入れて盛り付けるだけなんやけど」
「あ、じゃあ私もお手伝いします!」
立ち上がろうとするコマチをリュウが押し止めた。
「いやいや!なんせシュウがでっけえから、コマチさんまで来たら台所がいっぱいになっちまう。俺だけで充分だからありがとな。じゃあカワカミさんをよろしく頼むぜ!」
ふたりはそそくさと客間を出て行き、台所に入ってからリュウはシュウにささやいた。
「この間からカワカミさん、ちょっとおかしくなってないか?いつもは落ち着いてて余裕のある人なのに、別人みたいだ」
「たしかに感情を露わにすることが増えた気ぃするな。でも、良えことちゃうか。心のままに泣いたり笑ったりはしゃいだりできるんは。カワカミさんのご先祖さんの曲で『会って嬉しくて涙~♪恋しくて涙~♪』って歌もあるくらいやし」
「へえ。ご先祖さん、恋の歌も作ってるのか?」
「その人は僕と同じ大学で、軽音楽部の部長やったから伝説は聞いててん。多才でカッコ良え人で、ファンも多かったらしぃで」
ふたりはカワカミが心を込めて作ってくれていた料理を温めて鍋から器に盛り付け、客間に運んだ。
その時にはカワカミはすっかり泣き止んでコマチとの楽しい語らいに夢中になっており、襖を開けてもまったく気づきもしなかった。
シュウはにこにこしながら「えらいすんません。お邪魔します~」と言って座卓に料理を並べた。
コマチは「ありがとうございます!」と返したが、カワカミはずっとコマチに話しかけ続けている。リュウは(しょうがねえなぁ)と苦笑し、カワカミとコマチの分を小皿に取り分けてやった。
「うまぁい!」
コマチが持参した食後のデザートを食べて、リュウは感激の声をあげた。
「コマチさんが持って来てくれたこのりんごのパイ、すっげえうめえよ!りんごの甘煮がたっぷり入ってるしパイ生地もサックサクのパリッパリじゃねえか!上にかかってるシロップのとこがシャリってするのも最高だ!」
「私の故郷チクゼンに昔からある洋菓子店のアップルパイなんですよ。リュウさんが甘いものがお好きと恭太郎さんから伺ってたので…喜んでもらえて良かったです♪」
「リュウさんは美味しいおやつに目がなくて。私がいきなり団子をいくら作ってもあっという間に食べちゃうんでキリがないんですよ」
「恭太郎さんはお料理だけじゃなくて和菓子も作られるんですね。さっきのお料理も本当に美味しかったし、すごいですね!」
「いえそんな、ヤゴロウどん神社では仏教の禅宗でいう典座のように、神職が神饌のお下がりで料理を作るのも修業のうちですからね。簡単なものなら和菓子もいくつか作れますよ」
「ほな、神社で和菓子カフェとかやったら喜ばれるんやないですか」
「そいつはいいな!俺、ウマい和菓子毎日食いたい!」
「きっとリュウさんに全部食べられちゃうから、お客様まで行きわたりませんよ。商売になりませんって」
カワカミが突っ込みを入れた時に、社務所のベルが鳴った。
「ご参拝の方だ。あ!もうこんな時間!閉門するのをうっかり忘れてました。ちょっと行ってきます」
あわてて客間を出てゆくカワカミ。
シュウが「コマチさんが来てくれはって、カワカミさんよっぽど嬉しかったんやね」と言って笑った。
「私もすごく嬉しいです。このバンドのメンバーの血縁の方が居られて、しかも曲や歌詞、メンバーへの思いを今の時代に熱く語り合うことができる人にめぐり逢えるなんて、本当に奇跡だなって思ってます」
コマチは先祖が残した、バンドメンバーの写真が載った記事などをまとめたスクラップブックも開いて見せた。
「うわ!この人、カワカミさんにそっくりじゃねえか!顔の黒子の位置まで…さすがご先祖だ」
「恭太郎さんの黒子、実はご先祖様に似せてご自分で毎日描いてるんですって」
「え?そうなのか?!てっきり天然の黒子だと思ってた」
「時々ひとつかふたつ、描き忘れることがあるらしいですよ。これからは数と位置をチェックしてみて下さい」
コマチが笑いながら秘密を教えてくれた。そこへカワカミが戻って来た。
「すみません!御朱印も所望されたので遅くなりました。…ん?なんでジロジロ見てるんですか?私の顔に何か付いてます?」
シュウとリュウが「ぶはっ!」と笑い出す。コマチは笑いをこらえながら話題を変えた。
「こちらの神社では御朱印は書き置きではなく、その都度お書きになるんですね」
コマチの問いにカワカミは筆を持つ手の動きを見せながら答えた。
「ええ。私の手蹟は武骨なので女性のご参拝客からよく『いかつい御朱印ですね~』と笑われたりします。でも御祭神さまが武勇の神様ですから悪くはないと思うんですけどねえ」
「…あの、もしよかったら私、女性受けしそうな御朱印を書いてみましょうか?」
「え!コマチさんが書いて下さるんですか?これは是非とも!是非お願いします!!」
(第七十話へ続く)
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