竜浪道 ~リュウロード~

めっぽう強いが小さな男リュウの格闘旅物語
日向 真詞
日向 真詞

第三十三話 竜を射んとせば先ず馬を

公開日時: 2022年7月2日(土) 09:15
更新日時: 2022年7月2日(土) 14:05
文字数:5,101

「ジンマ、俺とこの男じゃ身長差があるだろう。同じ動きをしたとしても所詮この男にはなれねえぞ。そこはどうするつもりだ」



 リュウは本当は触れたくない、自分の背の低さについてあえて口にした。

 そうせずにはいられないほどリュウ自身もこの『イノキ』という男に惹かれていたといえる。


「よくぞ聞いてくれた!」


 リュウから前向きとも取れる言葉を初めてもらい、ジンマは喜びをあらわにした。


「その答えの前に、これも見てほしいんだ!」


 そういって別の映像を映し出した。そこにはなんと布製の仮面をつけた男が、ロープの角の一番上に立っていた。


 地面からリングのマットまでの高さは約1メートル、マットからトップロープまでの高さは1メートル20~30センチ。結構高い位置である。

 しかも揺れるロープの上にもかかわらず仮面の男はバランスよく立ち、片腕を高々と掲げ人差し指を立てながらポーズを決めていた。


(誰だこいつは?背丈はどうやら俺と同じくらいだが…)


「これも百年以上前の天才と呼ばれたプロレスラーで、『タイガー・マスク』だ。名前の通り虎の仮面を被っている」


「タイガー・マスク?」


「そうだ。タイガー・マスクを名乗るプロレスラーは複数いるが、初代にして最高の虎だった。リュウさんと同様に跳躍力をはじめ抜群の身体能力があり、蹴り技も美しい。特にローリング・ソバットの素晴らしさといったら!」


「そば?っと…?なんだその技は」


「ほら、リュウさんがサコウのみぞおちに打ち込んだ、かかと落としブロックからの後ろ廻し蹴り!あれのことだ。あんたの蹴りとこの虎の蹴りの美しさは共通なんだよ!」


 ジンマは夢見るような表情で解説し、ローリング・ソバットをはじめ仮面の男の技の映像も次々見せた。


 ロープの角のコーナーポストを駆け上がって宙返りをしながら体当たりをしたり、蹴りを放った時に相手に片足をキャッチされても、すかさず軸足も使って蹴りを打ち込む。体幹がしっかりしているので常に動きにブレがない。


 相手から投げ技を仕掛けられても、腕をからめて空中で身体を入れ替えて相手を投げ倒すなど、どんな技にもスピードとキレがあり、観客の目を釘付けにしていた。


「リュウさんには『イノキ』の強い凄みと表現力、そして『タイガー・マスク』のスピードと身体能力を駆使した技の、どちらをも使いこなしてほしいんだ。そうすりゃ強さと凄味と夢がある、最高のプロレスラーになれる!子どもからお年寄り、素人からマニアまで絶対夢中になるよ!」


 身を乗り出して来たジンマの顔を手のひらで押し返し、リュウは疑わしそうな顔で聞いた。


「まさか、俺にこの虎の仮面をつけろって言うんじゃねえだろうな?」


「とんでもない!リュウさんの端正な顔を隠すなんて、そんなもったいないことするわけがないよ!もちろん素顔でやってもらう。ね、だから、うちの団体に…」



♪ヤゴロロロ!ヤゴロロロ!ヤゴロロロ!♪



 突然、変なメロディーが流れた。



(な、なんだ?)


 ジンマとリュウがビックリしていると、シュウが胸ポケットから何かを取り出した。

 それは手のひらに収まるほどの小ささの、ヤゴロウどんの面だった。

(なんだありゃ?)


 目を丸くするリュウに笑顔を向けながら、シュウはその小さな面の口の部分を指で押し、


「はぁい、シュウです~あ、カワカミさん。どうも~」


と話し出した。なんとその小面は電話機能が付いているらしい。通話の相手はオオヒト八幡神社の禰宜ねぎカワカミのようだ。


「…はい、あ、そうですか。今ちょうどその人と話してます。わざわざありがとうございます~ほな」


 通話を終えたシュウが「ジンマさんが僕らを探してるいう報告でした~」と言った。


 リュウはその小さな面を指差して


「そ、それ…何なんだ?携帯電話なのか?」


と、ちょっと不気味に思いながら尋ねた。


「せやねん。これ“チビヤゴくん電話”て言うてる。ただ、他の神様の領域によっては通じへんこともあるねん。さっきも電話くれてたらしけど、阿蘇山は健磐龍命たけいわたつのみことて言わはる神様のお膝元やから『圏外』やったみたいやね」


「…なんかよくわからねえ。でも、その小さな面で電話ができるってのはすごいな。カワカミさんが作ったのか?」


「いや、これはサツマのヤゴロウどん神社で、出発する前に宮司さんからもろたんや。ほら、リュウが忘れ物取りに帰ってる間にな。これなぁ、実はリュウも馴染みあんねんで」


 シュウはそう言うと、小さな面の向かって右側の目の部分を指で押した。するとたちまち大きくなり、普通の面の大きさになった。


「あ!それ、祭りの神事の時に俺が付けてた面じゃねえか!」


「せや。リュウが使った面におネさぁが神通力かけて電話もできるようにしてくれた。なんかあった時のための緊急電話や」


(…他の神様の影響でつながらない時もあるって…それ、緊急電話として役に立たないんじゃねえか?)


 首をかしげるリュウの横から、不意にジンマが言った。


「なぁ、シュウさん。あんたは本当は『生きているヤゴロウどん』なんだろ?」


 その一言にリュウが目をむいた。

 しかし、穏やかな声がジンマに答えた。


「はい。僕がヤゴロウどんの中のひとです」


(おい!またバラすのかよ!?)


 正直に言うシュウに、またもリュウは冷や汗をかいた。


「やっぱり!祭りの試合中に見せた殺気は全くないけど、その身体つきはやっぱりヤゴロウどんだよな。露天風呂で見てピンと来てたんだ!」


 なあなあ、とジンマはシュウにすり寄り、


「ちょうどヤゴロウどんの面もそこにあることだし、シュウさんもその面付けてうちのリングに上がってくれないか?」



(こいつ!何を言い出しやがる!シュウまで利用しようってえのか?)



 にらみつけるリュウに目もくれず、ジンマはわくわくした顔でシュウに迫っている。


「闘技戦の対決結果は引き分けだったから、あらためてリュウさんとヤゴロウどんの決着をプロレスのリングでつけよう!これはすごい試合になるよ!」


 思わずリュウがジンマにつかみかかろうとしたが、シュウがリュウを静止してジンマに言った。


「ジンマさん、自分は神様が降りて来てる僕とリュウの闘いを観てはるんやね?」


「もちろんだよ!だからこそ、うちのリングに上がってくれって頼んでるんじゃないか!」


「ほな、言わしてもらいますけど」


 シュウの目が強い光を放った。


「あの闘いではリュウは背骨を折り、右手の骨もやられた。僕の身体も左手と両足の骨折れたし、二人とも頭突きで大流血してたわな」


「ああ!そうだったとも」


「リュウは空手の技とかも使つこてたけど、神様は殴る蹴る、叩きつけて踏み潰す、さらには首の骨を折ろうとしたり首絞めたりという原始的かつ凄惨な攻撃やった。まさに殺し合いやろ?」


「……」


「ちっちゃい子を連れた親子連れやお年寄り、プロレスに興味ないけど彼氏に連れられて来た女の子らに、そういう試合見せてもええんかいな?」


「…うっ」


 ジンマの顔が青ざめた。シュウは続けた。


「プロレスの勝敗は決まってるとか、あらすじがあるとか言われたかて、神様にはそんなもん関係あらへん。ただひたすら真剣勝負や。負けたら死ぬいう闘いや。たとえ勝ってもダメージでその後すぐに死ぬかもしれへん」


 シュウはリュウの方を見て言った。


「相手がリュウやったから倒れはしても生き残ったけど、去年まではサコウさんかて死にかけたから、主審が試合を止めておネさぁに命を救ってもろたんやで」


「えっ!サコウも?おネエちゃんに命を救ってもらった…?」


 驚いてリュウが言った。


「せや。ヤゴロウどん祭りの闘技戦に出る人間はみんな試合前に起請文きしょうもん書くやろ。あの中に試合中の負傷や生命の危機については神様が保障するという文言もあったで」


(そうだったのか。俺は見本通りに写して書いて、言われた通りに読み上げただけだから、文章の意味なんかわかってなかった…)


「ケガについては闘技戦全試合終了後におネさぁが治してくれはるし、生命の危機には即時、神通力で命を救ってくれはるねん。せやから金的と目潰し以外何でもあり言う、バーリトゥード並みのとんでもない掟でみんな闘いに臨めるんや」


(ばーりとぅ…ど?)


 よくわかっていないリュウだったが、シュウは笑顔でうなずいてからジンマに向き直った。


「去年までは闘技戦終わったら神様は完全に僕の身体離れはったけど、今回はどうもまだ少し残って居てはるみたいや。せやからご神体の面やないこの面を付けるだけでも、神様はすぐ降りて来はるような気ぃする。そうしたらもう誰にも止められへん。ジンマさん、そないなった時、自分は命の保障できはるんですか?」


「……む、無理だ…」


「せやんなぁ。と、いうわけやから、ヤゴロウどんはプロレスラーにはなれまへん。ほんで、リュウはどないするん?」


「俺?あぁ、俺は…」


 ジンマがすがるような目でリュウを見つめた。



「俺は…プロレスをやるかどうかは…





 ───ヒゴの美味い名物料理とやらを、食ってから決める!」








「さぁ!食べてくれ!これがヒゴの美味い名物料理だ!」


 ジンマが予約したヒゴ料理店の和室の卓上には、料理が用意された。


「………」


 食いしん坊のリュウが箸もつけず、黙って目の前の皿を見つめている。


「リュウさん、どうした?遠慮なく食べてくれ!おかわりもしていいぞ!」


 ジンマが促してもリュウは動かない。


「…おい、これって…」


 ようやく言葉を発した。


生肉じゃねえか!七輪も焼き網も鍋もないぞ!このまま食えってのか?!」


「リュウさん、これは肉の刺身なんだ。しかも牛じゃない。馬だよ」


「馬?!」


(またウマかよ)


「そうだ。ヒゴの名物、馬刺しだよ。おろしたニンニクやショウガを溶かした甘めの特製醤油に、この馬刺しを浸けて食べるんだ」

 リュウが疑わしい目で、言われた通りにした馬刺しを口に入れた。瞬間、リュウの目が輝いた。


うんめえ!!なんだこのとろけるウマさは!馬の肉ってこんなに美味いのか?」


 言うや否や、リュウは次々に馬刺しを口に運んだ。


「美味いだろう!ヒゴの馬肉は霜降り、つまり脂肪が細やかにきれいに入ってるのが特徴で、それが口の中で溶けて絶妙な味わいになるんだよ。それに馬の脂は牛や豚の脂と違って体内で蓄積されにくいし、酸化もしにくいからヘルシーなんだ。…リュウさん、聞いてる?」


「聞いてるよ。ウマいなぁ~!この白いのはなんだ?」


「これはタテガミだ。馬の首の後ろ、タテガミが生えてるところの皮下脂肪で、コラーゲンも豊富に含んでる。骨や肌にいいんだよ。あ、これは赤身のところといっしょに食べてもいいし、大葉にスライスした玉ねぎといっしょにくるんで食べてもウマい。…リュウさん、聞いてる?」


「聞いてるって。ウマいウマい!この白身と赤身がいっしょになってるのはなんだ?」


「それはフタエゴって言って、馬のあばら部分の肉だ。コリコリした食感がいいだろう?とにかく馬肉は高タンパクだから筋力強化にいいし、滋養強壮、スタミナアップにも効くんだ。どうだ、うちの団体に入ってくれたら、いつでも馬肉料理を食べさせてあげるよ。だからぜひ…なあリュウさん、聞いてる?」


「あーウマかった!おかわり頼む!


 リュウはすでに馬刺しの盛り合わせ3人前をひとりで全部食べ切っていた。

 ジンマは困った顔をしながら、それでも追加注文をしてくれた。


 そこへシュウが遅れてやってきた。


「遅なってすんません~あれ?リュウ、もうお皿空にしてしもたんかいな」


「いやあ、すまねえ!馬刺しってやつがあんまりウマかったんで、シュウが来る前に全部食っちまった。でもジンマがおかわり注文してくれたから安心しろ」


 ジンマの泣きそうな顔を見てシュウは大体の事情を察し「あはははっ」と笑った。


「んで、チビヤゴくん電話は店の外ならちゃんとつながったのか?カワカミさんは何の用だったんだ?」


「うん。試運転の細かい感想や改善点のこといろいろ話しててな。アフターケアが手厚いからありがたい。ほんまええ人やわ。ほんでな、よかったら夜は神社に泊まり、て言うてくれはった。車で寝るんはこれから先いくらでも寝れるやろからって」


「そうか。そいつは本当にありがてえな」



 その時、店の廊下から騒がしい声が聞こえて来た。


「どこだ?この部屋か?」


「お待ち下さい!そのお部屋はご予約のお客様が…!」


 襖が乱暴に開けられ、口髭を生やした逞しい身体の男が入って来た。日焼けしたその顔は怒りに満ちており、手には書類を握りしめていた。


(なんだこいつは?)


 呆気に取られているリュウとシュウには構わず、その男はジンマの隣にどっかと座り込んで怒鳴った。


「ジンマ!これはどういうことだ!話を聞かせてもらおう!」


(第三十四話へ続く)


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