「『ダイナマイトに火をつけろ!』の原曲…たしか危険思想を煽るからって、だんあつ?されて歌詞も消されたって…カワカミさんも一部しかわからないとか言ってなかったか?」
「そうなんですよ!でも、その人は歌詞も曲も全部知っておられたんです!」
興奮しながらカワカミはいきさつを話し出した。
リュウの入場で「ダイナマイトに火をつけろ!」の曲が鳴り響くと、隣に座っていた女性がリズムに乗って身体を動かし始めた。
(ロックミュージックが好きなのかな)
そう思ったカワカミだったが、リュウがトップロープから降りて曲がフェードアウトした後も、その女性は小声で歌を歌い続けていたのだ。
「その歌…!この曲の歌詞ですか?なんでご存知なんですか?!」
驚いたカワカミが思わず声を掛けると、女性もびっくりした表情で「貴方もこの歌詞を?」と問い返して来た。
そこでカワカミは、この曲は自分の先祖とその仲間が作ったこと、今は英訳された歌詞と一部の音源しか残っていないことを話した。
「そうしたらね、なんとその人のご先祖様がこのバンドのファンで、昔ライブハウスで演奏された時に録音したテープを大事に残しておられたそうなんです」
「テープ?」
「音や映像をフィルムテープに記録するものです。昔のアイテムですよ」
(テープに音を記録…粘着テープに音をくっつける…のか?よくわからねえな)
「でね、そのご先祖様が住んでおられた家を片付ける際にテープが発見されて。昔のラジカセ、あ、音楽プレイヤーの一種です。ラジカセも残っていたから再生して聴いてみたところ、その人はもの凄くハマってファンになったそうです」
「へえ…すごいな。100年過ぎても大事に曲を残してたことも、今の時代にそれを聴いてファンになったってえのも。カワカミさんのご先祖様もその人のご先祖様も、このこと知ったらきっと嬉しいだろうな」
「はい!私も嬉しくってたまりません。こんなことあるんだ!って♪その人はリュウさんのデビュー戦をたまたまヒゴくまねっとで観てて、この曲のイントロが流れたので驚いたそうです。それで今日、実際に会場まで観にというか、聴きに来てくれたんですって」
「そうか、この入場曲がきっかけでわざわざ来てくれたのか」
「これもリュウさんがこの曲を入場曲に使って下さったおかげです。今度ね、その人がテープとラジカセを持って神社に来てくれることになったんです。その時はぜひリュウさんもシュウさんも一緒に聴いて下さい!」
普段は落ち着いた印象のカワカミがワクワクした表情ではしゃいだ話し方をするので、リュウもなんだか楽しくなってきた。
「おう!そいつは楽しみだ!早速シュウにも話して…あれ?シュウ、どこいった?」
その頃、シュウはトウドウの息子に今日のバイト代を渡しに行っていた。
「今日はセコンドまでやってもろてお疲れさんやったね。おおきにな」
「いえ、常設会場なのでリングの解体しなくていい分楽でしたから。こちらこそありがとうございます」
きちんとバイト代の礼を言う息子に、トウドウも隣で目を細めている。
「今日も打ち上げあるねんけど、よかったらお父さんと一緒に来てくれへん?」
「ありがとうございます。それが…」
息子がちらっとトウドウの方を見た。すると少し照れたような顔でトウドウが言った。
「実はな…今日は女房も、いや、“別れた女房”も観に来てくれてて…それで、久々に親子三人でメシ食おうかって話になってな…」
「そやったんですか!それはよかった~!そら、もちろんそっち優先ですわ。ジンマさんにも僕から言うときますから、どうぞいってらっしゃい」
「悪いな。あ、リュウには『俺の分はお前が食っとけ』と伝えてくれ」
「あははは。リュウ喜びますわ」
「──しかし、リュウの指の力はとんでもないな。今も足首がズキズキする」
「僕もリュウに足の指と手の指、合計5本バキバキ折られたことあります。リュウの指の力むっちゃ凄いですよね」
「なに?!シュウもリュウと闘ったことがあるのか?」
「あぁ~、闘ったのは僕やないんです。僕の身体は身体なんやけど」
(???)
首をかしげるトウドウに微笑むシュウ。
「まぁ、それについてはまた」
そこへリュウがやって来た。
「シュウ、ここに居たのか。おうトウドウ!肩は大丈夫か」
「大丈夫なわけねえだろ!よくも踏み台にしやがったな」
「てめえこそさっさとリングに戻りやがって!最初っから俺を置いてけぼりにするつもりだったのかよ?」
「素人のお前に場外乱闘の盛り上げ方を教えてやったんだ。文句言うより感謝しろ」
「誰が感謝なんかしてやるか!しかも髪の毛つかんで思い切り引っ張りやがって。ハゲになったらお前のせいだぞ!」
言葉こそ喧嘩腰に聞こえるが、二人とも目が笑っている。
「それにリングアウトで終わったから虎固めを使えなかったじゃねえか!せっかく虎之助が十八番技を使わせてくれるってえのに」
「あの技は背の高いヤツが使ってこそ映えるんだ。お前の身長じゃ様にならねえから、止めといて正解だ」
「うるせえ!筋書き破りばっかりしやがって!」
怒鳴りながらもリュウはニヤリと笑って言った。
「だから、てめえと闘るのは面白えんだよ」
トウドウもニヤリと笑った。
「俺もだ。リュウと闘るのが一番面白い」
そして息子の方を見て「行くぞ」と言って歩き出した。息子もリュウとシュウに頭を下げてから父の後を追った。
「え?おい、帰るのか?オーナーさんがご馳走たくさん作って待ってるって…」
シュウがリュウの肩をポンと叩き(あっちを見てみ)と指差した。
出口の横には慎ましやかに佇む女性が居り、近づいて来たトウドウと息子に向かって(お疲れ様でした)と頭を下げていた。
「あ…もしかして」
「トウドウさんの奥さんや。今日は応援に来てくれてはったんやて」
トウドウも無言で頭を下げ、しばし何も言わずに顔を見合っていたが、息子が両親を促して外へ出て行った。
「今日は家族でご飯食べに行くから、打ち上げは遠慮するて。トウドウさんの分までリュウが食べてくれって言うてはったで」
「…そうか」
リュウはトウドウ達の後ろ姿をしばらく見つめてから何も言わずに、カワカミが待つ控室へシュウと共に戻って行った。
料亭「肥後ほまれ」の座敷では、すでに到着していたシンヤたちが盛り上がっていた。
座の中心にはあんりが居て、皆が何とかしてあんりの気を引こうとあの手この手で話しかけるが、当のあんりは困惑顔で「はあ、そうですか…へえ…」と、気のない相槌のみを繰り返していた。
そこへリュウたちがやってくると、あんりは「リュウさん!」と叫ぶや立ち上がり、シンヤたちを押しのけてリュウの側へやって来た。
「あ。あんたはナツキと試合してた…」
「甲野あんりです。さっきはちゃんとご挨拶できなくてすみません。私、リュウさんのファンなんです。握手してもらえますか」
「え、俺の?」
「はい!うわぁ…すごくたくましい手ですね。ドキドキします」
そういうあんりの手はとても華奢で、女子プロレスラーとは思えないか弱さだった。
「リュウ、立ってんと座ったり。あんりちゃんも座り。今日は席順決まってへんから好きなように座ってええねんて」
シュウがそう言うので、リュウはそのままあんりの隣に座ることになった。シンヤたちが「ああ…」「ちくしょう~!」などと残念がっている。
「ナツキとの試合、顔面蹴られたりとか大変だったな。ケガしてないか?」
正直言って観ていられない気分だったリュウは、心底心配してあんりに尋ねた。
「大丈夫です。ナツキさんは私にも手を抜かずに攻めて来てくれるので嬉しかったです」
「ん?私にも手を抜かずにって?どういうことだ?」
あんりはちょっと下を向いて黙ったが、意を決して話し出した。
「…あの、私は弱いから対戦相手にまともに闘ってもらえなくて…プロレスの技というよりいじめみたいな…顔を百面相みたいにいじりまわされたり、鼻や口に指突っ込まれたり…あと、わざと胸やお尻ばかり叩かれたり…」
「なっ…なんだそれ!試合中にそんなことしてきやがるのか?」
「はい。フォールされる時や寝技掛けられる時も…わざと大股開きで極められたりして…私の恥ずかしい恰好をお客さんに見せつけるようにされるんです…」
「……は?そんなもん見て喜ぶヤツがいるのか?!いや、そんな事されても我慢しなきゃいけねえのかよ?!それもプロレスなのか?違うだろう!」
リュウは恥ずかしさに顔を赤くしながらも、怒りを込めて言った。
「すごく嫌なんですけど、実際女子プロレスを観に来る人の中には、女の子がいたぶられてる姿を楽しむ人は結構います。…選手の胸の谷間や股間をアップで撮った画像もWEBにあふれてますし…そういう要素を含めてチケットが売れるんだから仕方ないって言われるし」
(そんな客がいるのか?とんでもねえヤツらだ!)
「でも、ナツキさんは弱くて技も出せない私にもちゃんと向き合ってくれたし、顔面への蹴りだってナツキさんは誰が相手でも出してるから、私は蹴られてむしろ嬉しかったんです」
「…そうなのか」
「それにパワーボムからのエビ固めフォールだって、ナツキさんは私に覆いかぶさってくれて、いやらしい撮影から守ってくれました。私、何もできずに負けたのが悔しかったのと、ナツキさんの心遣いが嬉しくて泣いてばかりで…物販の後にやっと落ち着いてお礼を言えました」
ちょうどそこにナツキがやって来た。
「みんなお疲れー!あ?リュウじゃん!あんりと仲良く何話してんのさ?」
豪快に笑いながら近づいてくるナツキに、シュウが気を利かせてリュウの隣の席を空けて、ナツキに(どうぞ)とすすめた。
(え?おいシュウ、何席譲ってんだよ)
戸惑うリュウの顔を観てナツキは「ぷっ」とふき出し笑いをしかけたが、
「シュウありがと!あんたほんっとに優しいよね─!」
とシュウにウインクしながらリュウの隣に座った。そこへあんりがリュウ越しに声を掛けてきた。
「ナツキさんお疲れ様です。改めて今日は本当にありがとうございました!」
「もう礼ならいいって。ねえあんり、あんた足にしがみつくだけじゃなくてさ、リュウみたいにアイアン・クローしかけてみるとかさ、お客さんに『おおっ?!』て言わせる攻撃考えてみたらどうかな?」
そう言いながらナツキは、あんりの顔を覗きこむ体でリュウに身体を寄せて来ていた。
「ありがとうございます!リュウさんみたいに手の力強くないんですけど、何かできること考えてみますね」
あんりもナツキの顔を覗き込むようにリュウに身体を寄せた。結果、リュウは二人の女に両側から密着されることになり、まさに身の置き場に困っていた。
「リュウさん、なんか両手に花状態になってますね」
カワカミが面白がってシュウに言った。二人は少し離れた席に座ってリュウの困惑顔を楽しんでいた。
「カワカミさんの予言当たりましたな。『今まで縁に恵まれなかった分、きっとこれからはモテまくりですよ』って言うてはったの。オオヒト八幡神社のご利益に今後は縁結びを増やしてもええんちゃいますか」
笑うシュウにうなずきながらカワカミが答えた。
「たしかに!でも縁結びってね、いろんな考え方はありますが、ほとんどの神様は皆様、人と人を結び繋げるご縁のお力はお持ちなんですよ。だから恋愛限定の縁結びについてのご利益はどの神社にも有るといえるし、無いともいえるんです」
「へえ、そうなんですか。ほな、縁結びの神様として有名な神社さんは、どういう要素をもってして決めはるんやろか」
「基本的に夫婦神を祀っておられることが多いですね。出雲大社さんでしたら大国主さまとその正后・須勢理毘賣命さまとか」
「ああ、なるほど。西のミヤコでも縁結びで有名な神社さんありましたけど、たしかに大国主さん祀ってはりましたわ」
「御祭神さまの業績とか功徳に由来するご利益ではなくとも、例えば『この神社で◯◯を祈ったら願いが叶った』っていう声が多く挙がって広まれば自然発生的にご利益が生まれるとも考えられますしね。リュウさんのように『モテ期が来た!』って喜ぶ方が増えたら、うちの神社も口コミで『縁結びならあの神社がおすすめ』って言われるようになるかも」
カワカミはそう言って笑ったが、当のリュウは女子プロレスラー二人にぎゅうぎゅう挟まれて、喜ぶどころか(誰か助けてくれ──!)と心の中で叫んでいた。
(第六十六話へ続く)
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