虎拳プロレスの新道場兼、常設試合会場で行う初大会の日がやって来た。場内は満席で、急遽2階の立見席も販売するほどであった。
今回は虎拳プロレスの所属選手だけではなく、他団体からも選手を迎えて計五試合のカードとなっている。
試合前にはシュウが小さな子供たちと一緒に遊ぶ人気イベントが開催され、ケイイチとユージも“楽しいプロレス”を展開しながらストロングスタイルへの脱皮を図るストーリーが組まれていた。
「シューヘーおにいちゃーん!おんぶしてー!」
「シーソー!シーソーがいい~」
祭りの時と同様にリングの上で、座ったシュウの背中に子供たちを登らせたり、両腕にシーソーのようにぶら下がらせたりして楽しませていると、子供たちがリングから落ちないようにフォローしていたケイイチとユージが上がって来て
「いいなぁ~シュウヘイお兄ちゃんは人気者で」
と羨ましそうな声を挙げ、さらに子供たちに声を掛けた。
「ねえみんな、シュウヘイお兄ちゃんのどんなとこが好き?」
「おっきいところ!」
「ちからもちなところ!」
「やさしいところ!」
「そうかぁ。たしかにシュウヘイお兄ちゃんはおっきくて優しいよな!でも、力なら俺たちだって負けないんだぞ」
「うそだー」
「シューへーおにいちゃんよりずっとちっちゃいのに」
「それにほそいよー」
「嘘じゃないよ!じゃあ今からシュウヘイお兄ちゃんと俺たちで力比べをする!みんな見てて!」
子供たちをいったんロープ際にさがらせて、ケイイチとユージが二人がかりで座ったシュウの片腕を引っ張ったが、シュウはびくともしなかった。二人は顔を真っ赤にして真剣に力を込めて引っ張るが、笑顔のシュウは体の軸もずれない。子供たちも笑い出した。
(シュウって身体弱いとか言ってたけど、力あるじゃん!?)
内心戸惑いながらも二人は次の手を打って来た。
「じゃあ、俺とユージがシュウヘイお兄ちゃんを抱えて立たせてみせる!」
ケイイチがそう言って、ユージと二人で両側からシュウの腕をそれぞれ自分の肩にかけ、引っ張り上げて立たせようとした。
「せーの!」
これまたシュウは微動だにしない。二人はうーうー唸りながらついに崩れ落ちてしまった。子供たちは大笑いしている。
「だめだ!このままじゃあ、子供たちに笑われて終わってしまう!」
「じゃあ、二人でシュウヘイお兄ちゃんに体当たりをしよう!二人でぶつかれば倒せるだろう!」
二人の言葉を受けてシュウがにこにこしながら立ち上がった。
場内からは囃し立てる手拍子が沸き起こっていた。それに合わせて「せーの!」と叫んで二人はシュウに突進した。
しかし、シュウの胸板に顔面をぶつけた二人は跳ね飛ばされ、それぞれ一回転してマットに沈んだ。子供たちがどっと笑った。
「あ、ごめんなぁ~大丈夫?」
シュウが笑顔でのどかな声を掛けるといっそう笑い声が高まった。
「…ちくしょう!これは自分たちがもっと強くなるしかない!でも野菜を食べてパワーを付けようにも、今日は道の駅の出店がないから食べられないぞ!」
「よし!今から俺たちは控室で強く変身するための地獄の特訓をしてくる!第三試合で強くなった俺たちを見てくれ!じゃあみんな、また後で会おう!」
二人はそう言うとふらふらしながら控室へと戻って行った。それを見送りながらシュウが子供たちに呼びかけた。
「みんな、ケイイチさんとユージさんはこの後、きっとすごく強くなって出て来るから応援してあげてくれる?」
「はーい!」
「ありがとう!ほな、『高い高い抱っこ』してあげるからおいで~」
「わーい!」
シュウは大喜びの子供たちをひとりずつ優しく抱っこし、リングの上プラス2メートルの景色を楽しませてあげた。
子供たちとのふれあいを終えてシュウが控室に引き上げる際、リングサイド最前列の席に料亭「肥後ほまれ」のオーナー・コトカがいるのに気づき会釈した。するとコトカは身を乗り出して、ちょっと拗ねたような顔でシュウに声を掛けて来た。
「シュウさん、リュウさんはなんで居ないの?他のレスラーの方々はリングの周りに居たのに」
「すんません。リュウは今人気が凄いんで、顔出したらファンの人が押し寄せて来て危ないから控室に残ってます」
「まぁ残念。祭りの時には自分の試合までリングの近くやグッズ売り場に居たって聞いたから、楽しみにしてたのに」
「でもこの後のオープニングセレモニーの時に出てきますよ。そや、ちょうどオーナーさんが座る席の真正面にリュウが立つようジンマさんが位置決めてましたから、楽しみにしといて下さい」
途端にコトカの顔がぱぁっと輝いた。
「まぁ!本当に?嬉しいわ!」
(感情がそのまま顔に出はるなぁ。素直で可愛らしひとやな。リュウのことほんまに好きなんや)
そんなコトカに思わず「リュウをよろしゅう頼んます」と言いそうになったシュウだったが、
(リュウの気持ちがまだはっきりせえへんのに、勝手なこと言うたらあかんあかん)
と思い止まって控室に戻った。着替えをした後、コトカのことを伝えようとリュウを探すが居ない。
「あれ?リュウどこ行ったんや?」
「それが、僕たちもさっきから探してるんですよ」
ジンマたちの後輩にあたる、大学のプロレス研究会メンバーも困った顔をしていた。
今日は虎拳プロレスのリニューアルスタートということで、OBや大学生も多く臨時スタッフとして協力していたのだ。
(リュウが試合前に行きそうなとこは…あ!)
シュウは体育館の外に出た。
「リュウ、やっぱりここやったか」
「おうシュウ!もう子供たちとのコーナー終わったのか?」
リュウが居たのは食べ物屋台の前だった。
今日はリュウのたっての要望で、体育館前の運動場に食べ物の屋台が数軒並んでいたのだ。
「ここのいきなり団子ウマいぞ!さつまいもと餡子だけじゃなく、くるみや栗も入ってて食感がまた楽しいんだ♪さっき10個食ったけどもっと食いたくなってまた買いに来た」
「はいお兄さんお待ちどう!よもぎと紫芋とくるみと栗、それぞれ3個ずつの12個!」
「おう、ありがとよ!はいお代」
「ちょうど頂きました!またどうぞ~」
リュウは嬉しそうに湯気の上がっているいきなり団子を袋からつかみだし、シュウに差し出した。
「ほれシュウ、出来立てだからむちゃ熱いけどウマいぞ!食え食え」
「おおきにありがと。でもまず先にオープニングセレモニーや。ひとりずつ花道から呼ばれてリングに並んで、お客さんに挨拶するて言うてたやろ」
「へ?…あぁ、そういやなんか言ってたな。じゃあ一個だけ食ってから…」
「あかんて。ほら、Tシャツに餡子付いてるやん。ちゃんときれいなTシャツに着替えな」
シュウはリュウを抱きかかえるようにして控室に駆け戻り、虎拳プロレスの新しいTシャツを購入してリュウに着せ、セレモニー開始になんとか間に合わせた。
「ファンの人がリュウの顔見たら集まって来てまうから控室に居れて言われてたのに、なんで外出て屋台でおやつまで買うてんねんな」
呆れるシュウにリュウは答えた。
「だって腹減ったから…」
「あ、そやな。リュウの場合それしか理由ないわな。聞いた僕が悪かったわ」
シュウは笑い出した。
「さ、ジンマさんの挨拶が始まるで。名前呼ばれたら少し駆け足でリングに上がってジンマさんの左側に立つんやで。その後、一番最後に虎之助さんが呼ばれてジンマさんの右側に立つから間違えんときや。僕はユキナガさんの後に呼ばれて先に出てゆくから、ほなな」
控室のドアの前にリュウを並ばせて、シュウは花道に近い前の方に移動して行った。
(ちぇ。出来立てのいきなり団子食い損ねちまった)
暗くなった会場にリングの上だけスポットライトが当てられ、ひとりマイクを持ったジンマの姿が浮かび上がった。
「皆様、本日は虎拳プロレスリングの新しい門出となる大会にお越し頂き、誠にありがとうございます!」
満員の観客から一斉に拍手が起こった。
「思い起こせば8年前、託麻大学のプロレス研究会に私、神馬秀和と加藤泰博、現在の虎之助選手が入会したのが始まりでした。それから4年経ち、学生プロレスの仲間たちと共にプロフェッショナルレスリング団体として虎拳プロレスリングを立ち上げました。そしてさらに4年。なんとかヒゴの皆様に認めて頂き、今年は玉名の大俵祭りのイベントプロレスにも出させて頂けると決まった矢先、看板選手虎之助が負傷し、興行自体成り立たない危機を迎えていました」
一瞬の間を置いてから、ジンマは声に力を込めた。
「そこへサツマからまさに救世主・飛成リュウ選手がやって来てくれ、この虎拳プロレスを救ってくれました」
ジンマはここで声を震わせていた。少し間を取ってから再び言葉を続けた。
「そして本日より、この元八十姫高校体育館は虎拳の道場であると共に闘技場『虎拳アリーナ』となります。選手たちはここで日々その技を磨き、皆様の前で素晴らしい試合をお目に掛けられるよう精進いたす所存です。どうぞ虎拳の選手たちの闘いに熱いご声援を送って頂けますようお願い申し上げます!」
拍手と声援に包まれながら、ジンマは深々と頭を下げた。
「では、我が虎拳プロレスリングのスタッフ、そして選手をご紹介します!」
音楽が鳴り、ジンマは一層声を張り上げて呼び上げを始めた。
「虎拳プロレスリングスタッフ!サブレフェリー兼サブアナウンサー、ユキナガ・リュウスケ!飛成リュウ選手マネージャー兼、虎拳プロレスマスコットキャラ、コウダ・シュウヘイ!」
研究会OBのユキナガとシュウがリングに上がってお辞儀をしてジンマの後方に整列した。
「シューヘーおにいちゃーん!」
多くの子供たちからシュウに声援が飛び、シュウも笑顔で小さく手を振って返していた。
「そして本日は託麻大学プロレス研究会の学生レスラー、また研究会及び虎拳プロレスOBの方々にも協力頂いています!みんな本当にありがとう!」
リングサイドをぐるりと取り巻いている学生やOBたちも頭を下げ、ユキナガとシュウを含めた観客から大きな拍手が送られた。
「続いて選手をご紹介します!虎拳プロレス道場の首領!無敵の用心棒、サナダ・アキラ選手!」
「サナダァー!」「待ってましたぁー!」
その強さを知るマニアックなファンから、サナダへ力強い声援が多く飛び交った。
「明るく楽しいプロレスからストロング・スタイルへの進化を目指す、カワバタ・ケイイチ選手!同じくキフネ・ユージ選手!」
お笑いプロレスのイメージが強いため、声援と共に笑い声も上がった二人の入場だが、先程とは打って変わった真剣なまなざしでリングに立った。
「ぶっとく大きい身体は何のため?対戦相手をぶっ壊すためだ!破壊王に俺はなる!キクチ・シンヤ選手!」
「シンヤ─!」の声援が飛び交う中、痣の残る身体をTシャツとパンタロンで隠し前方を睨みつけるような表情でシンヤは入場した。
「サツマの神に捧げる闘技戦の覇王がヒゴの地へ舞い降りた!めっぽう強くて男前、この男に惚れないヤツがいるものか!?」
リュウの呼び上げだと察したファンたちが「おおおぉ──!」と地鳴りのような声を上げた。
(ジンマ、あいつ何を言ってんだ!)
口上の恥ずかしさに花道に出るのを渋ったリュウだったが、虎之助が笑顔でリュウの背中を押した。
「問答無用の喧嘩師!ヒナリ・リュウ選手──!」
「うおおお──!!!」
「リュウ!リュウ!リュウ──!!!」
大歓声の中、リングに上がったリュウは恥ずかしさを隠し、無表情を装って整列し頭を下げた。
「さぁ真打の登場だ!今は傷ついた身体を癒しながらも、その鋭い牙と爪を研がぬ日は無い!来るべき復活の日にどんな猛虎の姿を見せてくれるのか!ミスター虎拳プロレス!カトウ・トラノスケ選手──!!」
威風堂々と花道を歩いてくる虎之助の姿に大きな拍手と歓声が沸き起こった。
「虎之助ー!」
「早くリングで闘う姿を見せてくれ!」
「今か今かと待ってるんだぞ!」
ファンからの声援に好青年の笑顔で応えながら虎之助はジンマの右側に並んだ。
そしてマイクを受け取り、ジンマを指し示して大きな声で叫んだ。
「メインレフェリーでありメインリングアナウンサー、そして虎拳プロレスリング代表、ジンマ・ヒデカズ!」
選手とスタッフそして観客から大きな拍手が起こった。その波が引くと虎之助は高らかに宣言を行った。
「我等、虎拳プロレスリングは今、新たなる旅立ちの時を迎えました!」
(第六十話へ続く)
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