ケイイチとユージの第一試合は、リュウの目には何とも奇妙なものに映った。
その理由は、ヒゴの特産品(野菜)の自慢合戦から始まったからである。
「ヒゴと言えばトマトだ!ヒゴのトマトはすごく美味しいし、海沿いと高原地域で時期をずらして作れるから1年中収穫できるんだ!生で食べてもジュースにして飲んでも美味しい!どうだ参ったか!」
赤いコスチュームのケイイチはリングの上で、トマトを手に掲げながらそう叫んだ。
対するユージは緑に黄と紫のカラーが入ったコスチュームでナスを手に掲げて叫ぶ。
「何を言う!ヒゴと言えばナスだろう!ヒゴのナスは大きいし甘味があってアクも少ない!煮ても焼いても揚げてもウマいんだ!漬物にもできるぞ!俺の勝ちだ!」
「トマトだって浅漬けにすると美味しいのを知らんな?それなら俺とお前で勝負だ!」
「おう!勝った方の推す野菜の方が美味しいってことだな!いくぞ!」
二人がトマトとナスをコーナーの籠に大事そうに置くと、ゴングが鳴った。
ケイイチとユージは同時にドロップキックを出し合い、さらに組み合い始めた。
「…おい、あいつらはいったいリングの上で何をやってるんだ?」
リュウは困惑し、トウドウに尋ねた。トウドウは真面目な顔で答えた。
「あれはな、道の駅との協賛で、子どもたちに地元の野菜の美味しさをアピールするための趣向なんだ。しばらくの間見てろ」
技の応酬が続いた後、逆エビ固めを決めたユージはケイイチに、
「どうだ!やっぱり美味しいナスを食ってる俺の方が強いだろう!」
と言うが、ケイイチは腕の力だけで必死にロープまで這い寄り、ブレークにこぎつけると共に客席に向かってアピールをした。
「冗談じゃない!トマトはケチャップにもできるから、オムライスやスパゲティに使って子どもたちもいっぱい食べてる!そうだよなみんな!ケチャップ好きな人ー!」
ケイイチの呼びかけに子供たちや一部の大人も「はーい!」と元気に答えると
「どうだ!トマトのファンの方が多いだろう!俺の勝ちだ!」
とガッツポーズをするが、ユージも負けていない。
「おい、トマトソースのスパゲティにはナスを入れて炒めると美味しいだろう!」
「ああっ!…そういえばその通りだ!たしかにナスを入れるとさらに美味しい!」
うろたえるケイイチに、ユージは籠からピーマンやカボチャも取り出してアピールをする。
「カレーにも素揚げしたナスとカボチャ、それにピーマンもトッピングすると美味いだろうが!オムライスにもピーマンはかかせないぞ!どうだ!」
「ひ、ひきょうだぞ!こっちはトマトだけで勝負してるのに、そんなにいろんな野菜を出して来るなんて!」
子どもたちの笑い声が上がる中、ふたたび向き合ってエルボーやチョップ、キックをやり合ってからロープに飛びあってラリアットを出し合う二人。一瞬の差でケイイチの腕が先に当たり、ユージがフォールされかかるがカウント2ではね返し、コーナーまでさがって今度は籠の中からレンコンを出してきた。
それを見たケイイチは、
「あっ、お前、今度はレンコンまで出して来たか!たしかにヒゴと言えば辛子レンコンだ。だがな、子供たちには辛すぎるんじゃないのか?!」
とからかうが、ユージはこう言い返した。
「お前は知らないのか?レンコンは薄く切って油で揚げて塩を振りかけると、ポテトチップスみたいになって美味しいんだぞ!」
「なに?レンコンチップスだって…?それは美味そうじゃないか!」
ケイイチの手のひら返しに子供たちが笑う。
「他にもあるぞ。レンコンを小さく小さく四角になるように切って、すりおろしたレンコンと混ぜ合わせてみろ!」
「なに?ちっちゃなサイコロを作るみたいにレンコンを切って、すりおろしたレンコンと混ぜるのか?」
「そうだ!それにコンソメの粉と片栗粉も入れて混ぜ混ぜして、油を多めに入れたフライパンで揚げ焼きにすると、ハッシュドポテトみたいになるんだ!美味しいんだぞ!」
「ああっ!それはすごく美味しそうだ!…けど、俺には難しくて作れない!おかあさんかおとうさんに頼んで作ってもらうぞ!」
「なにい!?大人のくせに何を甘えてるんだ!」
子供たちの笑い声の中、二人はまたも組み合って今度はスープレックスにバックドロップ、垂直落下式ブレーンバスターなどの大技を掛け合うが、共に3カウントには至らない。
「こうなったら、トマトを食べてパワーアップだ!」
「俺もピーマンを食べてパワーアップするぞ!」
ケイイチもユージも籠を抱えてリング下へ降り、それぞれ推しの野菜を生で食べ始めた。
リング上ではジンマのカウントが進むが、食べるのに夢中の二人は気にせず、芝生席のお客にも推し野菜を薦めて「ピーマン嫌いな子には肉詰めにすると美味しいよ!」などと言い、別に用意してあった袋詰めの野菜を配り歩いたりしている。
20カウントが近づき、「いかん!」と二人はあわててリングに戻ろうとするが、そこでお約束のタイツを引っ張りあいリングに戻るのを妨害する「尻出しサービス」をして会場を盛り上げているうちに、二人ともリングアウトで引き分けとなった。
リュウは見たくもない男の尻を見せられて、ちょっと悪酔いしたような気分になっていた。
「これもプロレスなのか…いろんな意味で俺には難しすぎるぜ」
首を振るリュウに、トウドウが声を掛けた。
「よく理解できんかもしれんが、ほら見ろ、子どもたちは面白がって二人のグッズを買いに来てる」
たしかに店番に来たケイイチとユージの前には行列が出来ていて、親も子どもと一緒に笑顔で「トマトのおにいちゃーん」「ぼくもナス好き!」「面白かったです!」など声を掛けながらグッズにサインを求めていた。
この地元野菜コラボ試合は定番なのか、野菜と二人のキャラクターを絡ませたデザインのキーホルダーなども用意されており、値段も手頃なこともあって子どもによく売れていた。
(これがジンマの言ってた“つい笑ってしまうような、わかりやすい面白さ”ってことなのか)
「コントみたいな掛け合いが目立つが、迫力ある技の応酬もあったし、大人にも見ごたえある試合だったろ」
「たしかに、お客さんの気持ちを楽しく盛り上げてたな」
「前座とはいえケイイチもユージもプロだからな。さあ、シンヤの試合が始まるから、俺たちは控室のテントに戻って着替えだ、行くぞ」
トウドウに促されたリュウはため息をついた。
(屋台の食べ物を食おうと思ってたのに、ケツ見せられたせいで食欲なくなっちまった…)
「あ、虎之助じゃねえか!」
青コーナー選手用控室になっているテントに入ると、さわやかな笑顔の虎之助が椅子に座って待っていた。
「リュウ!今日はデビュー戦おめでとう!」
「もう歩けるのか?」
「杖をつきながらだけど、駐車場からここまで来れたよ。今日はお客さんに欠場のお詫びと、リュウを紹介するために来たんだ」
そこへジンマも入って来た。
「あれ?ジンマ、シンヤの試合レフェリーやらなくていいのか?」
「うん!シンヤとOB先輩の試合は、別の先輩が裁いてくれるんだ。この後のリュウさんの試合にはまたリングアナとレフェリーをしに戻るよ。虎之助お待たせ!大丈夫?お客さんへの挨拶はやれそう?」
「何とかね。ただ、リングに上がる時ロープくぐるのはひざがきついから、3段ロープの下からいったん寝転がって入った方がいいと思う」
「OK!じゃあ、この後の流れを説明するね。リュウさんは着替えながら聞いてくれたらいいから」
シュウが気を利かせてリュウの用品一式を持って来てくれた。黒のショートタイツはあらかじめトレパンの下に着ているので、シューズやレガース、サポーターに手袋をシュウに手伝ってもらいながら着け始めた。
ジンマからの説明については(シュウが聞いてくれてるから大丈夫だ)と、リュウはまたも丸投げで聞き流していた。
仕上げに陣羽織をイメージした入場コスチュームに腕を通し、出来上がった。
「おっ!リュウのは黒地に青ラインの陣羽織か!銀の竜柄刺繡もいいな!カッコいいじゃないか!」
「虎之助が白地に赤ライン、金の虎柄刺繍だからね。白虎に対して青龍のイメージで作ってもらったんだ。リュウさんよく似合ってるよ!」
虎之助とジンマが説明を中断して入場コスチュームを褒めてくれるが、リュウはこういう衣装を着たことがないのでなんだか恥ずかしく、二人の賛辞もやっぱり聞き流していた。
シンヤとOBの試合が終わりグッズ販売タイムも一段落した後に、まずジンマは虎之助をリング上に呼び出し、お客に欠場のお詫びをさせた。
「僕の試合を楽しみにして下さっていた皆さん、本当に申し訳ありません!今リハビリと闘っているので、リング上の闘いに戻るまでもう少し待っていて下さい。きっと前よりも強い虎之助をお見せします!」
虎拳プロレスのメイン選手とあって、欠場とは知りながらも一目会えたらと期待して観に来てくれていたファンも多く、また虎之助を知らない一般客もそのさわやかな好青年ぶりに魅了され、大きな拍手や「早く治してがんばれよー」「待ってるぞ!」といった声援が多く飛び交った。
ジンマはマイクを持った虎之助をリングに残したまま、呼び出しアナウンスを始めた。
「本日のメインイベント、30分一本勝負を行います!赤コーナー、さすらいの狂える虎!何をしでかすか分からない、最凶の暴君!藤堂高虎選手の入場です!」
コールと共に音楽が鳴り響いた。トウドウの入場テーマ曲は大昔の怪獣映画で使われていたという重厚な民族音楽で、単なる悪役ではないトウドウの強さと怖ろしさを感じさせるものだった。
ひと足ひと足を踏みしめるように花道を歩いて来て、リングに居る虎之助を睨み据えた。
リングに入ったトウドウは「185㎝、90㎏、トウドウ──・タカ─トラ──!!」とコールしたばかりのジンマのマイクを奪い「おい!虎之助!」と杖にすがって立っている虎之助に迫った。
「そんな情けない恰好で何しに来た!俺にひざを壊されて歩けないくせに、わざわざ恨み言でも言いに来たのか?!何ならこの場でもう一度お前を叩きのめして病院に戻してやろうか!」
悪役らしく虎之助と観客を挑発するトウドウに、虎之助は冷静に答えた。
「見ての通り、僕はまだ試合には出られないが、今日は僕の代わりに凄い男がサツマから来てくれた!お前もすでに知っているはずだ」
「サツマの凄い男だと?!あの小さな男のことか?」
「そうだ!その凄い男の評判を聞いて、お前は卑怯にも試合前に襲撃しに行ったんだろう。不意打ちを仕掛けたにもかかわらず、お前の方が負けたそうじゃないか」
観客の間では「このプロモのやつだよな」「ドラレコの映像、マジで襲いに行ってたのか」と、モバイル機器で試合のプロモーション動画を改めて見て話題にしている人が目立った。すでに昨日までの段階で再生回数はかなりの数になっていた。
「冗談じゃねえ!あれは邪魔が入ったから勝負がお預けになっただけだ!見てろ、今からあの小さい男をお前と同じように病院送りにしてやるからな!」
「いや、そう簡単にはいかないぞ。小柄でもあの男はめっぽう強い!さぁ、その男を呼ぶぞ!」
虎之助は観客席に向かって叫んだ。
「皆さんも彼の入場する姿を決して見逃さないでください!伝説の始まりですよ!」
虎之助からマイクを受け取ったジンマが「青コーナー!」と声を張り上げた。
「サツマからやって来た、闘う神の使者!空を翔けるドラゴンが今、ヒゴ玉名の地に舞い降りる!飛成リュウ選手の入場です!!」
控室テントの出口でシュウが「今や、リュウ!」と背中を押した。
カワカミから贈られた入場曲が鳴り響くなか、やや駆け足で花道を行くリュウはリングに近づくといきなりジャンプをして、青コーナーのトップロープの上にふわりと降り立った!
伝説の初代タイガー・マスクでさえ、トップロープに両手を掛け、その反動を使いトップロープに跳び乗っていたというのに!
「おおお────っつ!?」
信じられないものを見たように観客がどよめいた。
また、あらかじめこの流れを知っていたはずの虎之助とトウドウまでが思わず「おお!」と驚愕した。
トップロープ上に何の乱れもなく立っているリュウの姿に感動しながら、ジンマは全身を震わせて腹の底から声を出しコールをした。
「171㎝、83㎏、ヒナリ───・リュ───ウ────!!!」
ジンマの渾身のコール、そして「ダイナマイトに火をつけろ!」の歌詞シャウトに合わせてリュウは右手の拳を突き上げた。
「わぁぁぁ─────!!!」
観客はどっと盛り上がり、芝生から立ち上がってリング近くまで駆け寄って来る人も大勢いた。あわててユージたちがリングサイドのフェンスを倒れないように抑えに行く。
(夢じゃない…リュウさんが虎拳のリングに立ってくれてる…しかもトップロープの上に!)
ジンマは涙で潤む目でリュウの姿を見つめていた。
(リュウさん、俺の説明聞いてなかったね…トップロープに立ったら、右手の人差し指を立てて突き上げてって言ったのに…それじゃ初代タイガー・マスクじゃなくイノキの『ダァ──ッ!』になっちゃってるよ…でも、そんなことはもうどうでもいい!)
涙を腕で拭って、目を見開いたジンマは心の中で叫んでいた。
(プロレスラーのリュウ!!最っ高に…カッコいいよぉ─────っつ!!!)
(第四十五話へ続く)
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