第二試合はサナダと、同じヒゴのプロレス団体である「肥後もっこす」所属レスラー・ミヤベとの対戦だった。
ゴングが鳴ると手四つからの力比べで始まり、ミヤベが力を込めてサナダをブリッジの体勢まで抑え込む。
しかしサナダは“ふっ”と力を抜いてミヤベのバランスを崩し、倒れ込んだミヤベの腕を取って腕がらみに持ち込んだ。
しかしミヤベも瞬時に腕を伸ばして振りほどき、距離を取った。お互いに四つん這いのまま睨み合うが、レフェリーのユキナガに立つよう促され再び相対した。
「ミヤベとサナダ先輩はな、因縁の仲なんだ」
シンヤによるとサナダとミヤベは同じ託麻大学の同期だという。
プロレス研究会所属のサナダに対し、ミヤベはレスリング部に所属し全国大会で何度も優勝するような実力者であった。
レスリング部はプロレス研究会のことを「遊びでやっている」と軽蔑し、プロレス研究会は「プロレスを馬鹿にするな」と事あるごとに対立していた。
特にサナダとミヤベは同じゼミだった事もあって、飲み会などでは酔っ払って喧嘩することも多かった。
「その喧嘩ではどっちが勝ったんだ。やっぱり師範か?」
リュウが聞くとシンヤは
「サナダ先輩が全敗だった」
と意外なことを言った。
「へえ。じゃあミヤベってのはかなり強いんだな」
「と、思うだろ。サナダ先輩の敗因は酒だ。飲みすぎて酔いがまわってるところを狙ってミヤベが喧嘩をふっかけるから、サナダ先輩は思うように動けず毎回やられっ放しになるってパターンだ」
“えらい目にあったか。まぁ若いうちはバカやって痛い思いすんのも勉強だ”
(師範、あれは自分の酒の失敗のことも含んで言ってたのか。しかし毎回やられっ放しって…意外と学習能力ねえんだな)
思わず笑ってしまったリュウだったが、続けてシンヤに問うた。
「でもミヤベってヤツは、なんで馬鹿にしてたプロレスを今、自分もやってるんだ?」
「そこがまた面白いところだ。レスラーを募集してた肥後もっこすがミヤベの強さを聞いてスカウトしに行ったんだが、いつもの体でプロレスを馬鹿にして断った。するとスカウトに来てた肥後もっこすの看板レスラーが怒って、その場でミヤベをシバキ倒しちまったんだ」
「へえ。やるなそいつ」
「負けを素直に認めたミヤベは肥後もっこすに入団した。軍門に下ったってわけだ。プロレスの世界に入ると意外やその面白さにすっかりハマっちまって、今やサナダ先輩より人気のあるレスラーになってるのさ」
そこまで話した時に、ミヤベがサナダの腹に激しく前蹴りを打ち込んだ。
リュウもシンヤも2階ホールの窓からリングの二人に見入った。
サナダは「ぐぅっ」と呻き声を上げ身体をくの字に曲げたが、すぐさま体勢を立て直し平気な顔でミヤベを見た。
怒りを込めて2発、3発とミヤベは蹴りを打ち続けるが、サナダはその度一瞬顔をゆがめて前かがみになるものの、すぐさま顔を上げて睨み返す。
業を煮やしたミヤベがさらに蹴り足を振り上げると、待ってましたとばかりにサナダがその足を両手で捉え、ミヤベを仰向けに倒した。
(師範のアキレス腱固めか!)
しかし、ミヤベも倒れながらサナダの足を腕で払ってバランスを崩し、アキレス腱固めを極める前にうまく逃げた。それを追ってサナダがミヤベをコーナーに追い詰めると、お返しとばかりにミヤベに蹴りを打ち込んだ。
そのサナダの蹴りにリュウは目を見張った。
(あの蹴り方…俺の蹴りじゃねえか!)
スピードこそリュウの比ではないが、ミドルの高さからの角度を付けた打ち下ろすような蹴り。前蹴りは足を引き付けてから打ち込み、えぐるように効かせる。ミヤベの反応で手加減なしであるのがはっきりわかった。
「サナダ先輩!蹴りが変ってる…!」
「前と違う。リュウの蹴りになってるぞ!」
「先輩も俺たちみたいにリュウの闘い方をやりたいのか」
シンヤやケイイチ、ユージも驚いていた。
「ケイイチ先輩、ユージ先輩!コスチュームの準備をお願いします」
プロレス研究会の後輩スタッフが催促するが、二人ともサナダから目を離せなくなっていた。
一方的に攻撃を受けていたミヤベだったが、サナダの蹴りで崩れ落ちそうな体勢からすごい瞬発力でタックルを仕掛けて来た。
アマレスで鍛えたその技にサナダも太刀打ちできず、そのままバックを取られて一気にジャーマンスープレックスに持っていかれた。
(師範!)
思わずリュウが身を乗り出すが、サナダは弾みを付けてホールドをほどき、カウントは2で止まった。
ミヤベがヘッドロックに来るところを、今度はすかさずサナダがバックドロップに持ち込みマットに打ち付ける。ミヤベの首をつかんで引き起こそうとするサナダだが、その腕をミヤベが取って腕十字を固めて来た。
「おおっ」
シンヤたちがざわめくが、リュウの目にはサナダの捉えられた手の向きが内側を向いていることが分かっていた。
(大丈夫だ。極まらねえ)
さらにサナダがミヤベの片足をつかみ、自分の足を絡めてはずす。首にかかっている方の足もずらして自分の頭の下に抑え込んだ。
その状態でサナダはブリッジの要領で自分の頭を、下になっているミヤベの足のひざ横に体重をかけて押し付けた。
「うぅっ!」
その痛みにミヤベがうめいた時にすかさずサナダが身体を起こした。そしてまだ腕を放さないミヤベの頭目掛け、思いっきり頭突きを打ち込んだ!
“ゴッ!”
二階から観ているリュウたちの耳にも届くほどの音を立てて、サナダは頭突きを連発した。
「サナダ先輩は超石頭だからな」
「あれはたまらんぜ」
そう言いながらケイイチとユージは支度のためようやく下へ降りて行った。
頭突き地獄に耐え切れず、ミヤベがサナダの腕を放した。その腕を逆に取ろうとしたサナダに、ミヤベが顔面パンチを打ち込んで来た。
あわててユキナガが反則の注意をするが、構わずサナダの顔を殴り続け、ユキナガが反則カウントを4まで取った時にサナダの腕を取ってロープに振った。
ラリアットの構えで駆け出したミヤベの腕を、サナダは身をかがめながら伸ばした腕で瞬時に絡め捕り、絶妙のタイミングでわき固めを極めた!
「わあああ──!!!」
場内が沸き、その妙技に拍手も起った。
悶絶しながらもミヤベは必死でロープに這いずり寄ろうとするが、サナダがさらに体重をかけてきたので動けない。
ついにミヤベがギブアップし、サナダが勝った。
「8分56秒!わき固め!勝者、サナーダー・アキーラー!!」
「サナダァ──!!」
男性ファンからの野太い声が多く飛び交い、大きな拍手が沸き起こった。負けたミヤベには一瞥もくれずにサナダはリングを降りていった。
(なるほどな。相手が技を仕掛けて来た時を狙って切り返すとお客さんが盛り上がるんだな)
リュウはプロレスの“魅せ方”を頭で復習しながら、ミヤベの肘を手のひらと指を上手く使って固定していたサナダの技術も、自分の腕を動かして確認していた。
「シンヤ、ちょっと腕貸してくれるか」
シンヤに声を掛け、隣をろくに見ずにその腕を取った、つもりだったが。
「ん?!」
つかんだ腕はシンヤのぶっとい腕とは程遠い、しなかやな筋肉を持った女の腕だった。
(なんだこりゃ?)
あわててその腕につながる本体を見ると、もっとも見たくない顔が目に入った。
父親とそっくりな、リュウの顔である。
(うわ!?…いや、これは…Tシャツだ。俺の顔が印刷されたグッズTシャツだ)
ほっ、と息を吐いてもう少し上の方を見ると、眼力の強い女の顔があった。
「あ!あんたはさっきの試合で弱い子と闘ってた…」
「そう!ナツキだよ。嬉しいな!覚えててくれたなんて」
「え?いや、覚えてたってわけじゃ…」
リュウの言葉に構うことなくナツキはにっこり笑って、自分の右腕をつかんでいるリュウの腕に左腕も絡ませてきた。
腕を組むような形になりリュウは戸惑ったが、ナツキは嬉しそうに言った。
「あんたがリュウだね!いやぁ近くで見るとさらに男前じゃん!ますます惚れちゃうね!」
「は?いや、あんた何で俺の顔が入ったTシャツなんか着てるんだ?」
「あたしね、あんたの試合をインターネットで観てさ、もうぞっこんになっちゃって♪即うちの社長に虎拳との興行組んでくれって言ったの。そしたらちょうどあんりと闘って欲しいってエンジェルから頼まれてたからさぁ、それを無理やり虎拳の自主興行に絡ませるってことにしてくれて。それで今日こうして同じリングに上がれたってわけ!嬉しくってさぁ~!このTシャツも売店ですぐ買っちゃったの!」
上機嫌で話すナツキの言ってることの意味がリュウにはよくわからなかったが、とにかく腕を放してもらおうと一応聞く振りだけはしていた。
「あ、ああ。そうなんだな。おい、ちょっと…腕を放してくれねえか」
「え?だってリュウから私の腕をつかんできたんじゃん」
「それはシンヤだと思って…!いや、とにかく俺が間違えてつかんだのが悪い。すまねえ!だから放して…」
「あ!ほら次の試合が始まるよ!あのケイイチとユージってのが虎拳の選手だね!一緒に応援しよう!」
「な、なんで?」
まったく腕を放す気がないナツキに困り果てたリュウは、シュウに助けを求めようと見回した。
しかし、ナツキと共に2階に上がって来たらしいあんりの周りにシュウをはじめ全員が集まっていて、こちらにはまったく見向きもされなかった。
リュウは半ばあきらめて、とにかくケイイチとユージの試合を観ることにした。
対戦相手である肥後もっこす所属のテッペイとハルカタは「荒くれコンビ」と呼ばれるほどラフファイトが売りである。
さっきまでここで試合を観ていた時は素顔だったが、今は歌舞伎の隈取のような顔面ペイントを施して悪役ムードを漂わせている。
ゴングが鳴ると同時に先発のテッペイがケイイチにいきなりラリアットを喰らわせると、控えのはずのハルカタもコーナーのエプロンに居るユージに突進しラリアットを喰らわせ、下に落下させた。
そのままユージはハルカタに場外に連れ込まれ、それに気を取られるレフェリー・ユキナガの隙をついてリング上では、ケイイチが顔面へのパンチや首を絞めるなどの反則攻撃をテッペイから受け続けていた。
(ユキナガさんだけじゃ手に負えないな。ジンマもリングに上がって二人で裁いた方がいいんじゃねえか)
リュウは荒くれコンビの暴走にあきれていたが、当初はこのタッグ戦はラフファイトにお笑いプロレスを織り交ぜて対抗する展開の予定であった。
しかし急遽虎拳からの申し入れによって、ストロングスタイルとヒールの拮抗した闘いになったため、今後のストーリーも含めて荒くれコンビはとことん悪を極める方針にしたのである。
そんな徹底した反則攻撃に怒ったケイイチが、ついにリュウ直伝の掌底を繰り出して形勢を逆転した。
「ねえ、あっちの背の低い方の選手ってさ、顔見えなくても全身で怒りを表現できてるね。いいレスラーだね!」
「え?」
ナツキの感想にリュウはケイイチのファイトスタイルを改めて見てみた。
たしかにこちらに背を向けていても、手足の先まで怒りを湛えてテッペイに対峙しているのが伝わって来た。最近伸ばし出した髪の毛さえも猛獣のたてがみを感じさせるようだ。
「もうひとりの方はクールに見えるけど、やられてる時の雰囲気がじっと耐えて機会を伺ってるような不気味さも感じさせるね。目が離せないよ」
そうナツキが言ったまさにその瞬間、ユージはこれもリュウ直伝の浴びせ蹴りをハルカタに喰らわした!
場外だったのでジンマたちの座る本部席に二人がなだれこみ、虎之助が盾になって守る間に、ジンマはマイクとゴングを抱えて避難していた。
(このナツキって女子レスラー、なかなか見る眼が鋭いな)
まだ放してもらえない腕を気にしながらも、不思議とリュウは嫌な気はしなかった。
(俺の試合も観たって言ってたな。どんな風に見えたんだろう…デビュー戦だったからいろいろ下手くそなとこもあったし、つまらなかったかもな)
そう思った瞬間、ナツキがリングを見下ろすのを止めてリュウの顔を見て言った。
「ねえ、リュウのデビュー戦、自分ではどう思った?」
いきなりの言葉に、自分の心の声を聞かれたのかと思ってリュウは驚いた。
「なっ…なんでそんなことを聞く?」
その問い返しには答えず、ナツキはじっとリュウの眼を覗きこむようにしてなお問いかけた。
「リュウはさぁ、プロレスやってて楽しい?」
(第六十二話へ続く)
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