竜浪道 ~リュウロード~

めっぽう強いが小さな男リュウの格闘旅物語
日向 真詞
日向 真詞

第六話 神罰をまかりこうむるべき者

公開日時: 2021年12月17日(金) 20:00
更新日時: 2021年12月29日(水) 14:23
文字数:4,558



「あ~寒かった!凍死するかと思ったぜ」


 手拭いで頭を拭きながらリュウはぼやいた。


 神社に連れて来られるなり“潔斎の儀式”ということで裏にある滝に連れて行かれ、凍るような冷たさの滝水に打たれたのだ。

 闘技戦参加者は神社にやって来た時にまず1回30分、それ以降は朝晩にそれぞれ1回滝行をするのだが、リュウは遅れて参加したため3回分の1時間半にわたって、真夜中に冷たい滝の水に打たれ続ける羽目になったのだった。

 幸い神社の敷地内にも温泉があるので、凍てついた身体を温めてやっと人心地がついた。


「温まられましたか。では、こちらへどうぞ」


 世話係のオオヒトという、少女に見紛みまごうような少年が、リュウに割り当てられた宿舎へ案内するという。真っ暗な神社の境内を少年が持つ手燭てしょくの灯りを頼りに進んで行った。


「明日の朝、いえ、もう今日ですが、朝5時にもまた滝行がありますから、遅れないように起きて下さいね」


「朝5時?今2時半だから5時って、あと2時間半しか寝ちゃ駄目なのか?朝に滝行やらなきゃいかんって言っても、5時じゃなく8時とか9時でもいいんじゃねえか?俺は今朝も、いや昨日の朝か。おネエばあちゃんに叩き起こされて寝不足なんだよ」


「おネエばあちゃんとは何ですか!ネネ様、またはおネさあと呼びなさい」


 リュウは少年に叱られたことよりも(おネエばあちゃんで、ちゃんと通じるんだ!)ということに驚いていた。


「私も貴方が深夜に来られたために寝不足ですが?」


「あっ!…それはすまねえ」


 あわててリュウは頭を下げた。


「8時や9時といった時間帯は、すでに他の闘技参加者が滝行をされることに決まっています。貴方は遅れて来たので、空いている早い時間しか選ぶことができません」


「じゃあ一緒の時間に、みんなで仲良く滝に打たれりゃいいじゃねえか」


「闘技戦参加者は試合までお互いに顔を合わせることは許されません。完全に別行動です」


(そうなのか。厳しいおきてなんだな)


「では試合の日まで、ここで心静かにお過ごし下さい」


 少年が立ち止まって示したのは、神社境内の森の中にあるお堂だった。


「え?ここ?」


 観音扉を開くと中は真っ暗で、少年が持っていた手燭の火を置かれていた有明行灯ありあけあんどんに移すと、ぼんやりと様子が見えた。


 六畳の畳が敷かれてあり、一組の布団と火鉢に鉄瓶、茶器なども用意されている。天井はかなり高く作られていて、奥の方にはかわやらしき仕切られた部分もあった。


「朝5時前には鈴の音が鳴り響きますから、ちゃんと起きて下さいね。ではお休みなさい」


「ああ、ありが…」


 リュウの返事を待たずにお堂の扉がバタンと締められ、外でゴトンと大きな物をはめ落とすような音が響いた。


「え?…なに?何の音???」


 あせって扉を開けようとするが、びくともしない。かんぬきをかけられたようだ。


「おい!サツマじゃ鍵はかけないのが常識じゃなかったのか?しかも内からじゃなくて、なんで外から鍵かけてんだよ!」


 あわてて室内を見渡すが、扉の下にわずかな隙間と高い天井の中央に小さな換気窓があるだけで、どこにも外へ出られそうなところはない。


「ちょっと!なんで閉じ込めてんだ、座敷牢かよ!?こら──っ!!






 不可解かつ理不尽な状況に、リュウはそのまま一睡もできずに朝を迎えた。

 夜明け前の闇の中に鈴の音が鳴り響き、閂がはずされ扉が開かれた。


「おはようございます。心静かにお過ごし下さいと申し上げましたが、かなり荒ぶっておられた様ですね」


 澄まし顔で挨拶する少年をにらみつけながらリュウは言った。


「なんで閉じ込めたりする必要があるんだよ。ヤゴロウどんの生贄として食われるんじゃねえかと思ったぜ」


「試合までは斎戒さいかい(潔斎の期間)ですからね。夜はこうでもしないと抜け出して酒を飲みに行ったり、女性を襲いに行くやからもいたんです。闘技戦を前に気持ちがたかぶるのを紛らわせたくなるんでしょうが、ひどいのになると私の寝間に夜這よばいしに来る者もいましたよ」


「よっ…?夜這い?!しかも少年のお前にか?!とんでもねえことをする奴がいるんだな」


「闘技戦に出る人が精神まで鍛え抜かれている強い人ばかりとは限りませんからね。闘技参加者の宿舎をそれぞれ離れのお堂に振り分けて試合まで完全別行動させるのは、試合前に接触して対戦相手を痛めつけておこうとするのを防ぐためでもあります。誰と誰が闘うのかも、当日しかわかりません」


(そういう事情だったのか)


「もちろんそういう卑劣で不届きなことをする人には凄まじい神罰が下るので、試合に出られる身体ではなくなります。でも出場者が減ると試合数が減ってしまうので、こういう対策をしているわけです。貴方も重々お慎み下さいね」


「俺?冗談じゃねえよ!酒は勧められりゃ飲む程度だし、女も男もいらねえよ」


「お堂の中では大声で叫ぶのもお慎み下さい。でないと神様に代わってネネ様が神罰を下されますからね」


(げっ。…やっぱり不気味な力持ってるんだ、おネエばあちゃん)


 リュウはどこからか老婆が見つめているのではないかと思った。ぞっとしたが、それを振り切るように勢いよく滝の中へ飛び込んで行った。






「…てとこで、試合に関する説明は終わりだ。あとは…ん?おい、リュウさん!」


「……んあ?」


「寝てたのか?俺の説明、全然聞いてなかったんじゃないか?」


「いや、聞いてたよ。要は『卑怯なことはするな』ってことだろ?ふあぁぁぁ、あ──眠い!」


 

 闘技戦の当番委員長としてヤッさんは忙しい中、リュウのために説明や手続きにやって来たのだが、寝不足のリュウはほとんど白目をむいて眠っていた。

 ヤッさんは苦笑しながら、しょうがないなあ、と言った。

 昨日からリュウに振り回されすぎて、もう笑うしかないと思っているのかもしれない。


「で、試合着だが、3種類の中から選んでくれ。その1、相撲取りのまわし。その2、祭りの定番の締め込み、要は六尺ふんどしだ。その3、空手や柔道なんかの道着の下衣したぎ上衣うわぎはなしだ。どれがいい?」


「道着一択だな!」


「ああ、たしか空手が得意なんだよな。だからか?」


「まあな」


(違う。他のふたつはケツが丸見えになるじゃねえか)


「じゃあ金的防具ファールカップはどうする?付けるなら俺が寸法測ってやろうか?」


「いらねえ!」


「じゃあ自己申告で特大のやつにしとくか?」


 からかうヤッさんに(もう一回4の字掛けるぞ)と思いながらリュウは言った。


「金的も口も防具はいらねえよ!うっとおしいからな。身軽が一番だ」


「じゃあこれで確認事項も終わり…おっと!大事なこと忘れてた。あんたの故郷はどこなんだ?」


「え、故郷…?それ、いるのかよ」


 リュウは動揺した顔で聞き返した。


「試合の時には呼び上げがあるからな。東西に分かれて選手が出てくる。『ひーがぁーしー サツマのーヤ~ッさぁ~ん』って感じだ。きばい屋のおやじさんの話じゃ船に乗って来たんだって?もしかしてどこかの島か?」


「いや、島じゃあねえけど…事情があって引っ越しが多くてな。どこが故郷って決めるのは難しいなぁ~」


「じゃあ産まれたのはどこなんだ?」


「それもわからねえんだよ。母親がたったひとりで産んだらしいけど…早くに死んじまってるし、苗字もころころ変わったし」


 そこまで聞いて、いきなりヤッさんは「わかった!もう言わなくていい」と、目に涙を浮かべてリュウを止めた。


「つらいことを聞いてしまってすまん!そうだよな。親の事情であちこち連れて行かれたり預けられたりしてたら、どこが故郷って決められんよな。しかもおふくろさんは早くに亡くなって…苦労したなぁ、リュウさんよ」


 はなをすすり上げながら泣くヤッさんを、呆気にとられてリュウは見た。

 お人好しのヤッさんはリュウのことを可哀そうな孤児であると思い込んだらしい。


「よし、じゃあシンカイの代理なんだから、呼び上げは『シンカイの代理~リュウ~!』で行こう!」


「えっ!そ、それでいいのか?!」


 いくら大らかなサツマでも、むちゃくちゃ適当じゃないかとリュウは思ったが、


てげてげてきとうなのがサツマのいいところなんだよ」


とヤッさんが涙を拭いて笑うので、任せることにした。


「そんな適当でいいなら、嘘ついて強そうな藩の名前でも言っときゃよかったな」


「おっと!リュウさん、そいつは駄目だ。昨日神社に着いた時にまず起請文きしょうもんを書いただろ」


「起請文?あぁ、なんか見本見せられてこの通りに読み上げながら書けって言われたっけ。内容はよくわからなかったが、言われたままを真似して言って書いた。あれの事か?」


「そうだ。神罰冥罰各可罷蒙者也しんばつみょうばつまかりこうむるべきものなりって文言もんごんのな。あれは神様への約束で、主に試合に関する掟を守ることを誓ってるんだが、その中に『嘘を言わないこと』もある。嘘をついたら凄まじい神罰が下るんだぞ」


「凄まじい神罰!」


 思わず叫んだリュウの脳裏には、老婆巫女の『ひっひっひ』と笑う凄まじい顔が浮かんでいた。


(どこから来たのかを言ってないだけだ。おふくろが早くに死んだのも、しょっちゅう住むくにが変わったのもみんな本当だ。嘘はついてねえぞ。大丈夫だ!)


 冷や汗をかいているリュウには気づかず、ヤッさんは書類を揃えて言った。


「じゃあ道着はまた届けさせるからな。お古じゃなくて新品を何度も水洗いしてやわらかくしてるやつだ。股ずれはしないだろうから安心しろ」


 どこまでもしもの話でからかいたいヤッさんであった。そこへ少年がリュウの昼食を運んで来た。


「おや!オオヒトさんがリュウさんの世話係なのか?」


「はい、委員長。祭りに関しましていろいろとお骨折り頂き、ありがとうございます。よろしければ委員長の分もお持ちしましょうか?」


「いやいや、この後も仕事があるんで、もう行くよ。気遣ってくれてありがとうな」


「ヤッさん!昼飯はおやじさんとこへ食いに行くのか?俺がいなくなって忙しそうにしてるんじゃねえかな」


 心配するリュウにヤッさんは、


「きばい屋のおやじさんとこの前は通って来たけど休みだったよ。祭りの神社関係者と闘技参加者用弁当は、おやじさんの店が毎年一手に引き受けてるからな。たぶんその仕込みのためだろ」


 と答えた。そして「そういえば…」とちょっと顔を曇らせてから


「いや、何でもない。じゃあリュウさん、気張れよ!」


 とだけ言って、少年と共にリュウの宿舎を後にした。




 しばらく歩いてから、ヤッさんは少年から言葉をかけられた。


「何か気がかりなことがおありでしたか?」


「うん…。実は今日、人づてに聞いたんだが、シンカイがリュウさんのことをえらく逆恨みしてて、この闘技戦に代理で推薦したのも実は仕返しを企んでのことらしいと。単に体格で不利なリュウさんを出場させて困らせたいだけなのか、それともシンカイと他の闘技参加者に裏のつながりがあって、試合の中で何か仕掛けてくるつもりなのかはわからんが、ちょっと心配でな」


(きばい屋のおやじさんに対しても恨んでるって聞いたしな…)


 後の言葉は口には出さなかったが、少年はヤッさんの目をじっと見て、うなずいてからこう言った。


「そうでしたか。では、私も心しておきます。何かあればお知らせしますので」


「ま、オオヒトさんが世話係なんだからリュウさんは大丈夫だ!しかしオオヒトさんを付けるとは、すごい特別待遇だな。もしかして“あの方”のご指示なのか?」


 少年は何も答えずに、微笑んでいた。





(第七話へ続く)


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