竜浪道 ~リュウロード~

めっぽう強いが小さな男リュウの格闘旅物語
日向 真詞
日向 真詞

第四十三話 ボクのともだち

公開日時: 2022年9月10日(土) 02:30
更新日時: 2022年9月11日(日) 09:46
文字数:5,457

 ヒゴの国・玉名の地は古代、「玉杵名邑」(タマキナムラ)と呼ばれていた。「玉杵名」は「魂来名」のことで「神霊が依り来る聖地」を意味する。

 闘神の依代であるシュウと共にやって来たリュウが、この地の祭りでデビュー戦を迎えるのも神の導きかもしれなかった。


 その玉名の祭りは「大俵祭り」と言う。

 初代藩主加藤清正公が清らかなヒゴの水を活かして米作りを推奨し、出来た米を出荷するために船着き場まで俵を運ぶ際、俵を転がすことで運搬の効率を上げた。

 そこで男たちが俵を転がす速さを競うようになり、それにちなんで横幅4メートル、高さ2.5メートル、重さ1トンにもなる大俵を皆で引き転がす祭りと化したのである。


 大俵転がしは毎年11月23日に開催されるが、その前日も玉名では各種イベントが開催され、祭りを盛り上げている。

 ジンマ率いる虎拳プロレスが任された祭りプロレスもそのひとつであった。




 当初は虎之助とトウドウがメインイベントで闘う予定であったが、虎之助の負傷のためリュウとトウドウが闘うことになった。

 その前のセミファイナルは、虎拳プロレスのいわば前身であるプロレス研究会のOBとシンヤによる試合。そして前座はユージとケイイチが「明るく楽しいプロレス」の試合をすることになっている。


 6名しか所属レスラーがいない虎拳プロレスでは、通常の大会開催時には他団体から選手を招聘して6試合を組んでいるが、今回はあくまでも虎拳プロレスを知らしめたいため、なおかつデビューするリュウに注目を集めたいので3試合のみで開催することとなった。


 試合数は少ないものの、今回は前座前にも新たな趣向を加えている。

 シュウがマスコットキャラとして子供たちを集めて一緒に遊んだり、運動をしたりして親子の興味を引く役割を担っているのだ。


 2メートルを超す巨体のシュウはそれだけで人目を引いたが、子ども向け番組の「体操のお兄さん」的なコスチュームに身を包み、持ち前の優しく穏やかな笑顔で子どもたちに接するので、特別なことをせずともあっという間に人だかりができ、子どもたちも大喜びでシュウがいるリングの上に集まって来た。


「じゃあみんな、今からガリバー旅行記ごっこをしますよ!この大きなシュウヘイおにいちゃんをマットの上に寝かせて押さえつけてみよう!」


 ジンマの呼びかけに、子供たちははしゃいでシュウの足にまとわりついてきた。


「わぁーい!」「よいしょ、よいしょ!」


 一生懸命倒そうとするが、もちろん倒れない。しかしシュウはにこにこしながら「みんなの力、強いなぁ~」と言って、徐々に足を曲げてゆっくりしゃがみ込み、さらにお尻をつけて足を伸ばした。

 子供たちは喜んでシュウのひざの上に乗って来て胸を押し、上半身を倒そうとしたり、両手を引っ張って倒そうとする子もいた。


 シュウは子供たちが危なくないように気を配りながら、ゆっくりゆっくりと上半身を自ら倒してマットの上に寝そべった。子供たちは狂喜してシュウの手足をかわいい手で押さえつけて、小人がガリバーを縛り付ける光景をまねしていた。


「おおー!みんなの力でガリバーを寝かせたね!じゃあ今度はみんなの力で引っ張って、大きなシュウヘイおにいちゃんを起こしてあげよう!」


 子供たちは我先にとシュウの手を引っ張り、上半身が起き上がってきたら背中に回って押したりして、シュウを起こしてあげた。


 その後はシュウが四つん這いになってトンネルになって子供たちをくぐらせたり、右腕と左腕にそれぞれ子どもをぶらさげてシーソー遊びをしたりと、巨体と力を活かして子供たちを楽しませていた。


 また、ひとりずつ抱っこをしてあげて、シュウと同じ高い目線での眺めを体感させてあげた。

 シュウがしっかりと両手で子どもの体をガードしながら立っているので、親たちも安心して記念撮影をするなど大喜びであった。


(ほんとにシュウは優しいなあ。いつかシュウに子供が生まれたら、あんな風に優しく相手をしてあげるんだろうな)

 そう感心しながらシュウの姿を見つめるリュウをはじめ、トウドウにユージとケイイチは子供たちがリングから落ちたりしないようにリングの四方で見張っていた。まだ試合前ということもあり、皆虎拳プロレスのロゴの入ったTシャツにトレパン姿で裏方に徹している。


 トウドウは約束通りリングの設営にも積極的に加わり、物販の準備もきちんと並べたりしていた。子供たちの安全管理もトウドウ自ら「リュウはリングの東側、ユージとケイイチは西と南を頼む」と指示を出していた。


(今まではサボってばかりだったと聞いてたが、しっかりやろうと思えばできるやつなんだな)

 

 シュウのイベントの間もトウドウはちゃんと前を見据えて、子どもたちを見守っているようだった。


 今回は野外の特設会場なので椅子は並べず全席自由、というより皆芝生の上に座っての観覧なのである。

 周囲には屋台も並んでいるから、試合開始までの間に屋台の食べ物で腹ごしらえをしている人もたくさんいた。

 その美味しそうな匂いが流れてくるので、昼食用弁当を2人前食べたはずのリュウだったが、いつものごとくよだれをこぼしそうになっていた。


 (シュウの出番が終わったら、俺も屋台へ食いに行こうっと)


 ひそかにそう考えていたリュウであったが、子供たちとのお遊びタイムのお開き時にジンマからマイクを渡されたシュウの言葉が、その食欲にSTOPをかけた。


「ちびっこのみなさん、一緒に遊んでくれてありがとう~!すごく楽しかったです!実はこの後、僕の仲良しの友達がプロレスの試合に初めて出るんです」


(え?俺のことか?!)


「僕の友達はむっちゃ強くてカッコいいし、オリンピックの体操選手みたいに飛んだり跳ねたりできるんで、絶対面白いですよ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなぜひ観て応援してあげて下さい!」


 シュウはここでリュウの方を見て、リングに上がってもらって紹介しようと思ったが、突然話を振られあわてたリュウはリングの下にもぐって隠れてしまった。

 シュウは思わず噴き出し笑いをし、リュウを引っ張り出すのをやめてこう言った。


「僕の友達、リュウは今日の最後の試合に出てきますから、応援よろしくお願いしますね!」


 リングを降りた後もシュウは芝生席を回って子供たちやその家族といっしょに記念撮影をし、その折にも「僕の友達の試合、ぜひ観て下さいね」「特撮ヒーローみたいに動くんでカッコいいんですよ」とリュウの宣伝に努めた。


 リングの下からこっそり出てきたリュウは屋台の方へ行きかけたが、トウドウに見つかった。


「おいリュウ、どこへ行くんだ。物販の仕事だぞ」


「え?ぶっぱん?」


「Tシャツとかタオルとか、選手のグッズ販売コーナーの店番だ。ちゃんと今朝も説明されただろ」


 そう言ってトウドウはリュウをつかまえて物販コーナーに連れてゆき、赤コーナー選手用と青コーナー選手用に分かれた2つの机の前にそれぞれ立った。


「すまねえ。説明は弁当が配られるのが何時頃かってことしか聞いてなかった」


 トウドウはあきれ顔をしたが、リュウをたしなめようとしても無駄だとあきらめた。


「とにかくケイイチとユージの試合の間は俺とお前が店番だ。それから後は試合を終えた選手が順番に店番をするんだ」


(じゃあ第一試合が終わるまで屋台はお預けか…)


「俺とお前は試合後にもう1回店番するから忘れるなよ」


「え?なんで2回も?みんな1回ずつ順番でやるんじゃねえのか?」


「ケイイチとユージはすぐ試合だし、その次のシンヤとOBも着替えてスタンバイしてる。今、手が空いてんのはメインに出る俺とお前しかいないだろ」


 トウドウはケイイチの写真グッズ──ポートレートをリュウに示しながら続けた。


「こういうグッズは選手がファンの人にサインしながら買ってもらうってのが一番売れるんた。だから試合を終えた選手はまずグッズコーナーに立ってお客に応えなきゃいかん」


「え、そうなのか!」


「その時ファンのひとから試合の感想言ってもらったり、プレゼントを渡してもらえることもある。そういう直接の交流を大事にしないとグッズ売り上げも上がらないし、チケットも買ってもらえない。試合報酬だけだとインディーズの選手はやっていけないんだ」


「トウドウ、お前わかったようにそう言うけどな、たしか“ぶっぱん”もしないしチケットも売らないってジンマに怒られたんじゃなかったっけ?」


「…今までは用事があったからできなかったんだ」


「今日は用事はないのか?だからリングの組み立てもちゃんと参加できたのか?」


 トウドウの答えよりも先に「あの、すみません」と声がした。


(おっと、お客さんか?)


 リュウはあわてて前を向くと、見覚えのある顔が4つ並んでいた。


「やっぱり!リュウさんですよね」


「あ!お前ら、山の…」


 猿軍団じゃねえか、と言いかけてさすがにこらえた。


「あの時はすみません!お世話になりました」


と4人そろって頭を下げた。


「さっきシュウさんにも挨拶とお礼を言って、リュウさんがこのコーナーに居るからって教えてもらったんです」


「あの時、地元の方たちとの縁を作ってもらって地域安全活動隊に参加したおかげで、僕たち今すごく幸せなんです」


「幸せ?山の番人になって幸せになったってのか?」


「はい。あれから後、車で拉致されて来た女の子を僕らと地元の方たちが助けたことが縁で…彼女が出来ました!」


はぁ?彼女が出来た、だと?


 あの時ナイフを持っていた男は、照れた顔で後方にいる女の子4人を手で示した。皆素朴で大人しそうで、ちょっと恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。


「ね、可愛いでしょう~!手前の子は無理やり車で拉致されて来て、危ういところをみんなで助けた子で…今僕の彼女なんです。他の3人は安全活動を一緒にしてる地元の方が紹介してくれた子で、みんなとってもいいなんですよ~」


「山の見回りをしたり、不良から女の子を守ったので『見どころがある若者だ』っておじいさんたちから認めてもらえて『こういう男と付き合え』と地元の女の子たちに紹介してもらっちゃって…めでたく全員まとまった、てわけです」


 リュウにミドルキックを喰らわされた男も照れた顔で言った。

 女の子たちもリュウにぺこりと頭を下げた。


(猿軍団にはもったいねえな)


「今日みんなでデートを兼ねてお祭りに来たら、シュウさんがリングの上で子どもたちと遊んでたんでびっくりしました。芝生席を回っておられるところに挨拶に行ったら、リュウさんが今日からプロレスラーになるって聞いてさらにびっくりです!」


 ローキックとあご蹴りを喰らった男も興奮して言った。


(俺も、猿軍団がそろって女連れてくるなんてびっくりだぜ)


「リュウさんはもう彼女出来たんですか?」


(うるせえ!)


 デレデレした顔で聞いて来た元・ナイフ男をリュウはにらみつけ、凄んだ声で囁いた。


「俺のことは放っとけって言っただろ。余計なこと言うと、お前らが拉致のおこぼれ目当てに山に来てたこと、通りがかった美人を集団で襲おうとしてたこと、あのらにバラすぞ」


「………?!」


 元・ナイフ男は青ざめて、うろたえながら言った。


あ、あの!今日の試合は祭りだから観覧無料って聞きましたけど、この次の試合はどこでいつやるんですか?安全活動隊のみんなで観に行きますから、チケット売って下さい!今すぐ売って下さい!!


(だからあの時のことは黙ってて下さい!)


 必死な顔で囁く元・ナイフ男にリュウは笑いそうになった。


「ええっと、いつどこでやるんだったかな…チケットのことも俺よくわからねえから…あ、そうだ!トウドウ!お前に振り分けられてる分のチケット、こいつらに売ってやってくれないか?」


「え?…リュウの知り合いなんだろ。いいのか?俺の分をてても」


「もちろんだ、頼むよ!…おい、その安全活動隊って何人いるんだ?」


「僕ら入れて20人です。彼女らの分も合わせて24枚買えますか?一番高いリングサイドの席をお願いします」


(こいつ、金持ちだな!)


 驚くリュウの横でトウドウは物販コーナーの支払い端末機を操作し、自分の販売枠のチケット設定でリングサイド席24枚分を元・ナイフ男に決済させた。


「じゃあリュウさん、僕らはあのあたりで観てますから、今日のデビュー戦頑張って下さい!」


 ペコペコしながら去ってゆく猿軍団とその彼女たちを見送ってから、リュウはトウドウに「ありがとよ!助かったぜ」と礼を言った。


「いや、俺こそ助かった。チケット売ろうにも俺はこっちの人間との付き合いがないから…それなのにリングサイドをいきなり24枚だなんて。ジンマも驚くだろうな。ありがとう」


「この機械を操作するだけでチケットが売り買いできるんだな!すごいな」


「ああ。会場までの案内や試合開始時間とか、必要な情報は全部お客の使う端末で確認できるから便利だぞ」


「俺にはこんな機械の扱い方全然わからないから、トウドウが居てくれて本当によかった!」


(この操作についても、朝に説明ちゃんと受けてたはずだがな)


とトウドウは思ったが(本当に食い物のことしか頭に残らないヤツなんだ)と思い返した。


「2回目の店番の時は、試合観てリュウのファンになった客がどっと買いに来るだろうから、ちゃんとシュウに横についててもらえよ」


「新人でど素人の俺のグッズなんかそうそう売れるわけねえだろ!」


 笑い合うリュウとトウドウだった。



 この後1時間も経たないうちに、この二人の男はリング上で壮絶な闘いを繰り広げることとなる。


(第四十四話へ続く)


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