「ではこれにて、株式会社火の国スリーエスと虎拳プロレスリングの契約は締結となります」
弁護士レンの言葉に「ありがとうございます!どうぞよろしくお願いします!」とジンマが声を張り上げた。
「こちらこそありがとうございます!いやあ、弊社の“Strength・Speed・Safety”の3つのSをまさに体現しているリュウ選手が宣伝キャラクターになって頂けるなんて、本当に嬉しいです!どうぞよろしくお願いいたします」
火の国スリーエスのクレマツ社長はジンマと握手を交わし、さらにリュウにも握手を求めた。
(俺が安全かどうかは知らねえが…まあプロレスやってる時は一応手加減してるから、安全と言えるかもな)
そう思いながらリュウは握手を受けて「どうぞよろしくお願いいたします」と礼儀正しく深い礼をした。
「CMについてはリュウ選手の試合映像を使って作成し、年明けには放送開始予定です」
契約内容確認の間、リュウが居眠りしていたのを見抜いていたレンが、リュウのために再度確認事項として述べてくれた。
(CMは勝手に作ってくれるんだな…助かった。ファンの人との記念撮影だけでもいっぱいいっぱいなのに、カメラの前であれこれ動きを指示されたりしたら俺、逃げ出すぞ)
「ポスターや電子広告も同時展開、コラボレーショングッズも販売開始予定です。また1月3日の新春初興行ではスポンサーとして社長より勝利者賞を贈呈して頂きます」
レンの言葉にクレマツ社長は笑顔で「喜んで!」と応えた。
「そうそう、先に設置工事をしていたこの道場及び事務所兼寮のセキュリティシステムは、早速作動開始させます。これは契約項目ではなく私クレマツ個人からの贈り物です。皆さんが遠征される時もしっかり安全を守りますからご安心なさって下さい」
クレマツ社長の厚意にジンマは、
「ありがたいお言葉…本当に助かります!ファンの方々がここに来られるのはありがたいんですが、やはり防犯上心配な面も多くて…これで安心して遠征も出来ます」
と何度も頭を下げて謝意を表したが、それを押し止めてクレマツ社長はリュウにこう言った。
「リュウ選手、何か欲しいものがあれば勝利者賞にリクエストして頂いて結構ですから、ご遠慮なくお申し出下さい」
(欲しいもの…!ウマい食いもんでもいいのか?)
(セキュリティ会社さんに食べ物おねだりするんはおかしいやろ)
チビヤゴくんの心話機能でリュウに突っ込みをしながら、シュウはリュウに代わってクレマツ社長に答えた。
「大変ありがたいお申し出、恐れ入ります。リュウ選手と相談し明日にはお返事させて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします」
クレマツ社長を見送った後、リュウとシュウは寮の食堂で夕食を食べながら勝利者賞について相談をした。
「あんな、スリーエスさんが取り扱ってる防犯アイテムのなかでウェラブルデバイスの『アルティメット』いうのがあるねんけど」
「上ら…出歯、椅子?」
「簡単に言うたら腕時計型の小型コンピューターやな。電話もできるしメール送受信とかWEB情報も見たり発信することもできる。さらに災害とか危険が及んだ際の非常通知に避難路表示や、身体に異常が起きた場合の通知もしてくれる。あと、リュウには必要ないやろけど護身用のスタンガン機能とかも使えるねんて」
「ふーん。よくわからねえけどいろいろ便利ってことなんだな」
「今はチビヤゴくん使て近くに居らんでも話できるけど、遠征とか行った先が他の神様の力強かったら通じへんことあるやろ。僕もチビヤゴくんやない普通のスマートデバイス…まあ携帯電話やな、そっちも持ってるさかいに、リュウもこういう通信機器持っとったほうがええと思うで」
「でもなあ、そんなややこしいものもらっても、俺が使えるかどうかわからねえぞ」
「電話とかメールとか基本的な操作は僕が教えたげるし、リュウに何かあったら僕のほうに通知が来るように設定しといたらええ。いろんな機能は無理して使わんでええねん。とにかくスリーエスさんとしては『リュウ選手がアルティメットを使っている』ということをアピールするのがええことなんや」
「俺がその出歯、椅子を使うと、クレマツさんの会社に何かいいことあるのか」
「肥後ほまれのオーナー・コトカさんはリュウのことを好いてくれてスポンサーになってくれはったけど、そもそもスポンサーいうんは自分の会社や商品の価値を多くの人に知ってもらうために、有名人を支援して宣伝してもらうわけや」
「へえ。そういうもんなのか」
「今、リュウは自分で思てるよりはるかにヒゴの有名人になってる。せやからお正月の試合で腕時計もろてる姿見せたら、会場に来はったお客さんや配信見た人もスリーエスさんの商品に興味持ってくれて、きっと反響があるやろから、クレマツ社長も喜んでくれはる。リュウも勝利者賞もろてありがたいし、クレマツ社長も商品を多くの人に知ってもらえてありがたい、双方めでたしや。これ、ビジネス用語でwin-win言うねん」
「んじゃ、そのウィン…ウィンナーで返事しといてくれ。俺、基本的に腹時計で動くから、使うというより腕にはめとくだけになるかもしれねえけどな」
「まあ身に着けとくだけでも人が見るから宣伝効果有りやろ」
「よっしゃあ。あーうまかった!今日のたこ飯、すげえいい味だったな!つぼん汁も野菜たっぷりでいりこ出汁が効いてたし、さつまいもの『がね』もサツマと違って衣が甘めなのが面白いな」
「今まではお昼しか食べることなかったけど、食堂の調理師さんに朝昼晩と美味しいごはん作ってもろてありがたいなあ。カワカミさんのお料理に続いて、ここでもほんま『ご馳走さま』やね」
二人は食器返却の際に厨房スタッフに味の感想と礼を言うと、
「今日もいっぱい食べてくれてありがとうね!作り甲斐があって嬉しいよ!」
とスタッフからも礼を言われた。
寮の部屋に戻ったシュウは明日の予定をリュウに伝えていた。
「明日は午前中に、大晦日にやるヒゼン大会の最終確認や。ほんで午後は正月3日の新春大会の打ち合わせで、対戦相手のゲンサイさんが来はるから試合の流れ確認するで」
「ん?前に聞いてた名前と違うな。コラっとかいう選手とやるんじゃなかったか?」
「肥後もっこすの高良さんはケガしはったから、出られへんようになったて言うたやん。また忘れてるな」
「あ、そういやそうだったな。ま、誰でもいいけど。トウドウみたいに闘ってて面白い奴ならいいんだけどな」
「僕もこの人の試合映像はまだ観てないねんけど、ジンマさん曰く侍みたいな雰囲気の人で、蹴り技がすごいらしわ。リュウとええ勝負になるんちゃう?」
(侍か…そいつ、着物にちょんまげ頭で来るのかな)
翌日の午後、対戦相手の「侍」はごく普通のスポーツウェアで虎拳の道場に現れた。
リュウよりも15㎝ほど背が高く、がっしりした逞しい身体。太い首の上の頭にはちょんまげは無かった。
「ハセガワ・ゲンサイと申す。よしなに」
そう言って男は頭を下げたが、黒目がちの強い眼差しはまっすぐリュウの目を捉えて離さなかった。
(よしなに?何だそれ)
(古い大和言葉や。『どうぞよろしく』みたいな意味で江戸時代によう使われてた)
シュウの心話解説に“侍みたいな雰囲気って、こういう言葉遣いをするって意味なのか?”と思いながら、
「飛成竜だ。よろしく頼む」
とリュウも目線をそらさず、会釈で返した。
ジンマと弁護士レンの立会いのもと、試合に関する打ち合わせが行われた。
ゲンサイはフルコンタクト空手の有段者なので、やはり打撃応酬を見せ場とすることがまず決められた。
得意の下段蹴りの連打をリュウが受けて危機感を盛り上げ、逆にリュウの空中殺法ではゲンサイが受けに回る。ラストは双方の激しい攻防の末、一瞬の切り返しでリュウがフォールを奪うという流れでほぼ決まった。
打ち合わせの間中ゲンサイは身じろぎもせず、言葉も「あいわかった」とのみ口にした。またその目線は常にリュウを見据えていた。
リュウもまたそんなゲンサイを見つめながら、
(体幹がしっかりしているし、あの首の太さは受け身も上手そうだな。全身の筋肉の付き方もいいな)
などとゲンサイの体型を観察していた。それと同時にひとかたならぬ相手の強さを空気で感じ取り、
(この男と身体をぶつけてみたい)
という気持ちを抑えきれなくなっていた。
「なあ、せっかくここに来てんだから、リングに上がって手合わせしてみないか」
リュウがそう提案したが、ゲンサイは首を横に振った。
「それには及ばぬ。一度手合わせをすると『こうでなければならぬ』という縛りが生じてしまう。というよりも」
(というよりも、なんだ?)
「新春の試合場にて貴殿と初めて組む時に肌で感じるものを、その瞬間まで楽しみに取っておきたいのだ」
こう言ったゲンサイの顔に一転して笑みが浮かんだ。それは意外にも、八重歯が可愛い子どものような破顔一笑であった。
(こいつも俺と闘るのを楽しみにしてるのか)
そう感じたリュウは、思わず「わははっ!」と笑い出し、
「おう、わかった!俺も楽しみに取っとくことにするぜ。試合で思い切りやり合おう!」
「望むところ」
二人はガッチリと握手を交わした。
「ゲンサイさん、なかなか奥が深そうな強さを感じさせる人やね」
その夜、食堂で夕食を食べながらシュウとリュウはゲンサイの話をしていた。
「おう。あいつは絶対強いぜ。闘りがいがありそうだ…俺も覚悟しねえとな!」
「打ち合わせの後WEBで調べてみたんやけど、ゲンサイさんは空手の全国大会で何度も優勝してる強豪選手で、その蹴りの凄まじさから『人斬り彦斎』て言われてたんやて」
「人斬りゲンサイ?」
「ヒゴには幕末四大人斬りの一人といわれていた河上彦斎いう武士が居ったから、その人にちなんでやろね」
「だから侍なのか」
「自分で道場開いて後進の育成に励んではったけど、門下生の一人が暴力事件を起こしてしもて、ゲンサイさんは『師として責任を取る』言うて道場閉めはったらしいわ。ぎょうさんお弟子さん居てたから惜しまれはったけど、ケジメや言うてきかんかったんやて」
「へえ。そういうとこも侍っぽいな」
「そこへ肥後もっこすの看板レスラーがスカウトに行きはったけど『貴殿の組織にて配下となるつもりはない』て」
「はいか?」
「支配される側の人間、手下とかのことや」
「手下は嫌だと断ったのか!ますます侍っぽいぞ」
「それがな、続きがあんねん。『されど食客として招かれて闘うにやぶさかでない』て言いはった」
「…しょっかく?やぶさか…?さっぱりわからねえ。どういう意味なんだ?」
「食客言うんは、お客さんとして生活の面倒を見てもらう代わりに、その才能を活かして主人を助けるいう立場の人や。江戸時代の剣術道場では自分とこの流派では無いけど強い人を食客として住まわせて、道場破りが来たら道場主の代わりに闘ってもらうこともあったらしぃわ」
「なんで代わりに闘わせるんだ?道場主が自分で闘えばいいだろ」
「道場主がもし負けたら立場無いやろ。食客やったらもし負けても他流派やから道場主の面子保たれるいうわけや」
「面子?くだらねえ事にこだわるんだな。で、やぶさかって何だ?」
「やぶさかでない、言うのは『~するのをためらわない』とか『喜んで~します』言う意味や。つまりゲンサイさんは『肥後もっこすの手下にはなれへんけど、客として招かれるんやったら喜んで闘いまっせ』て言いはったんや」
「めんどくさいヤツだな!」
そうは言いながら、リュウはゲンサイを気に入っていたので面白がって笑った。
「ともかくゲンサイさんは肥後もっこすと契約を結ばはった。代役とはいえリュウとの試合がゲンサイさんのプロレスデビュー戦や。気合入れて来はるで」
(プロレスデビュー戦、代役…玉名の試合を思い出すな。ゲンサイもあの時の俺と同じ気持ちなのか)
そこへ厨房から年配の女性スタッフがおにぎりを持ってやってきた。
「リュウさん、ちょっといい?今日ご飯が余っちゃったんでおにぎり作ったんだけど、よかったら夜食に食べる?」
「そりゃありがてえ!今すぐ食う!」
「食いしん坊さんがいてくれて助かるわ~♪豆味噌を塗って焼きおにぎりにしてみたのよ。戦国時代の侍がよくこれ食べてたんだって」
「やっぱり今日は侍の日だな!──うん!うめえ!これで俺も侍に成れるぜ!」
(第七十二話へ続く)
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