僕たちの前に広がるのは、悪意と称するには余りにも稚拙な原始的衝動の数々。
武具を用いて抵抗を試みる者は、正道を違えた殺意によって切り捨て。
武技を持たず無力な者は、獲物と誹り捕らえては暴虐非道の凌辱を尽くしていく。
上がる火の手は村の凄惨さを表し、村人たちを襲うのはヒトを害する獣の類にではない。
僕たちと何ら変わりない、人間そのものだった。
「……あのクソ野郎どもがッ!」
「多勢に無勢ですが。どうするんですか、先輩」
「知るか。学のねぇ俺たちが出来る事なんざ、一つしかねえだろ」
「ですね。なら、行きましょう!」
殺されていく村人たちを目にして、僕と先輩の答えは寸分違わず同じものだった。
剣を引き抜き、力を込めた脚で地面を蹴る。
回り込むだとか頭領を見つけるだとか、そんなややこしいをせず、決行するは堂々とした愚かな突撃。
絞り出す知恵が無いのなら、やれる事は感情に任せる事と直進する。
「そこまでだぜっ! ゴミクズ野郎ッ!」
疾風迅雷とばかりに身軽な先輩が先行する。
抜いた剣の柄に鋼棒を取り付けて、一筋の槍を目先の敵へ向けた彼は、躊躇いも無く抱いた殺意を刺突として繰り出した。
外側の見張りについていた相手は、村を占領した事実を前に気を抜いていたのだろう。
吼えたジョージの一撃を防ぐどころか驚愕に染まり、硬直して胸部へと物の見事に受けてしまう。
「……グゥッ、ガァ。な、んだ。テメェは」
「見て分かんねえのか。敵だよ、お前らのな」
息絶える相手を槍を振るい放り投げるジョージへ、次に二人、野盗が駆け寄り剣を振るう。
息の合っていない自分本位な攻撃。
互いの隙を庇い合う挙動も無く、下手すれば振りかぶった剣同士の衝突も有り得る。
そんな連携とするには論外な攻撃の合間に、先輩に追い付いた僕が間髪入れず邪魔に入る。
「ざけんな、ボケがぁ! オメェよくも――」
「それはこっちの台詞ですよ」
「……チッ! 邪魔すんじゃねえよ、ガキクソが!」
ただ振り下ろされるだけの剣を、僕は二連続で薙ぎ払っていく。
長物を扱う先輩の隙は振るえば自然と大きくなり、そこ狙うのは自明の理。
そこを補うのが僕の役割であり、先輩も大技を使えるタイミングだと理解して、自身に刻まれた言霊を解き放つ。
「――グラン・トライデント」
殺意と共に槍へ被せられる不自然な閃光。
僕が深く屈み視界を広げると同時に、先輩は構え直した槍の刺突を繰り出す。
放たれた刺突は土色の光を帯び、光は鏡のように刀身を三叉に複製する。
これの回避を試みた野盗だが、複製された刀身の勘定が入ってる訳もなく、右肩を深く抉られ、鮮血を散らしながら弾かれた。
「ああッ……!? ナマイキに定型魔法使いやがって」
「片田舎の衛兵舐めんじゃねえぞ。鍛える機会は、いくらでもあるんだからなあ!」
黄土色の三叉槍を自慢の膂力をもって振るいに振るい、先輩は野盗を蹴散らしていく。
時には地面を抉り土塊を放つ彼は、次々と迫ってくる無秩序な野盗の群れを相手していく。
「今の内だ、コウ。皆を頼むぜ!」
「分かっています、先輩を気を付けて!」
槍を振り回し牽制する先輩の合図を機に、僕は野盗の群れから離脱を図る。
走り抜けようとする僕を追う素振りをする者もいたが、先輩が土塊を投擲し懸命に気を引いていた。
僕と先輩――ひいては衛兵の役目は村の人々を守る事。
守るべき者の安否も分からず戦い続けるのは、役割の放棄も同然。
以心伝心で本分を全うすべく、僕は燃え盛る村を駆け抜けていく。
「ネフィーさん……皆っ……!」
向かうのは遠方からでも判別が出来た、集団の輪。
騒ぎのあった場所へ衝動的に集まっているのか、集団を見張る三人の野盗に狙いを定める。
捕縛し、一か所に村人たちを集めている野党は、頭領がいないのか一直線に向かう僕を見て、各々の反応を示していた。
子供だと見下し下卑た笑いを浮かべる者、動揺し辺りを見渡す者、嬉々として剣を抜き突撃してくる者。
三者三葉だが、僕のすることに変わりはない。
「退いてくださいっ……!」
剣を保持したまま空いた手に鋼棒を取り、二刀流に似た奇妙な風貌で僕は迫る野盗と対峙する。
振るわれる凶刃を剣で受け止め、出来た隙に鋼棒で殴り意識を狩る。
これが村で教わった剣術棒術の合わせ技。
その場で殺傷の有無を切り替えられる武技は、定型魔法を持たない僕にとって、最大の武器だ。
幸いなことに残った三人は大した実力も無く、素人同然の彼らを気絶させた僕は、集められた村人たちを確認していく。
「……酷いですね。ここにいるのは女性と子供ばかり。どうしてこんな事に」
そこにいたのは、村では少ない若年層の面々ばかり。
男性や老人の姿は見当たらなく、世話になっていたソフィーの父親すらいなかった。
現状を理解し、僕の中に沸々と怒りが煮え滾っていく。
この程度しか守れなかった自分の無力さと、野盗の身勝手さに。
けどそんな怒りを書き換えるが如く、聞き覚えのある声が耳を打ち、炎が光に変わっていく。
「コウ! 何してんの、もうアタシたちは良いから行きなさいって!」
「ネフィーさん。良かった、無事だったんですね。ですが行くと言われても、皆さんを守らないと」
捕らえられた人々の輪から飛び出して来たのは、服を薄く汚したネフィーさん。
彼女の無事に何よりの安心を感じるも、冷や水の如き考えが浮かびすぐさま僕は胸の光を振り払う。
そして引っかかったのは、彼女の第一声。
先輩を信頼し、衛兵の務めを全うすべく来たというのに、ネフィーさんの主張はその逆をいっていた。
「コウのバカ。あのままじゃ、ジョージの奴がやられるでしょうが。そうしたら、アンタ一人で残りを相手にしなきゃいけないのよ!」
「ですがそうすると、いま皆さんを守る人が――」
飛び交う平行線の主張。
村人を守る衛兵の責務と、現状の危険の打開をぶつけ合う僕たち。
不安に怯える村人たちを他所に行われるぶつかり合いは、次第に交差点を見つけ、ついに彼女の天秤に傾くことで結論に達した。
「……分かりました。ネフィーさんを主導に村から避難。僕が先輩と合流しつつ、その殿を務める。これで行きましょう」
「妥協点としては上等ね。さっさとその案を思いつきなさいよ、馬鹿コウ」
「無茶を言わないで下さい。でもお陰で頭が冷えました。有り難うございます、ネフィーさん」
「ホントに馬鹿ね、アンタ。それは助かってから言いなさい」
僕とネフィーさんが出した答えは、両案の中間点。
全員に命の危険性を含んだ作戦だけど、元々あった僕と先輩の死亡率は格段に減っている。
問題は野盗を相手に、村人たちが逃げ切れるかだけれども、命の瀬戸際にそこまで考えている余裕はない。
早々に行動へ移すべく、僕とネフィーさんは背中を向け合った。
これ以上の言葉は不要で、残りの不安は長年の信頼で補っていく。
三叉槍で舞う先輩を視界に入れ、野盗の群れの隙を窺おうとしたところで、僕はふと言い忘れた事を思い出し、村人たちへ指示を出しているネフィーへ振り返る。
「ああそうだ、ネフィーさん。お昼、美味しかったです」
「バァカ……。こんな時に言う事じゃないわよ、ったく」
返ってくるのは言葉だけで、表情は振り返らないため分からない。
けど炎が燃える中でも分かるほど真っ赤になった耳に、僕は思わず頬を緩める。
「馬鹿が付くほど真っ直ぐな騎士になれ。そう言ったのはネフィーさんじゃないですか」
「うっさい、馬鹿」
これ以上は無駄口で、こちらも集中しようと向き直ろうとした瞬間。
ネフィーはスカートを翻し、振り向きざまに舌を出して破顔した。
炎のように赤い顔に呆気に取られ、最後に一言だけでもと駆け上がる言葉を吐き出そうとした。
だけどその言葉は、敢え無く飲み込まれる。
燃える家屋の炎に溶け込み、人型の陽炎を捉えてしまったから。
「――……ヒートヘイズ・シルバー」
抜き身の剣が振られ、陽炎から幾つもの閃光が宙を裂いて飛翔した。
武器を放り意識なく伸ばされた僕の手は、ネフィーさんの腕を取り抱き寄せる。
だけどそれも束の間。
村人たちを通り抜けた閃光は、ネフィーさんの亜麻色の髪が空へと散っていく。
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