祭典当日。
雲一つない快晴が都市に住む人々を受け入れ、人々は大手を振って家々を飛び出していく。
職や地位など関係なく都市を埋め尽くしていく人々は、実に華やかで楽しんでいた。
人の集まりを好機と見る商人や、純粋に腕を振るう職人。
祭りに合わせて結婚の宣言をする人や、今まさに新規開店を大々的に謳い上げる人。
そんな煌びやかな住人たちを横目に、シルトさんとリラさんの警護を受けた僕たちは、一言で表せる状況だった。
多忙。
それ以外の表現が出来ない程、彼女たちの人気は絶大だった。
「お疲れ様でした、三人とも。残りの本番と後処理を終えれば、今日の仕事は終了です」
都市一番の大広間。
大仰な舞台が設置され、その前には定められた枠を超える人々が、これでもかと押し寄せていた。
集合した人々にもはや種族は関係なく、世界中の種族全てがここにいるのでは無いかと錯覚するほどだ。
青々とした快晴は日の沈む今も続き、藍色の空の下。
舞台裏でシンクさんは余裕のある笑みと共に、僕たちに労いの言葉を口にする。
「やっ、やっと終わるんですね」
「私の覚悟が甘かった。まさかこれ程とは……」
体験したことの無い疲労感に襲われる僕とローエンさんは、その場に座り込んでしまう。
思い返すのは、今日一日で起きた田舎では味わえない体験の数々。
祭典を取り仕切る側の人員不足から来る、手の空いた人員のたらい回し。
シルトさんたちの人気の程が分かる、大量の贈り物の運搬。
普段では考えにくい、衝動的な不法侵入の対処。
そして何より衝撃的だったのが、シルトさんたちではなく僕たちを誘おうとする人たちの存在だった。
「縁結びのお祭りというのは聞いていましたが、まさか誰彼構わず迫ってくる人がいるんですね」
「真摯に働く姿を見せるコウ殿だからこそ、彼女たちは惹かれたのだろう。私に至っては分からん。何故妻帯者に言い寄るんだ」
「旅立ちと縁結びの祭典、星合祭り。それを口実に、他人との縁を求める人が増加の一途を辿っていまして。今日捕らえた不審者の動機は、ほぼ全員がそれです」
「……都会って恐ろしいですね」
星合祭り。
元々は旅立つ人を祝福する土着の文化だったが、人が増え都市化する際に、流行りのお伽噺と混ぜ合わせた結果、出来上がった祭典。
一日を通して巣立つ者を祝い、そしてまた会える事を願う。
始まりはそんな細やかな祭典だったのが、今となっては都市の至る所でお祭り騒ぎ。
旅立ち――つまりは新しく何かを始める者は、成人に結婚や新規店舗の開店の祝いと、僕も手放しで喜べることばかりだ。
問題は縁結びに置き換えられた、再開の部分。
商業組織が意図してお伽噺と合わせたらしく、それに縋る縁の無かった人々が、今日だけは躍起になるらしい。
「そういやオマエも口説かれてたなぁ、シンク。ツラの良いヤツは大変なこった」
「なら助けてくれよ。ああいう女性が一番苦手なの、知ってるだろ?」
「おいおい、まるで助けなかったみたいな事言うなよ」
「彼女たちにガン飛ばす真似は、助けたとは言わない。まったく。どうしてそんなチンピラ紛いになったんだか」
「るせえよ。それこそ知ってんだろ、テメェ」
僕たちと同様。
ううん、それ以上に多くの女性から言い寄られていたシンクさんは、精神的な疲労を強く感じていた。
シンクさんが患う女性恐怖症の根深さは、僕の予想を遥かに超えていて。
女性と目を合わせられない所か、身体的な接触があると吐き気や嫌悪感を催すらしい。
だから彼からしたら、今日みたいな日は地獄そのもの。
一応ソフィアさんが補助に入っていたのだが、シンクさんの思うようには事が進まなかったようだ。
「――わっ! ドタバタしてたから、みんな大丈夫かなーって見に来たら、全滅してる」
「……ソフィアさんだけは、無事みたい」
「シルトさん、リラさん。なんて言うか、凄い衣装ですね」
一変する沈んだ空気。
流れ込んだ明るい声は、暗い雰囲気を陽光のように照らしだす。
現れた双子の姉妹が着ていたのは、互いの印象によく合った両極端な舞台衣装。
シルトさんは言動こそ少年染みた雰囲気を出しているが、服装は男装の麗人そのもの。
シンクさんの着る軍服をアレンジしているのか、動きやすさも考慮されている。
対してリラさんの衣装は、舞踏会にでも出るのかと言いたくなるような、ロングスカートのドレス。
ハイヒールを履いている影響か、今でもシルトさんと手を繋いでやっとの様子で、足元が危なくて不安になる。
どちらも白を基調として、青の差し色と星をイメージした柄が入っているところから、星合祭りに合わせているのは一目瞭然。
「ふふん。どう? カッコいいでしょう」
「……姉さまはこういうのを着なくても、かっこいい」
「僕はこういうのには疎いんですが、そうですね。とても格好良いと思います」
「……むぅっ」
でしょー、と二本指を立てるシルトさん。
素直な感想を言ったつもりなのだが、どうしてかリラさんに睨まれてしまったので、それ以上の言及はしなかった。
「ホントはローエンさんみたいな、獣人の伝統衣装を着たかったんだけど、急な予定変更はダメって言われちゃった」
「……マネージャー。融通効かない」
「この規模の祭事で、急遽変更は難しいだろう。そのマネージャー殿も頭を抱えただろうな」
「服ぐらいダメなのか?」
「大まかに決めている段階なら出来る。でもローエンさんと知り合ったのはここ一か月だろう? なら難しいだろうな」
なぜ変更できないのか疑問な三人とは違い、ローエンさんとシンクさんだけは付き人に深く同情していた。
村長をしていたローエンさんは、祭事も取り仕切るだろうから当然として、紅玉騎士団でも似たような事が多くあるのだろう。
祭りを行う側に立ったことが無い身としては、二人の反応から余程難しい事なんだろうなと考えるしかなかった。
「っと。言ってたらそのマネージャーが呼んでる。それじゃあみんな。あたしたちの練習の成果、ちゃんと見てってよね!」
「……じゃあまた」
遠くで二人を呼ぶ森人の声に反応し、シルトさんはリラさんを抱きかかえて颯爽と消えていく。
お姫様のように扱われているリラさんは、驚いたのは一瞬だけですぐに笑顔に変わっていた。
「さて。元気を分けて貰って見なかったでは、シルト殿に申し訳が立たないな」
「ったく。アレ、素なのか?」
「いつものシルトさんですね。タイミングは偶然だと思いますが」
シルトさんたちが見えなくなった辺りで、僕とローエンさんは重くなっていた筈の腰を持ち上げる。
偶然だろうと、明るさを齎してくれたシルトさんには感謝する他なく、不思議と全身に気力が満ちていく。
「では三人とも会場の方へ行ってください。俺は舞台側にいます」
「あっ、じゃあ僕もこっちに残ります」
「じゃあじゃねえよ、コウ。オマエもこっちだ。ほら、行くぞ」
警護の仕事が残っているので二組に分けるのが良いと思い、僕はその場に残ろうとしたが、ソフィアさんに首根っこを掴まれてしまう。
有無を言わさず会場側へと連れ去られていく僕を見て、シンクさんは静かに手を振って微笑んでいた。
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