さて、目的地へと着いた俺達はトミーから降り、最初と状況が変わり、逆さまとなってしまった螺旋階段を見上げながら次の一手を考える。
「逆に頂は近くなったとは言え、肩車しても箱には届かないもんなぁ」
と、エイオス。
「また最初の向きに戻れれば、普通に階段上ってって出来るんだけどな」
「俺のジャンプを持ってしても、届かないだろうなぁ……」
三者三様にムムムと悩む。
その時俺の脳裏に閃光が走る。
「なぁ。この上下逆転って、幻覚って事はないよな? 全然頭に血が昇ったりしてる感覚ないし、本当は上下逆転なんかしてない……って事はないか?」
「ん? そう見えてるだけって事?」
とエイオスが首を傾げる。
しかしトミーも、
「上下逆転だけでなく、全てが幻覚と言うのはあり得るな。俺も遠退いたはずのこの螺旋階段にあそこから三度の跳躍だけで辿り着けた事に疑問を持っていた。さっきの距離感からすれば、もっと回数を要していた筈なんだ」
と言うことは、螺旋階段は俺達から遠退いた様に見えたけど、実際の距離は変わってなんていなかった。
上下逆転した様に見えたけど、本当は普通に立っているだけ……って事じゃねぇのか?
ここで俺はニィッと笑い、
「食ってみないか? これ」
言いながらポケットからある物を取り出した。
「……あぁ、食べればこれが幻覚かどうかわかるって事ね! 勇者マジさすがじゃん、天才かよ!」
それを見たエイオスも俺に習いソイツを取り出す。
なるほど、とトミーも頷き、
「不死鳥のきび団子か。確かに、これが幻覚ならそれを食べれば元に戻るはずだ」
「んじゃ、頂いてみますかね?」
俺達は目配せし、不死鳥のきび団子を口にし、トミーの口にも一個放り込んでやった。
すると、
「おぉ!?」
さっきまで頭上に見えていた螺旋階段は本来あるべき向きに映った。
いや、俺達が本来の向きに戻ったと言うべきか。
「すごっ! これ、ホントに幻覚でそう見えてたんだ? でも頭上にいる囚人とのバトルは普通に天井から床からの攻防だったけど……あれが幻覚だったとなると、本来はお互い地上でやりあってたって事? 意味がわからないんだけど」
「もう作者もちんぷんかんぷんになってそうだし、細かいことは言ってやんな。とりあえず本来の向きに戻ったんだ。後はやる事をやっちまおうぜ」
俺は言いながら本棚で出来た螺旋階段を上がった。
「え、でもトミーこの部屋出身なんだよね? 今のが幻覚とかわからないの?」
「部屋は気分次第で姿も変えるしギミックも変える。ここに長年住人として住んでたって真の姿はわからない。その変化に毎度毎度付き合わされるのに疲れたから、俺は部屋の外に出たんだ」
エイオスの問いに、トミーは遠い目をした。
部屋を出ることを決めた日の事でも思い出しているのだろう。
そして、
「外観こそ変えてはいるけど、さすがに中に保管された物まで変えたりはしないはず。記憶通りなら、このアンティーク調の箱の中にそれは入っている」
と付け加えた。
トミーの言葉を背中に聞きながら、まんまと一足先に頂に到達した俺は、その箱との対面を果たした。
階段を一段一段上がるのにカウントされたりしないよな? と不安にもなったが、何かあれば不死鳥のきび団子を食べれば幻覚も解けるみたいだし、幾分気楽に上りきる事が出来た。
俺にやや遅れ、エイオスとトミーも頂へと上がって来た。
「この中に、その本とやらが入っているって訳か」
思わず固唾を飲み込む。
「開けてみようぜ! 勇者!」
エイオスの言葉に俺も大きく頷き、箱に手を掛け────
「あれ?」
「ん? どしたん?」
と、エイオスとトミーも覗き込む。
「ちっ……鍵がかかってやがる」
そう。箱には鍵がかかっていた。
良く見ると6桁の暗証番号を入れるよう、0から9のテンキーが備え付けてある。
「え……このパスワードを入力しないとこの箱開けられない感じ?」
「みたいだね。どこかにヒントになりそうなモノでもあると良いんだけど」
エイオスとトミーも顔をしかめた。
「とりあえず、順番に入れてみるか? 全部やっても30通りくらいだろ? そうすりゃさすがに当たるだろ」
「あぁもうバカ、バカ勇者! 6桁だよ!? 30通りなワケないでしょうよ! ざっと3000通りはあるぜ!?」
「お前らバカなのか!? 6桁で0から9までって事は、10の6乗。100万通りだぞ!? それを1パターンずつやってる暇なんかないって!?」
俺とエイオスのやり取りを聞いていたトミーが突っ込んできた。
「それに、この部屋の事だ。もし間違えたらまたどんなギミックが発動するかわからな────」
「箱の中は黒魔術の本でしょ? 黒魔術……くろまる……じゅつ……で、960102とかないかな?」
「悩んでも仕方ねぇか」
トミーの忠告等には耳も貸さず、エイオスに言われるままに入力してみる。
「ちょっとぉおおおおおッ! 何勝手なマネしてんの!? そんな語呂合わせみたいなパスワードなワケないでしょうよ!? もっと慎重に……」
と、トミーが騒々しく耳元でがなってくるが────
「開いた!!」
「うっそでしょ!?」
カチャッと軽快な音を立てて、箱に掛かっていた鍵ははずれた。
そんな僅か100万分の1の正解を見事に進言した当のエイオスは、
「え、まじで? いくら運のステータス高い俺とは言え超凄くない? 自分で言うのも何だけど、俺と言う存在が怖いんだけど」
と目をパチクリさせている。
「……そんなバカな。え……凄すぎでしょ!? 一発解除って、お前何なの? これを封印したヤツもコイツと同じ思考回路してたってことか!? てかこんな所でそんな運使うなよ! 宝くじなら1等2、3回当たってるレベルだぞ!?」
トミーはトミーで大層驚きつつも、開いたことで相当舞い上がっているようだ。
「いやはや、エイオスまじでお前は天才だぜ! お前が居なければきっと解除なんて出来なかった! さぁて……それじゃあ、いよいよご対面と行きますか?」
俺は一度舌なめずりをし、手にかいた汗を服で拭った。
コイツの為に、ここまで一苦労したんだ。何かしらのヒントにはなってくれよ。
俺は箱の蓋に手をかけた。
そして、
「本当に本一冊しか入ってねぇな」
箱の中を見て少しばかり肩を落とした。
もっとこう、本以外にもお宝の一つや二つ入ってないもんかと思ったのだが、そんなに現実は甘くなかった。
俺は徐に箱の中から年季の入ったハードカバーの、何とも分厚い本を手に取る。
傍らで見ていたトミーも息を飲みながら、
「これが禁断の魔術書……“死の秘本”……俺も初めて見た」
「え……ちょ、これ死の秘本って言うの!? またねじ込んで来たね!? これでシリーズコンプリートしたんじゃない? ホント無理矢理感あるけども」
何を恐れていやがるのか。
固有名詞が出る度にオーバーリアクションをするエイオスはこの際無視だ。
俺は部屋の初期位置で俺達の帰りを待つ皆に、獲ったどぉおおおおお!! と、死の秘本を掲げ、見せつける。
俺が本を確保したのを見ると、連中の顔色もパアッと明るくなった。
「それじゃ、頂くもんも頂いたし、トンズラするとしますかね」
言いながら立ち上がる俺達の耳に、
ゴゴゴゴゴ……
と、地鳴りの様な低音が聞こえてくる。
「え、勇者……あれ」
エイオスが俺の肩をツンツンとつついた。
何であれ、この部屋が見せるものは幻覚か幻聴って事はもうわかってる。
俺も渋々ながら振り向いてやると、遥か彼方を見据える。
向こうからやってくるは、さながら宇宙の様な漆黒の闇。
まるでダイ○ンの掃除機の如く吸引力で、真っ白い背景一色だったこの部屋が、少しずつ闇に呑まれ、消滅している。
「なんだ、ただのカタストロフィーじゃねぇか。もう部屋もなりふり構わなくなってきたな。ま、どうせ幻覚だ。きび団子を食えば消えるさ」
言いながらパクりときび団子を口に放り込んだ。
が、地響きは愚か、部屋を呑み込む闇も消えない。
「あれ? なんで?」
「ねぇ。きび団子食べても消えないって事はこれは……」
なんていつまでも呆気に取られている俺達に、
「バカ、現実だ!! 部屋が……緻密な部屋が崩壊している!! 逃げるぞ!!」
トミーは怒声にも似た大声を上げた。
呪いのカウントダウン
運命の刻まで
あと5日 (レベル139)
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