1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

17話・10

公開日時: 2021年5月13日(木) 11:11
文字数:1,336

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 大歓声のなか、日葉がプールサイドから出てきた。

 2階席の部員たちへ笑いかけてから、顔を引き締めた。

 多くの部員は手を振っているが、ぶすりとむくれているのが数人……あれが日葉をよく思っていない先輩たちだろうか。

 それでも、飛び込み台へと歩いていく彼女は堂々としていた。



「にっちゃん……がんばって……!」



 明夢が祈るようにつぶやく。

 8人の選手は並び、スタートの体制を取っていた。



『用意。…………ピッ!』



 スタートの合図で、8人揃ってきれいな弧を描くように水へ飛んだ。


 日葉がするりと着水すると、その後に白いしぶきが咲いた。

 水の中を静かに潜水で進み、すうっと水面に体が浮かび上がったと同時に長い腕が伸び、そして斜めから鋭く水面を突き刺した。



「素晴らしいスタートだわ」



 拝慈が小さく息を漏らす。

 日葉の泳ぎは水の抵抗を感じさせないようになめらかで、ひとかきで進む距離も長い。

 あの子は水の中で生きていると言われても、今なら信じてしまうかもしれない。

 それほど水中での動きに違和感がなかった。



「速いっ!」



 一ノ瀬先生の言葉と同時にターンが決まる。

 しかし、わずかながら日葉はトップを逃した。


 先頭の女子は速かった。

 でも日葉も決して離されてはいない。相手の状況が見えないなかで、自分だけの泳ぎに集中している。



「もうもう! なんだよ! すっごい奇跡が起きない限り、こんな重圧のなかで1秒以上速い相手になんて追いつけるわけないんだよぉ! もういいだろ。これ以上誰も、日葉ちゃんを苦しめるなよぉ!」



 ほぼ泣き声で、手すりを叩きながら佐々崎がわめき散らす。

 ふと水泳部の席を見ると、例の先輩たちが笑いながらプールを見下ろしていた。

 彼女たちは。ずっと一緒に練習をしていた仲間なのに。一体、日葉のなにを見てあんな顔ができるんだろうか。



「いける……。“奇跡”って言葉は、起こるから存在るんだよ……!」



 怒りを押し込めて自分に言い聞かすようにつぶやき、代わりに目の前の手すりを強く握りしめた。

 そのときだ。日葉が動いた。まさか、ここでスピードが上がっている。



「にっちゃんっ! 追い込めーーーっ!!」



 手すりから身を乗り出してキョージンが叫ぶ。



「がんばれっ、がんばれ日葉ちゃんーっ!!」


「にっちゃ〜んっ! お願い〜っ!」



 佐々崎と明夢もつられるようにして叫んだ。

 声はおれたちだけじゃない。

 気づけば後ろから、横から、前から、たくさんのオーディエンスから。割れるような日葉への声援が会場を満たしていた。



「これはもしかすると、もしかしますな!」



 ハンカチで額の汗を拭いながら、山下先輩も興奮して叫ぶ。


 47秒、48秒……。


 ゴールは目の前に迫っているのに、日葉はまだ追いついていない。

 間に合うか……。

 いや、間に合え——っ!



「にちはーーーっっ!!」



 先頭の二人がゴールへと手を伸ばして————タッチした。



「どっち!?」



 わきあがる会場を背負うように、一ノ瀬先生が立ち上がる。

 後を追って次々に選手達がゴールしていくなか、険しい顔で日葉は水の中で立ち尽くしていた。


 全員がゴールしてプールを上がっていくのを見ながら、おれたちはタイムの発表を息を飲んで待った。

 マイクがオンになり、スピーカーが震えた。

 そして。



「先ほどの女子100m自由形の順位を発表します。1着————」

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