「……」
「ぶっはははははははははは!! 淫猥!! って!!!」
キョージンが噴き出した直後、ゴツンと硬いものにぶつかる音がした。
……PCに頭当てたなこいつ。
拝慈は頭痛がするとばかりに額に手を当て、その隣に座っていた日葉は不安そうに佐々崎を見ていた。
「ぷっ! やばくない!? こいつの動画回したくないけどぉ、いちお見とこ〜♪」
佐々崎がスマホをローテーブルに置くのを見て、おれとキョージンもすぐにソファ席へ滑るように移動した。
佐々崎によると、配信主は人気ゴシップニュース系アイチューバー・たぁ坊。
下世話コンテンツも一部で人気だから、こういう変なやつものさばっている。
『んで〜この神多いをりクンですが〜、神多剛鬼サンと血縁関係が濃厚と浮上〜。これが正しければ〜、親の金で女をはべらしてるんでしょうね〜、へへへっ』
ねちっこくて不快感を煽るような喋り方をするやつだった。
有名人の神多剛鬼のゴシップのために、こんな無名動画を取り上げたのか?
確かにあの人、怪しいことしてるのにスキャンダルを出したことが一度もない。でも、だからって……。
幸い、日葉と明夢の顔にはモザイクがかかっていた。高校生だからという配慮かもしれない。だったらおれにも配慮してくれと思うんだけど。
「最低。これ学校に見つかると面倒そうね。こいつどうにかして葬れないかしら」
神妙な顔つきで拝慈が物騒なことを言う。
投稿日は5日前。
有名アイチューバーの発信なら、学校に見つかるというのも時間の問題だろうな……。
「やだーキモ! この人絶対モテないよー!」
日葉は頬を膨らませて腕を組み、ぽんっとソファに背中を預けた。
「うーん、今減ってる登録者は一気に増えた分の逆リバウンドみたいなものだからさー。ひとまず気にせず、更新頻度も落とさず、むしろ今が注目されてチャンスと思うしかないんじゃない〜? でも日葉ちゃんは水泳部からなにか言われる前に、自主的に大人しくしといたほうがいいかもね?」
「うげ! あたしだけ〜〜!?」
佐々崎に忠告されて、がくりと日葉が肩を落とした。
でも日葉だけじゃない。
みんなにもどこかで迷惑がかかるかもしれない。
おれのせいで……。
「ごめん……」
謝らずにはいられなかった。
ただ楽しくやりたくて集まっただけなのに、それが壊れかけている。
「いをりくんが謝ることはないわ。こいつが悪いもの」
「そだよ〜、みんなでなんとかしようね〜」
拝慈と明夢が気遣ってくれる。
みんないいやつだから、いつだって甘い言葉をかけてくれる。
でもおれは、いつもそれに甘えていた。
SNSは投げっぱなしで、アイディアもしゃべりも、動画の編集も誰かにまかせていて——。
そもそも面倒ごとが苦手だ。
人間関係のトラブルに頭を悩ませたくない。
無駄な労力を使いたくない。
省エネで学生生活を送りたい。
……そんなおれが人と関わって、仕方なく部活をすることになって、なぜかおれがメインのチャンネルができて……。だらだらやってきて、それを許してくれるようないいやつばかりで……。
せっかくみんなが作ってきた居場所を、いちばん助けてもらってきたおれが足を引っ張ってなくすのか?
そんなの最悪じゃないか……。
こういうの苦手だし乗り気じゃない。
けど。
さすがに自分のケツが拭えないのは人としてどうかって、無気力なおれでもわかる。
「こんな勝手なことを言う配信者のために、部活をつぶすようなことはさせたくない……。だからおれも、で、できることはやる。明夢と拝慈、SNSのやり方とかも、教えて欲しい」
「……うんっ、いいよ!」
明夢はうれしそうに目を細め、拝慈は浮かない顔で押し黙った。
知らないやつに、おれたちの居場所を奪わせてたまるかよ。
だからなんとしても、絶対に視聴者の誤解を解かないといけない。
それがおれが最低限するべき、みんなから受けた恩義の返し方だと思うから。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!