「集団催眠、解除!」
パン!
手を叩いて、解除のトリガーを引く。
「うおおおお!? 手が動くぅうっ!!」
「なにこれ! 怖ッ! どーなってんのっ!?」
司会は最近C-1グランプリというコントの大会で優勝した勢いのあるお笑いタレントのコンビで、最高のリアクションを取ってくれた。
「会場のみなさんも、かかったって人がいたら拍手をお願いしますーっ!」
司会者が会場に問いかける。ステージ下から、大歓声と拍手が湧き上がった。
よかった、スベるのだけは回避できた……。
「いや自分、まじで何者なん!? えっと、占い師の神多剛鬼さんの息子さんなんですよね? つーことは、生まれつきコレできるん?」
安心して気を抜いていたところを、司会に詰め寄られた。
トークは日葉って伝えていたのに、興奮した司会者のマイクは完全におれに向けられている。
日葉に目で訴える。苦笑したままで、助けに入ってくれそうにはない。
う、おれが喋るしかないのか……。お、おもしろい話とか、無理だし、期待しないでくれよ……。
「えっと、いえ……。催眠術師歴は半年くらいです」
「え! じゃあ催眠術って、俺らでも練習すればできるってこと? どれくらいの期間でできるようになるもんなん? ぶっちゃけ、習うとしたらいくらくらい費用がかかるん?」
「おれの場合ですけど……道で鳩を捕まえたら奇術師が現れて、お礼に催眠術を教えてくれて……それで、一日で習得しました」
「いやいやちょっとちょっと! は? 自分、情報が渋滞しすぎやろ!」
「『催眠術がヤラセじゃないか疑っています』って、変わったチャンネル名ですけど、これもどーゆうことなんです?」
「あー、おれがそもそも催眠術を信じてないところからこのチャンネルが始まって……」
「疑ってんのは視聴者じゃなくて自分かい!」
うわ、プロすごい。
おれのプロフィールほぼ引き出して、落としてもくれたんだけど。
「それでは、以上、『催眠術がヤラセじゃないか疑っています』でした。どうもありがとうございました!」
日葉のこなれたあいさつで、さらに大きな拍手が送られる。
おれと日葉、明夢がステージを後にすると、舞台袖でキョージンと拝慈、一ノ瀬先生が待っていてくれた。
「お疲れ!」
キョージンと握手をがしっとかわす。
ステージに出てないくせに、しっかり手に汗かいてんじゃん。
「お疲れさま! 盛り上がってたわよ!」
キョージンの後ろから出てきた拝慈とも握手。
「ほんと、催眠術はこういうときに映えるわねー」
腕組みして感心していた一ノ瀬先生には微笑を向けると、急に視線を泳がされた。
なんだよ……。
イベントもここで一時休憩らしく、司会が会場に向けてそんなあいさつをしているのが聞こえてきた。
これからステージにいた出演者たちも、どんどんはけてくるだろう。
邪魔にならないようにと、おれたちは急いで舞台袖から出て行くことにした。
「え、うそ……」
控室に戻る途中だった。
小さく声を上げて、日葉が足を止めた。
廊下の先に、高校生占い師アイチューバー・夢斗がスタッフと話している姿が見えた。
夢斗は目元につけた仮面がトレードマークだが、カメラが回ってないところでも外してはいないようだ。
話が終わってスタッフと別れた夢斗は、ガン見しているおれたちに気づいた。
おれたちの方へ歩いてくる。
何か言われるのか……。いやそもそも、後輩のおれたちからあいさつをするべきなのか。でもおれアンチだしな……。そういう類の不安がいくつも頭に浮かんで体が硬直してしまう。
だが夢斗が顔を出さなくても「イケメン」だと言われているのは伊達じゃなかったというか……。口元でわかりやすく表情を作り、威圧を感じさせない人懐っこさを向けてきた。
「やあ、こんにちは。ステージ盛り上がっていたね、高校生催眠術師くん!」
まさか、あっちから声までかけてくるとは……。
差し出された手を控えめに握り返すと、夢斗は目が消えるほど笑顔になり、機嫌よく両手で手を包んできた。
「きびしい炎上を乗り越えてよく頑張ったね。いくつか動画も拝見させてもらったけど、うちのチームに教えたらみんなハマってくれたよ」
うっ、非の打ちどころが全くない……!
夢斗の二番煎じなんていってるのも恥ずかしいほど、他人へのアプローチが段違いにうまい。この人、心理学的なのもかじってるな……。
「きちんと催眠術を検証しているだけでなく、高校生っぽく爽やかでいいチャンネルだね。ポジティブな世界観も好感が持てるよ。おれはひとりだから、仲間がいるのが羨ましいな」
「わあ、ありがとうございます〜」
明夢がうれしそうに顔を上気させる。
それに対しても、きちんと目を見てうなずき返している。
「だけど今日おれは、きみたちをコラボ相手に選ぶことができないんだ。それについては悪く思わないでね。ああ、もうこんな時間だ。ごめん、休憩がなくなるから行くよ、またね!」
そう言うと、おれたちの返事も聞かずに踵を返して行ってしまった。
「……腹の中が読めない子ねぇ」
一ノ瀬先生が、去って行く夢斗の背中を見ながら眉をしかめる。
「選べないって宣言されたけど……実は炎上に巻き込まれたの怒ってる?」
拝慈が腕組みをして首をかしげた。
「……占いと催眠術のコラボは相性が良くなさそうだからだろ。……おれたちも戻ろう」
みんなを促すために頭だけで振り返ると、キョージンと日葉が責めるような目でおれを見ていた。
おれは苦笑いを返して、前を向く。
あれはおれが何も話していなかったから、だろうな……。はあ。
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