1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

最終話・4

公開日時: 2021年7月4日(日) 11:11
文字数:2,445

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 すべてのチャンネル紹介も終わり、100万円の大賞者発表と授賞式が始まった。

 ノミネートされた10組のグループは全員ステージの下に案内され、観客席とは別に設けられたブースから自分たちが呼ばれるのを祈るようにして待つ。

 ステージの中央で司会が胸ポケットから便箋を取り出し、もったいぶるように中の紙をオーディエンスに見せつけた。

 ざわめきが広がると満足気に、司会は手元の紙に目を落とす。



「それでは第一回、高校生アイチューバーコンテストを発表します! 大賞はぁ……」



 息を飲んで彼の口元を見つめる。

 ドラムロールの音が会場の緊張をいたずらにせきたてて。



「……パリピッピ!」



 その名が呼ばれた瞬間、悲鳴のような叫び声と割れるような大歓声が湧き上がった。

 スポットライトはステージ下で驚いている彼らを照らし出す。

 観客席の中央から「せーのっ!」と女子の声がして、「パリピッピーーー!!」と、示し合わせたかのように会場のほぼ全員が叫んだ。

 手を振りながら、パリピッピがステージへと小走りで駆けていく。


 ……すごい。ファンって、ここまで一体化するものなのか。

 こんなん、誰もが納得の優勝だよ……キョージン以外は。



「くっそーーー!! 俺たちの100万円がぁぁぁ!! やだやだやだーーーっ!!」



 駄々をこねまくるキョージンに、ロープ向こう側の女子の観覧者が引いていた。

 新規ファンを減らす妨害行為だけはやめてほしいので、素早く後ろから口を塞ぎ、ブースの内側へと引きずっていく。



「京村くん、本気でトップ狙ってたんだ……かわいいわね」



 他人事のように一ノ瀬先生が笑う。

 いやあなた顧問なんだから笑っていないで、バカが暴れるの止めるの手伝ってほしいんすけど……。

 仕方ない、あとはチートスキル持ちの拝慈にまかせよう。

 キョージンを押し付けると、拝慈は面倒そうに耳元で何かささやいて、即キョージンを無効化していた。



「みみみみみんな落ち着いて! ま、まだコラボ賞があるからねっ!」



 いや、おまえ佐々崎だわ。

 パリピッピが優勝すると予想していても、いざ自分らが呼ばれなかったら……動揺もするよなぁ。

 ステージの上で、トロフィーを受け取るパリピッピを見上げる。

 悔しくないのかと言われたら、……実はわりとおれも悔しい。

 でも、完全に実力不足を見せつけられてしまったから、素直に心からの祝福の拍手を彼らに送った。

 ただ、来年はこうはいかないつもりだ。



 大賞のあとはコラボ賞の発表だ。

 ノミネート10組中5組がコラボ賞に選ばれるため、会場のボルテージが一気に上がる。

 発表はまず一度に、誰のコラボ賞かということと、選ばれたチャンネル名が読み上げられる。その後、1組ずつ舞台に上がってコラボに選んでくれた審査員と軽くトークをする段取りになっている。

 発表の前に司会が会場をあおり、さらに盛り上げていく。



「ねえねえ、神……」



 明夢が隣に来て、ジャケットの袖を引っ張って来た。



BBDブルーバードで実況見てたんだけどぉ……」



 と、スマホ画面を掲げる。



「これって、神のお父さんのことだよね?」



 煌々こうこうと光る画面に映し出されたニュースの見出しに目が釘付けになった。



《占師・神多剛鬼さん緊急入院》



「なに、これ……」



 明夢からスマホを受け取り、リンクへと飛ぶ。

 町で歩いていたところ、軽自動車と接触。命には別状はない様子……って……。



「うわー! やったあああ!!」



 佐々崎が叫んだ。



「神多くん、神多くん! 僕、アイドルアイチューバーとコラボ決定だよぉお!! どぉしよー……ってなにこんなときにスマホ見てんの!? 褒めろよ! そして僕をあがめろぉ〜〜!」



 背中を叩かれるが、痛みを感じない。



「ちょっと、どうかしたの?」



 拝慈が後ろから顔を出す。



「父が、事故ったらしくて……」


「ええっ」



 拝慈の顔に困惑の色が浮かび、それきり口を閉ざした。

 自分で言葉にしてみても現実味があまりない。

 くそ、しっかりしないと。

 おにいはSNS見てないだろうし、おれが状況把握しないといけない。

 先に母さんに連絡……いや、仕事だからマネージャーさんが父さんと一緒にいるかもしれない。



「……ごめん、ちょっと外出てくる」



 発表は続き、会場はどんどん熱気が増す。

 興奮して前に詰め寄る人々をかき分け、自分だけ頭が冷えていく温度差を感じながら逆走した。

 ロープを乗り越えて一般ロビーに出ると、父のマネージャーさんに電話をかける。

 呼び出し音が鳴ることなくすぐさま相手とつながった。



『もしもし、いをりくんだよね?』



 男性の声でおれの名前がしっかりと呼ばれた。

 マネージャーの工藤さん……気のいい50代のおじさんの声。



「はい、ご無沙汰してます。今ニュースを見て……父はどうしているんですか?」



 ドアを閉めた向こう側でまた一段と大きな歓声が上がった。

 電話の声を聞き漏らさないように、おれはもう片方の耳を塞ぐ。



『ほんと不幸中の幸い! 足を捻っただけで、骨は平気よ! さすが先生は持ってるね〜』



 よ、良かった……。

 思っていた以上の明るい声に、不安な気持ちがほどける。



『ただ、イベントはさすがにキャンセルだなぁ』


「そうですか……」


『仕方ないよ。ファンもわかってくれるでしょう』



 ご近所にも意外にファンがいるんだと、今朝はにかんでいた父の姿が脳裏に浮かぶ。



『そういえばいをりくんって、催眠術してるんだよね? 今ってどこにいるの? もし時間があるなら、代わりにステージ出てみない?』


「え……」



 工藤さんは妙案だとばかりに声をワントーン高くした。



『イベントに穴を開けるくらいなら、運営さんも喜ぶんじゃないかな!? それともきみは、もうこういう小さなイベントには出られない感じなのかな?』


「い、いえそんなことないです……。というか全然素人なので……」


『あはは、そんなの関係ないよ! むしろ代わりをお願いするなら神多剛鬼かんだ ごうきの息子くらいじゃないと、ファンも納得しないんじゃない? ギャラも多くはないけど出るからさ。先生にも言っておくよ。ね、どうかな?』



 剛鬼の代わりを、おれが務める、だって……?

 受賞者の発表を待っているときよりも、手の平は湿っていた。

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