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すべてのチャンネル紹介も終わり、100万円の大賞者発表と授賞式が始まった。
ノミネートされた10組のグループは全員ステージの下に案内され、観客席とは別に設けられたブースから自分たちが呼ばれるのを祈るようにして待つ。
ステージの中央で司会が胸ポケットから便箋を取り出し、もったいぶるように中の紙をオーディエンスに見せつけた。
ざわめきが広がると満足気に、司会は手元の紙に目を落とす。
「それでは第一回、高校生アイチューバーコンテストを発表します! 大賞はぁ……」
息を飲んで彼の口元を見つめる。
ドラムロールの音が会場の緊張をいたずらにせきたてて。
「……パリピッピ!」
その名が呼ばれた瞬間、悲鳴のような叫び声と割れるような大歓声が湧き上がった。
スポットライトはステージ下で驚いている彼らを照らし出す。
観客席の中央から「せーのっ!」と女子の声がして、「パリピッピーーー!!」と、示し合わせたかのように会場のほぼ全員が叫んだ。
手を振りながら、パリピッピがステージへと小走りで駆けていく。
……すごい。ファンって、ここまで一体化するものなのか。
こんなん、誰もが納得の優勝だよ……キョージン以外は。
「くっそーーー!! 俺たちの100万円がぁぁぁ!! やだやだやだーーーっ!!」
駄々をこねまくるキョージンに、ロープ向こう側の女子の観覧者が引いていた。
新規ファンを減らす妨害行為だけはやめてほしいので、素早く後ろから口を塞ぎ、ブースの内側へと引きずっていく。
「京村くん、本気でトップ狙ってたんだ……かわいいわね」
他人事のように一ノ瀬先生が笑う。
いやあなた顧問なんだから笑っていないで、バカが暴れるの止めるの手伝ってほしいんすけど……。
仕方ない、あとはチートスキル持ちの拝慈にまかせよう。
キョージンを押し付けると、拝慈は面倒そうに耳元で何かささやいて、即キョージンを無効化していた。
「みみみみみんな落ち着いて! ま、まだコラボ賞があるからねっ!」
いや、おまえだわ。
パリピッピが優勝すると予想していても、いざ自分らが呼ばれなかったら……動揺もするよなぁ。
ステージの上で、トロフィーを受け取るパリピッピを見上げる。
悔しくないのかと言われたら、……実はわりとおれも悔しい。
でも、完全に実力不足を見せつけられてしまったから、素直に心からの祝福の拍手を彼らに送った。
ただ、来年はこうはいかないつもりだ。
大賞のあとはコラボ賞の発表だ。
ノミネート10組中5組がコラボ賞に選ばれるため、会場のボルテージが一気に上がる。
発表はまず一度に、誰のコラボ賞かということと、選ばれたチャンネル名が読み上げられる。その後、1組ずつ舞台に上がってコラボに選んでくれた審査員と軽くトークをする段取りになっている。
発表の前に司会が会場をあおり、さらに盛り上げていく。
「ねえねえ、神……」
明夢が隣に来て、ジャケットの袖を引っ張って来た。
「BBDで実況見てたんだけどぉ……」
と、スマホ画面を掲げる。
「これって、神のお父さんのことだよね?」
煌々と光る画面に映し出されたニュースの見出しに目が釘付けになった。
《占師・神多剛鬼さん緊急入院》
「なに、これ……」
明夢からスマホを受け取り、リンクへと飛ぶ。
町で歩いていたところ、軽自動車と接触。命には別状はない様子……って……。
「うわー! やったあああ!!」
佐々崎が叫んだ。
「神多くん、神多くん! 僕、アイドルアイチューバーとコラボ決定だよぉお!! どぉしよー……ってなにこんなときにスマホ見てんの!? 褒めろよ! そして僕を崇めろぉ〜〜!」
背中を叩かれるが、痛みを感じない。
「ちょっと、どうかしたの?」
拝慈が後ろから顔を出す。
「父が、事故ったらしくて……」
「ええっ」
拝慈の顔に困惑の色が浮かび、それきり口を閉ざした。
自分で言葉にしてみても現実味があまりない。
くそ、しっかりしないと。
お兄はSNS見てないだろうし、おれが状況把握しないといけない。
先に母さんに連絡……いや、仕事だからマネージャーさんが父さんと一緒にいるかもしれない。
「……ごめん、ちょっと外出てくる」
発表は続き、会場はどんどん熱気が増す。
興奮して前に詰め寄る人々をかき分け、自分だけ頭が冷えていく温度差を感じながら逆走した。
ロープを乗り越えて一般ロビーに出ると、父のマネージャーさんに電話をかける。
呼び出し音が鳴ることなくすぐさま相手とつながった。
『もしもし、いをりくんだよね?』
男性の声でおれの名前がしっかりと呼ばれた。
マネージャーの工藤さん……気のいい50代のおじさんの声。
「はい、ご無沙汰してます。今ニュースを見て……父はどうしているんですか?」
ドアを閉めた向こう側でまた一段と大きな歓声が上がった。
電話の声を聞き漏らさないように、おれはもう片方の耳を塞ぐ。
『ほんと不幸中の幸い! 足を捻っただけで、骨は平気よ! さすが先生は持ってるね〜』
よ、良かった……。
思っていた以上の明るい声に、不安な気持ちがほどける。
『ただ、イベントはさすがにキャンセルだなぁ』
「そうですか……」
『仕方ないよ。ファンもわかってくれるでしょう』
ご近所にも意外にファンがいるんだと、今朝はにかんでいた父の姿が脳裏に浮かぶ。
『そういえばいをりくんって、催眠術してるんだよね? 今ってどこにいるの? もし時間があるなら、代わりにステージ出てみない?』
「え……」
工藤さんは妙案だとばかりに声をワントーン高くした。
『イベントに穴を開けるくらいなら、運営さんも喜ぶんじゃないかな!? それともきみは、もうこういう小さなイベントには出られない感じなのかな?』
「い、いえそんなことないです……。というか全然素人なので……」
『あはは、そんなの関係ないよ! むしろ代わりをお願いするなら神多剛鬼の息子くらいじゃないと、ファンも納得しないんじゃない? ギャラも多くはないけど出るからさ。先生にも言っておくよ。ね、どうかな?』
剛鬼の代わりを、おれが務める、だって……?
受賞者の発表を待っているときよりも、手の平は湿っていた。
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