1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

17話・11

公開日時: 2021年5月15日(土) 11:11
文字数:1,944

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「おーい、やらないか諸君ー!」



 水着に黒いパーカを羽織った日葉が、2階席に顔を出した。

 最前列のおれたちを見つけて、大袈裟に手を振って上から階段を降りてくる。

 き、気まずい……。爆裂に気まずい。

 どきどきしながらキョージンの陰にそれとなく隠れる。



「にっちゃん〜〜〜〜〜!! うあああああん!!!」



 日葉は飛びつく明夢を受け止めて、頭を撫でた。



「あははー、泣かないでよーもぉ。ってか拝慈まで!?」


「っ、言わないでよ……」



 拝慈はハンカチで鼻を隠すように押さえて、日葉の肩に頭を預けた。

 みんなが次々に話しかけて日葉とまったく目が合わない。

 ……助かった。



「しかしどうして阿南氏は、アニメ最終回のような奇跡を手繰り寄せられたのですか?」



 不思議そうに腕組みをして、山下先輩が尋ねた。

 1着のタイムは54.12秒。

 2着の54.38秒と僅差だったが、先にゴールをしたのは日葉だった。

 山下先輩の隣で、佐々崎も何度もうなずく。



「そだよ日葉ちゃん。54.12秒なんてすごいって思うけど、練習でもいつも55秒台だったんでしょ? 1秒以上縮めるなんてヒロインがすぎるよ!?」


「えへへへ。実は直前にいをりくんと一緒にイメージ深めたりしたんだよ。あとおまじないが効いたかなぁ!」



 んぐ!

 日葉のあっけらかんとした言い方に、おれの肩がぴくりと跳ねる。

 き、気を抜いていたところにぶっ込まれた……。



「へー。おまじないなんて神頼みみたいなの、神ちゃんするんだー?」



 キョージンから興味津々という視線が刺さる。

 ち、こいついちいち目ざといな……。



「いやあ、それがねなんと! いをりくんの心音が、ちょーどあたしの欲しかったどんどこ系のビートだったんだよ!」


「「「はあ!?」」」



 全員が叫び、それから自然におれを注視した。

 いや……、なにそれ……?

 おれの方こそいろいろと「は?」なんだけど……。



「心音って一体おまえらなにし……」


「黙ろうか?」



 キョージンの口を手でふさぐ。

 ついでにしれっと鼻まで押さえつけといた。



「ん? みんなどしたのー? 鳩豆みたいな顔して」



 きょとん、じゃないよ。

 ハグは陽キャ的には日常行為かもしれんが、陰キャにとっては大フェスティバルなんですっ!



「でも良かった良かった! なんか高校に入ってタイムいまいちだったんだけど、中学では54秒台は全然練習で出してたクチだから、久しぶりにカンが戻ってきたーって感じ!」



 愛犬をかわいがるように明夢を撫でながら、日葉は愉快そうに笑っている。



「なに、そうだったの。へえー」



 一ノ瀬先生の興奮が、わかりやすくスッと冷めていた……。



「『“奇跡”って言葉は、起こるから存在るんだよ(キリッ)』って名言が爆誕してたけど」


「僕も聞いた! シビれたよね〜」



 いつの間にかおれの手から逃れたキョージンが笑いをかみ殺し、佐々崎がそれに乗っかる。おまえらまじでやめろ……!



「えーなにそれ超ウケる! みんな本当にありがとね!」



 超ウケると言われてショックを受けていると、日葉がおれを正面に見据えた。



「ねえいをりくん。あたし、自分の力で勝てて良かった。実力で勝てると気持ちいいね。もう絶対、自分の気持ちを曇らせることはしないんだよ」


「……おー」



 ……脱力。

 屈託のない彼女を見ていると落ち込んでるのが馬鹿らしく思えて、おれは背筋を伸ばして頭をかいた。



「うぅ。私も、絶対にコンテストに出たいっ! みんなで優勝もしたい!」



 涙を拭って拝慈が意気込む。

 拝慈ってこういうこと言うんだ。たまにかわいらしいところ出すよな。



「はっぴょー! 実は僕もアイチューバーコンテスト出ることにしたから〜」



 拝慈の宣言に乗っかるように、佐々崎が得意げに手を上げた。



「わぁ、さざききちゃんとライバルだ〜♡」


「ふふん。まだ登録者数1万に届いていない君たちなんて、ライバル以前だからねー。早く高みへ来な。キリッ!」


「お、さざきき氏のツンデレですな? 拙者はわりとアリだと思ってますが!」



 胸を張る佐々崎を、明夢と山下先輩が囲んだ。

 コンテストに出ないのかとは思っていたから、おれたちにとっては手強いライバルになるけど、あいつがやる気なのは正直にうれしいことだ。



「やったろうぜ、神ちゃん」


「おう」



 キョージンの首に腕を回したまま、もう片方の手でコツンと拳を合わせた。

 なんだよこれ……くすぐったすぎる。

 コンテスト出場はほとんど諦めていたけど、もがくだけもがいてみてもいいかもしれない。


 日葉がおれに微笑む。

 おれも頑張って、口角を上げて見せた。


 今までは失敗すると黒歴史化するから、本気になることなんて避けてた。

 でもカッコ悪い結果になったとしても、やらないかなら後悔以外の感情が生まれる気がする。

 それがどうしてかは、まだうまく言葉にできないんだけど。

 多分、ずっと後になってわかることのようにも思えたんだ。

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