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「おーい、やらないか諸君ー!」
水着に黒いパーカを羽織った日葉が、2階席に顔を出した。
最前列のおれたちを見つけて、大袈裟に手を振って上から階段を降りてくる。
き、気まずい……。爆裂に気まずい。
どきどきしながらキョージンの陰にそれとなく隠れる。
「にっちゃん〜〜〜〜〜!! うあああああん!!!」
日葉は飛びつく明夢を受け止めて、頭を撫でた。
「あははー、泣かないでよーもぉ。ってか拝慈まで!?」
「っ、言わないでよ……」
拝慈はハンカチで鼻を隠すように押さえて、日葉の肩に頭を預けた。
みんなが次々に話しかけて日葉とまったく目が合わない。
……助かった。
「しかしどうして阿南氏は、アニメ最終回のような奇跡を手繰り寄せられたのですか?」
不思議そうに腕組みをして、山下先輩が尋ねた。
1着のタイムは54.12秒。
2着の54.38秒と僅差だったが、先にゴールをしたのは日葉だった。
山下先輩の隣で、佐々崎も何度もうなずく。
「そだよ日葉ちゃん。54.12秒なんてすごいって思うけど、練習でもいつも55秒台だったんでしょ? 1秒以上縮めるなんてヒロインがすぎるよ!?」
「えへへへ。実は直前にいをりくんと一緒にイメージ深めたりしたんだよ。あとおまじないが効いたかなぁ!」
んぐ!
日葉のあっけらかんとした言い方に、おれの肩がぴくりと跳ねる。
き、気を抜いていたところにぶっ込まれた……。
「へー。おまじないなんて神頼みみたいなの、神ちゃんするんだー?」
キョージンから興味津々という視線が刺さる。
ち、こいついちいち目ざといな……。
「いやあ、それがねなんと! いをりくんの心音が、ちょーどあたしの欲しかったどんどこ系のビートだったんだよ!」
「「「はあ!?」」」
全員が叫び、それから自然におれを注視した。
いや……、なにそれ……?
おれの方こそいろいろと「は?」なんだけど……。
「心音って一体おまえらなにし……」
「黙ろうか?」
キョージンの口を手でふさぐ。
ついでにしれっと鼻まで押さえつけといた。
「ん? みんなどしたのー? 鳩豆みたいな顔して」
きょとん、じゃないよ。
ハグは陽キャ的には日常行為かもしれんが、陰キャにとっては大フェスティバルなんですっ!
「でも良かった良かった! なんか高校に入ってタイムいまいちだったんだけど、中学では54秒台は全然練習で出してたクチだから、久しぶりにカンが戻ってきたーって感じ!」
愛犬をかわいがるように明夢を撫でながら、日葉は愉快そうに笑っている。
「なに、そうだったの。へえー」
一ノ瀬先生の興奮が、わかりやすくスッと冷めていた……。
「『“奇跡”って言葉は、起こるから存在るんだよ(キリッ)』って名言が爆誕してたけど」
「僕も聞いた! シビれたよね〜」
いつの間にかおれの手から逃れたキョージンが笑いをかみ殺し、佐々崎がそれに乗っかる。おまえらまじでやめろ……!
「えーなにそれ超ウケる! みんな本当にありがとね!」
超ウケると言われてショックを受けていると、日葉がおれを正面に見据えた。
「ねえいをりくん。あたし、自分の力で勝てて良かった。実力で勝てると気持ちいいね。もう絶対、自分の気持ちを曇らせることはしないんだよ」
「……おー」
……脱力。
屈託のない彼女を見ていると落ち込んでるのが馬鹿らしく思えて、おれは背筋を伸ばして頭をかいた。
「うぅ。私も、絶対にコンテストに出たいっ! みんなで優勝もしたい!」
涙を拭って拝慈が意気込む。
拝慈ってこういうこと言うんだ。たまにかわいらしいところ出すよな。
「はっぴょー! 実は僕もアイチューバーコンテスト出ることにしたから〜」
拝慈の宣言に乗っかるように、佐々崎が得意げに手を上げた。
「わぁ、さざききちゃんとライバルだ〜♡」
「ふふん。まだ登録者数1万に届いていない君たちなんて、ライバル以前だからねー。早く高みへ来な。キリッ!」
「お、さざきき氏のツンデレですな? 拙者はわりとアリだと思ってますが!」
胸を張る佐々崎を、明夢と山下先輩が囲んだ。
コンテストに出ないのかとは思っていたから、おれたちにとっては手強いライバルになるけど、あいつがやる気なのは正直にうれしいことだ。
「やったろうぜ、神ちゃん」
「おう」
キョージンの首に腕を回したまま、もう片方の手でコツンと拳を合わせた。
なんだよこれ……くすぐったすぎる。
コンテスト出場はほとんど諦めていたけど、もがくだけもがいてみてもいいかもしれない。
日葉がおれに微笑む。
おれも頑張って、口角を上げて見せた。
今までは失敗すると黒歴史化するから、本気になることなんて避けてた。
でもカッコ悪い結果になったとしても、やらないかなら後悔以外の感情が生まれる気がする。
それがどうしてかは、まだうまく言葉にできないんだけど。
多分、ずっと後になってわかることのようにも思えたんだ。
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