柄の入った派手な青色のシャツに、茶髪から覗く金色のピアス。
香水の香りをほんのりと漂わせて、忍は忍のままの姿でそこに現れた。
「俺の女に手ぇ出さないでくれる?」
「はぁ? 突然来て彼氏ヅラすんじゃねぇよ」
ナンパ男は苛立って声を強めるが、忍が「邪魔だ」と彼の腕を背中へ捻り上げる。
「ガハッ」と男は痛みを吐き出し、喉の奥からか細い悲鳴を上げた。
「やめて」
京子は咄嗟にナンパ男を庇う。
「何でだよ。コイツ京子に手ぇ出そうとしたのに?」
「いいの?」と笑う冷たい目に佳祐が倒れたシーンがフィードバックしてきて、京子は小さく手を震わせた。
彼への拒否反応は、京子自身が一番驚いている。
「お願い、放してあげて」
「分かったよ」
突き放すような解放に、ナンパ男は前のめりにたたらを踏んだ。安堵と困惑のままに振り向いた顔は、逆に京子の身を案じているように見える。
「アンタ……」
「去れよ」
しかし忍の声にそこへ留まる事は出来ず、男は剥がれるようにその場を去った。
「忍さん……」
「もう大丈夫だよ」
途端に見せたやさしい笑顔に、京子は息を呑む。
半ば諦めていた気持ちに不意を突く再会を、嬉しいとは思えなかった。
しかもナンパ男から助けられるという、貸しを作る最悪のパターンだ。
「緊張してる? 気配漏れすぎ。隙ありすぎ。そんなんでキーダーとして戦えるの?」
「今日は……休みなんです」
「そんな事言って、俺の事探しに来たんじゃないの?」
「違います!」
嘘をつくのは苦手だ。ついムキになって空き缶を両手で握り締めると、忍は「あれ」と目を細めた。
「そのコーヒー、俺も好きだよ。京子も?」
「…………」
忍に貰ったことがきっかけで、このコーヒーを飲むようになった。
すぐに返事できない京子に、忍は以前のままの調子で話を続ける。
「あのナンパ男、30分前くらいから京子の事見てたよ。ずっと狙ってたんじゃない?」
「30分って……忍さんもそれ見てたって事ですか?」
「まぁね。どうなるのかなって興味あったから。彼じゃなくても目に留まるくらい隙だらけだったし」
「私……気付かなかった」
気配は敢えて抑えてはいなかったが、警戒はしていたつもりだ。ノーマルのナンパ男はともかく、忍の気配にも気付くことが出来なかった。
「思い詰める事ないよ。しょうがないって、俺が見つからないように頑張ってたし、ターゲットを京子に絞れば効果は上がるでしょ。けど本当に俺に会いに来た?」
「……違います」
京子は同じ返事を繰り返す。少なくても、そんな好意的な事じゃない。
「じゃあ他に誰か来るの待ってる? さっきの男じゃないけど、これだけ待たされてるとすっぽかされたって事じゃない?」
「──忍さんは、どうして私がここに居るって分かったんですか? 偶然じゃないですよね?」
「敵の俺にそれを聞く? 大胆だな」
忍はホルスの人間で、今は元能力者だという。けれど、ホルスが所有する『能力を戻す薬』を飲んでいるのだろう。
彼に関する事は未確定な情報が多い。だからこそ、借りを作ってでも聞かなければならない。
じっと睨む京子に、忍は「あはは」と軽快に笑った。
「壁に耳あり、障子に目ありって言うでしょ? そういう事だよ」
忍の他にホルスの人間が潜んでいるかもしれない──そう考えると、ここへ一人で来て正解だった。能力者が多ければ多い程、戦闘が起きる可能性は上がってしまう気がする。
「そんな気難しい顔してないでさ、もっと楽にすればいいよ。俺だって無差別に殺人をしようなんて鬼畜じゃないんだから」
「…………」
「またまたぁ、嘘ついてるだろって目で見るなよ。京子だって誰か他に仲間が来てるよね?」
「えっ」
確信を持った言葉に動揺してしまう。
田中の事まで気付かれていたのだろうか──ハッと振り返ったが風景に変化はない。ホッと顔を戻すと、忍の人差し指が京子の額を真っすぐに突いた。
「顔に出過ぎ。それって、いるって事だろ?」
「────」
図られた──そう自覚した瞬間、意識が乱れる。
構えをとる寸前で、忍の手が京子の腕を掴んだ。
突き上がるように広がった忍の気配は、空間隔離発動の合図だ。
「薬……飲んでますよね?」
「ちょっとだけね」
忍は笑った。
京子は右手を上げる。そうしたら本部へ連絡して欲しいという、田中と決めたサインだ。
けれどそれが田中へ届いたか分からないまま、京子は別空間へと引きずり込まれた。
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