まるで暴走が起きたかと思う衝撃に、桃也は慌てて手を伸ばした。
忍が屋上の床に力を撃ち込み、弾け飛んだ床板が粉々になって下の階へ落ちていく。
舞い上がる粉塵がゆっくりと晴れて、屋上に直径10メートルほどの穴が露出した。幸運にもその縁を掴むことが出来たが、亀裂の入ったコンクリートはいつ崩れてもおかしくない。
宙を掻く足の先は暗闇に包まれていて、瓦礫が底を鳴らす音はだいぶ遠かった。
「どうすれば……」
「どうすればいいだろうね」
独り言を言ったつもりが、頭上から耳障りな声が降って来る。ぼんやり明るかった視界を遮る忍を、桃也は目の動きだけで睨みつけた。
「何だよ、その眼は。もっと派手にやれば良かったって思うだろ?」
桃也は両手の力だけで崖にぶら下がっている状態だ。手の感覚が少しずつ麻痺していて、無駄な会話をしている余裕はない。
忍は疲労の一つも見せず、ニヤニヤと仁王立ちで見下してきた。
「良い眺めだね」
「……邪魔なんだよ」
穴のきわに立つ忍の重みで、手元がギシリと軋む。
生きた心地がしなかった。額を伝った汗が目に染みる。
このまま見捨ててどこかへ行ってしまえと思うのに、忍は事もあろうかドンドンと床を蹴り、その足で桃也の右手を強く踏みつけた。
「が……」
さっき死体を踏みつけた足だ。
悲鳴を上げる桃也の手を、今度は床に擦り付ける。「ねぇ」とその場にしゃがみこんだ忍に、手元のコンクリートがパラパラと砂状に舞った。
「俺がどうしてキーダーとの戦いにこの日を選んだか分かる?」
すぐそこに迫る気配と香水の匂いに吐き気がする。
忍は悠長な口ぶりでそんな質問をした。
「……はぁ?」
「気付かないの? 今日がいつだと思ってるんだよ」
「10月7日じゃねぇのかよ」
「違うよ。さっき日付が変わったから、もう10月8日だ」
その数字に意味があったというのか。
ホルスからのFAXで10月7日という数字を見た時、桃也は何も感じなかった。
けれど。
「お前──まさか、わざとなのか──?」
「人聞きの悪い言い方するなよ。俺はただ、意味のある日の方がいいだろうと思っただけだ」
「───」
「今日は君の誕生日だろ?」
にっこりと笑った忍の口元が、「サヨナラ」と動く。
桃也の右手を放れた足がダンとその横を強く打ち鳴らして、忍の身体がひらりと宙に舞い上がった。一度の跳躍で屋上の端へと移動してしまう。
彼が飛び上がった反動で、割れた床を掴む桃也の手元が大きな音を立てた。
叫ぶ暇など与えてはくれず、身体が奈落の底へと引き込まれようとしていた。
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