スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

324 タイマーの音

公開日時: 2024年12月27日(金) 09:35
文字数:1,408

 しのぶが戦場だと指定したショッピングモールの廃墟は3階建てて、端から端まで約300メートルある。ただ、その右半分はバーサーカーたちの戦いで破壊され、瓦礫がれきの山と化していた。


 一言も交わすことなく建物へ踏み込んで、忍がようやく足を止めたのは吹き抜けになった一階広場の中央だ。長いエスカレーターが上階へと伸びている。


「タイムリミットは10分──準備は良いかい?」

「あぁ、構わないぜ」


 スマホを掲げた忍に習って、桃也もタイマーをセットした。

 「行くよ」という合図で、スタートボタンを同時に押す。


 『ちょっと手合わせ』なんて余裕は一ミリもない。画面に指が触れたタイミングで、忍の気配が増すのが分かった。

 桃也は慌ててスマホをしまい、両手で生成した光の玉を忍目掛けて撃ち込んでいく。


「単純。けど、パワーはあるな」

「いちいちうるせぇよ」

 

 忍は右手を横へ伸ばし、ぐるりと回した腕で光を絡め取った。ボール競技宜しく頭上へ掲げ、余裕顔で跳ね返してくる。

 桃也は趙馬刀ちょうばとうを構え、空中で光を切り刻んだ。その状況を「スイカ割り」だと揶揄やゆされて、チッと舌打ちする。勢いのまま切りかかった刃に、忍も光を伸ばして対抗した。


 廃墟全体が戦場だと言われたが、一対一の戦いに広さなど要らなかった。10分という限られた時間で走り回れば、移動にその殆どを持っていかれてしまう。

 ここで忍に勝てる確率は低いだろうが、自分が死ぬことだけは避けたい。敵を見失わないように──目的をそこに絞ると、心に少し余裕ができた。


 15歳で能力に目覚め、キーダーになりたいと思った。『大晦日の白雪しらゆき』を起こして諦めかけた事もあったが、銀環ぎんかんをはめる事を選んだ。

 訓練に費やした時間は他のキーダーと並べられるものではないし、失ったものの代償は大きい。


「だから、俺は負ける訳に行かねぇんだよ」

「だからって何だよ。やる気なのは結構だけど、一応言っておくけど──」

「はぁ?」

「俺は銀環なんてしてないから、君みたいに無意識の暴走を起こ事があるかもしれない。覚悟してよ?」

「────」


 忍は暴走を起こすことに何の後ろめたさも感じていない。

 叩き合う刃がギンと弾いて、逆立った桃也の髪の先端にを描く。ハラリと舞い落ちる毛に「くそ」とかがんで、桃也は地面に付いた左手をじくに下半身を狙って足を伸ばした。

 忍はタンと横へ逃げ、通路へ向かって駆け出していく。


「これが35点の実力かよ」


 タイムリミットはあと6分。10分なんてあっという間だ。

 止まったエスカレーターを駆け上がる忍を必死に追いかけていく。

 3階からバックヤードへ。誘導されているのは分かっている。いつでも逃げられるように、退路を確認しながら階段を上った。


 屋上への鉄扉が開き、暗い空が広がった。

 あおられた風に白い息を吐いて、桃也は待ち構えた忍に迫る。

 地上はまだ戦いが続いている。屋上にホルスの仲間が潜んでいる事も想定していたが、人の気配は感じられない。


「そろそろ時間じゃねぇの?」

「そうだね。だから、ひとまずここで終わりにしよう」


 地面を足でトントンと2回鳴らした忍の口元に笑みが宿ったのを見逃さなかった。

 奇妙に見えた光景に「何だ?」と桃也が構えると、忍はふいと目を逸らして生成した光を地面に叩きつけたのだ。


「キーダーになるって事は、いい子になる事だよね。俺はつくづくそう思うよ」


 ダンと足が跳ね上がる衝撃に、屋上の床が下階へと崩れ落ちる。

 爆音が鳴り、同時に響いたタイマー音をかき消した。





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