忍が戦場だと指定したショッピングモールの廃墟は3階建てて、端から端まで約300メートルある。ただ、その右半分はバーサーカーたちの戦いで破壊され、瓦礫の山と化していた。
一言も交わすことなく建物へ踏み込んで、忍がようやく足を止めたのは吹き抜けになった一階広場の中央だ。長いエスカレーターが上階へと伸びている。
「タイムリミットは10分──準備は良いかい?」
「あぁ、構わないぜ」
スマホを掲げた忍に習って、桃也もタイマーをセットした。
「行くよ」という合図で、スタートボタンを同時に押す。
『ちょっと手合わせ』なんて余裕は一ミリもない。画面に指が触れたタイミングで、忍の気配が増すのが分かった。
桃也は慌ててスマホをしまい、両手で生成した光の玉を忍目掛けて撃ち込んでいく。
「単純。けど、パワーはあるな」
「いちいちうるせぇよ」
忍は右手を横へ伸ばし、ぐるりと回した腕で光を絡め取った。ボール競技宜しく頭上へ掲げ、余裕顔で跳ね返してくる。
桃也は趙馬刀を構え、空中で光を切り刻んだ。その状況を「スイカ割り」だと揶揄されて、チッと舌打ちする。勢いのまま切りかかった刃に、忍も光を伸ばして対抗した。
廃墟全体が戦場だと言われたが、一対一の戦いに広さなど要らなかった。10分という限られた時間で走り回れば、移動にその殆どを持っていかれてしまう。
ここで忍に勝てる確率は低いだろうが、自分が死ぬことだけは避けたい。敵を見失わないように──目的をそこに絞ると、心に少し余裕ができた。
15歳で能力に目覚め、キーダーになりたいと思った。『大晦日の白雪』を起こして諦めかけた事もあったが、銀環をはめる事を選んだ。
訓練に費やした時間は他のキーダーと並べられるものではないし、失ったものの代償は大きい。
「だから、俺は負ける訳に行かねぇんだよ」
「だからって何だよ。やる気なのは結構だけど、一応言っておくけど──」
「はぁ?」
「俺は銀環なんてしてないから、君みたいに無意識の暴走を起こ事があるかもしれない。覚悟してよ?」
「────」
忍は暴走を起こすことに何の後ろめたさも感じていない。
叩き合う刃がギンと弾いて、逆立った桃也の髪の先端に弧を描く。ハラリと舞い落ちる毛に「くそ」と屈んで、桃也は地面に付いた左手を軸に下半身を狙って足を伸ばした。
忍はタンと横へ逃げ、通路へ向かって駆け出していく。
「これが35点の実力かよ」
タイムリミットはあと6分。10分なんてあっという間だ。
止まったエスカレーターを駆け上がる忍を必死に追いかけていく。
3階からバックヤードへ。誘導されているのは分かっている。いつでも逃げられるように、退路を確認しながら階段を上った。
屋上への鉄扉が開き、暗い空が広がった。
煽られた風に白い息を吐いて、桃也は待ち構えた忍に迫る。
地上はまだ戦いが続いている。屋上にホルスの仲間が潜んでいる事も想定していたが、人の気配は感じられない。
「そろそろ時間じゃねぇの?」
「そうだね。だから、ひとまずここで終わりにしよう」
地面を足でトントンと2回鳴らした忍の口元に笑みが宿ったのを見逃さなかった。
奇妙に見えた光景に「何だ?」と桃也が構えると、忍はふいと目を逸らして生成した光を地面に叩きつけたのだ。
「キーダーになるって事は、いい子になる事だよね。俺はつくづくそう思うよ」
ダンと足が跳ね上がる衝撃に、屋上の床が下階へと崩れ落ちる。
爆音が鳴り、同時に響いたタイマー音をかき消した。
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