「はい、目閉じないでね。顎引いて」
青色の小さなコンパクトデジカメを構える綾斗に、龍之介は緊張を走らせる。
灰色のスクリーンの前に置かれた丸椅子に浅く腰かけて、背中をぐいと伸ばした。
アルガス一階の端にある、小さな部屋だ。
部屋の奥にも扉があって『現像室』というプレートがはめ込まれているが、今は殆ど使われていないらしい。デジタルへと移行した時代の置き土産だ。
カシャリと軽い音がして、連続で三枚ほど撮ると撮影は呆気なく終了した。
「それじゃ、次は私ね。綺麗に撮ってくれる?」
「朱羽さんは元々奇麗だから心配いりませんよ」
綾斗のセリフが若干棒読みだが、朱羽は満足そうな顔で前髪を右へ左へと指で手直しする。
「十年も使う写真なんだから、よろしくね」
「……そうですね」
綾斗の返事が少しだけ遅れる。朱羽は何か言いたげに彼を見上げたが、撮影の合図が掛けられて慌てて元の表情を作った。彼女は十枚ほど撮影しただろうか。
本来なら10年毎の更新らしいが、カードの仕様変更とやらで時期が早まったらしい。
「納得できないって後から言われても困りますからね。もう少し撮りますよ」
「私、そんなこと言うように見える?」
「見えません。けど京子さんの時撮り直ししたんで、俺だって慎重なんです」
綾斗のストレートな言葉に、朱羽は「そういうこと」と納得の様子だ。
「龍之介くんの分もできたら、朱羽さんの事務所に届けさせるから。それを見せれば、キーダー同伴でアルガスに入れるようになるよ。中での制限も減るから」
「はい、ありがとうございます」
龍之介は頭を下げる。
撮影が終わり早々に椅子を立とうとする朱羽を、綾斗が「待って下さい」と呼び止めた。
「朱羽さんは上に行って下さいね。お三方がお待ちかねですよ」
「また私を帰してくれないつもり?」
不機嫌さ全開で朱羽は「もぉ」と拗ねる。
「話が終われば帰って貰って結構ですから。ちゃんと事務所まで送りますよ」
「上で何かあるんですか?」
「偉いオジサンたちに定期報告ってところかしら。雑談が多くて面倒なのよ」
朱羽が早く帰りたがっているのはよく分かるのに、龍之介にはどうすることもできない。
「来た時くらい相手してあげて下さい。たまにここへ来るのも嫌なら、住み込んでもらっても構わないんですよ? 朱羽さんの部屋はちゃんとあるんですからね」
「分かってるわよ。じゃあ龍之介は二階に食堂があるからそこで待っててもらえる?」
大きく溜息をこぼして「嫌になっちゃう」とボヤく朱羽に、龍之介は「分かりました」と頷いた。
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