「彰人、こっちよ! 修司くんも居るわ」
律と頷き合って、修司は繋いでいた手を解いた。
彼女の右手が頭上に振り上げられると、声の方向に黒い影が動く。
彼が動かすライトの光でお互いを確認し、律が「戻ろっか」と立ち上がった。
「咲かなかったわね」
安堵しながら空を見る律に、駆け付けた彰人が「そうですね」と変わらない笑顔を浮かべる。
「咲く? 花、じゃないですよね? 花火とも……」
「キーダーはヘリからパラシュートで降りてくる時があるのよ。それが花みたいだって」
「そんなことするんですか?」
「体張るのはお互い様って事かしら。キーダーの行動パターンは大体決まってるから、今度、私が教えてあげる」
律が通常モードのふわりとした表情に戻った。こんな彼女になら躊躇いなく付いて行ってもいいかなと思ってしまう。
「はい」と返事して、修司は歩き出す二人の後ろを追い掛けた。
「さっきの気配に気付かれた──いや、それだとヘリの登場が早すぎますね。どこかで見張られていたのかも。あれで諦めたのは、降りるリスクを考えてってことでしょうか」
「そうね、修司くんの力を警戒したのかも」
彰人なりの解釈に、律が同意する。
「俺の力なんて、そんな……」
「謙遜しないの。自信もって」
「けど、ここに降りることで向こうにもリスクがあるんですか?」
「念動力があればパラシュートなんて格好の的だし、僕等三人ならあのヘリの羽を止めることだって可能ってことだよ」
冷たい瞳ではにかむ彰人の表情に、墜落するヘリコプターのビジョンが重なった。
ざわりと身震いする修司に「大丈夫」と声を掛けて、律が彰人を宥める。
「駄目よ?」
「やりませんよ。今はそんな事をする時じゃないですからね」
冗談の顔に見えない。彼はキーダーと戦う事に恐怖はないのだろうか――そう考えた途端、修司の頭に一つの推測がよぎった。
彰人は、もしや――ホルスなのでは?
キーダーを敵視するというホルスの数少ない情報に彰人を当てはめると、否定する要素など何も考えられなくなってしまう。
彰人は強い。戦う事にもきっと慣れているだろう。
彼は自分の事を放浪者だと言っていたそうだ。実態の知れぬ人間こそ、そうなのではないだろうか。
「ねぇ。修司くんは、キーダーの武器を知ってる? 光も念動力もそうだけど、基本的にあの人たちは刀で戦うのよ」
「刀ですか?」
もやもやとした懸念を掻き消す新情報に、修司は目を丸くした。
ヘリから飛び降りることもだが、情報の疎さを思い知らされる。
律が「こんな感じ?」と誰も居ない方向へ手を伸ばし、光を生み出す。
『刀』とは言うが、実際鉄の刃が出てくるわけではなく、白い光がそれらしく太刀の形を形成しているだけだ。切っ先までピンと伸びた刃を確認したのも束の間、光は呆気なく闇に飲まれてしまう。
「私にはこれが限界だわ。戦えるレベルの刃を均一に保っていなきゃならないなんて、私には無理。その点キーダーは趙馬刀っていう柄を持ってて、力をコントロールしてくれるの。思いのままに刃を付けて物理的に戦う事ができるのよ」
つまり、その趙馬刀とやらがあれば、簡単に刀を作り出せるという事らしい。
「便利なものがあるんですね。光って、球にして撃つだけじゃないんだ」
「アルガスの技術者はレベルが違うんだよ」
「確かにそれは認めるけど、道具に頼りっ放しってどうなのかしら。反則じゃない? 道具は使うし、ヘリで移動するし。私も彰人を見習って、もっと強くならなきゃ」
律が恨めしそうな視線を彰人に向けながら、小さく拗ねてみせる。
「彰人さんて、やっぱり凄く強いんですね」
「そうなのよ、びっくりしたんだから。彰人は、そのまま――」
言い切るのを待たずに、パッと光が湧いた。
彰人の手に白く長い太刀が握られている。律が見せてくれたものと似ているが、少々時間をおいてもその光が絶えることはなかった。
「まぁ、僕もこれで戦うのは苦手です」
そう言いつつ、彰人は腰の前で刃を構えて見せた。
「できないわよ、こんなの」
「律は不器用なだけですよ。ちゃんと訓練すれば、岩くらい平気で切れるようになります」
修司はただただ称賛するばかりだ。彼が例え『ホルス』の一員であってもバスクであることに変わりはないのに、自分とは次元が違いすぎて嘆く言葉すら出て来なかった。
「あれ、そういえば」と彰人が自分の左手首を確認した。そこに巻かれていたものは、一見銀環を思わせる、シンプルな銀色の腕時計だ。
「律、九時過ぎてますよ」
「ええっ」と慌てた律の声と同時に、白い光の太刀が消えて闇が戻る。
修司には状況がさっぱり分からなかったが、山での訓練はそこでブツリと終了してしまった。
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