食堂に桃也の姿はなかった。
マダムと目が合って、修司は逸る気持ちを抑えながらカツカレーを受け取る。颯太に会えるチャンスだというのに、頭が彰人でいっぱいになってしまった。
足早に地下へ下りると、細い廊下の奥に護兵の見張る部屋があった。
「お疲れ様です」と敬礼され、修司もまだ慣れぬ挨拶に同じ言葉を返す。開かれたドアの奥へ踏み込むと、テーブルで読書中の颯太が「よぉ」と修司を迎えた。
「思わぬヤツが来るもんだな」
「今日は忙しくて人手不足なんだって」
「ほぉ。いつもはフリフリエプロンのお姉さんだけど、お前が来るのは嬉しいもんだな」
普段と変わらぬ表情にホッとしつつ、修司は夕飯のトレーをテーブルの中央に乗せた。
颯太の希望かマダムの計らいかは分からないが、ほうじ茶の他に炭酸水が添えられている。
修司はここを牢屋のような部屋だろうと想像していたが、自室として与えられた二階の部屋とそう変わりはなかった。むしろベッドがある分こちらの方が居心地良さげに感じてしまう。
地下であるが故風景は見えないが、明るい照明のせいか閉塞感は薄い。
「普通の部屋なんだね」
「鉄格子とか想像してたんだろ。解放前の俺が居た頃も、監獄なんて言われちゃいたが大して変わりなかったぜ。悪魔みたいに呼ばれたキーダーでも、一応人間として見てはくれてたんだな。けど、ここから出れない苦痛は当事者じゃないと分からねぇよ」
颯太は「いただきます」と手を合わる。よほど空腹だったのか、みるみるうちに半分までなくなり、「そういえば」と手を休めた。
「上が人手不足になる程忙しいって、何があった?」
「詳細は聞いてないけど、キーダーは俺ともう一人以外みんな出てるらしいよ」
「そうなのか?」と眉をひそめて、颯太は腕を組んだ。
「悪い予感しかしねぇな。キーダーが束で動くなんてのは、なかなかない事だぜ?」
美弦の無事を気にしつつ、修司は彰人の話題をぶつける。
「ねぇ伯父さん。この間の夜駅で会った時、俺と一緒だった男の人が居ただろ? あの人が実はキーダーらしいんだよね。遠山彰人さんって言うんだけど」
「あぁ、綺麗な兄ちゃんか? じゃあ、あの女のトコに居たのは潜入捜査だったのか」
そうだ。彰人はあの日の行動を「仕事だから」と零したのだ。
「でも、銀環はしてなかったよな?」
「そうなんだけど、銀環ってこの形だけじゃないらしいんだ」
颯太も彰人の手首はチェックしていたようだ。
修司は自分の銀環を見せて、桃也の言っていたことを説明する。
「何だそりゃ。藤田さんの仕業か──って、まだいる訳ねぇよな」
「藤田さんって、前に伯父さんが話してた人だよね?」
颯太が過去の話をした時、技術部の天才だと言っていた人だ。趙馬刀や銀環の制作に関わっているらしい。
「そうだ。アルガスの技術部は昔から変なのが多いって専らの噂だ。現役の奴等もそうなんだろうよ」
そしてぐるりと首を捻った所で、颯太は「ああああっ!」と突然声を上げた。
「あの顔、まさか……」
颯太の記憶がアルガス解放まで遡ったところで、とある人物の顔が彰人の顔と一致する。
掘り起こされた颯太の過去が告げられて、修司は勢いのままに立ち上がった。
「ごめん伯父さん、俺、行ってくるから」
駆け出す修司を「おい」と颯太が引き留める。
「ちょっと待て。お前今日、学校の進学説明会だったろ。行けなくて悪かったな」
突然の謝罪に、修司は「気にしないで」と首を振った。
「そう思ってもらえるだけで大分嬉しいから。それと――」
普段見せない面食らった表情の颯太に、修司は急ぐ気持ちを抑えて向き合った。
「俺、キーダーになってもいいかな?」
反対される覚悟はしていたが、颯太は諦め顔を見せつつ「しゃあねぇな」と笑う。
「お前、何か楽しそうじゃねぇか。けど、俺より先には絶対に死ぬなよ? それが条件だからな」
颯太は「約束だぞ」と笑って、銀環の付いた拳を修司の肩に突き当てた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!