ホルスの提示した10月7日まで残り9時間を切った。
戦いの時が迫って、各々がコンディションを整えて行く。今もがいた所で体力を削ぐだけだと分かってはいるのに、じっと休んでなどいられなかった。
「ちょっとだけ」とホールへ行くと、久志の順番待ちをする綾斗が一人で調整を続けていた。
「お疲れ様」と声を掛けると、彼は伸ばしていた趙馬刀の刃を消して構えを解く。ホールに満ちた能力の気配が、スゥと薄まったのが分かった。
「お疲れ。もう終わったんだ。力が解放されてどんな気分?」
「実感は沸かないかな。気持ち悪くなるかもって言われてるけど、大丈夫みたい」
「なら良いけど、無茶しないように」
「ありがと」
ついさっきも久志から無理するなと言われたばかりだ。それなのに『もう少し』が重なってここへ来てしまった。
「綾斗は緊張してる?」
「それゃあね」
「だよね。体力温存って言われても、普段動いてる時間にじっとなんてできないよ」
「俺もおんなじ」
京子はクールダウンする綾斗の横で、軽くストレッチをする。
先の事を考えれば考える程、つい身体が動いてしまう。訓練は積み上げて来たし、実戦も経験しているつもりだが、数で言えば乏しさは否めない。
「全然足りない顔してる」
「なら綾斗が相手してくれる?」
「いいよ。俺も相手が欲しいと思ってたとこ。けど、その前にちょっといい?」
「ん?」
綾斗が握り締めていた趙馬刀の柄を、京子の前に差し出した。
「京子のと交換して欲しいなと思って」
「私の? 綾斗の趙馬刀、調子悪いの?」
「そうじゃないよ。気合入れる感じかな」
ジンクスのようなものだろうか。彼がそんなものに関心があるとは初耳だが、占い好きの美弦の入れ知恵かもしれない。
嬉しいと思う反面、自分以外の趙馬刀で戦うなど経験がなく、少々戸惑ってしまう。
「けど、自分のじゃなくても平気なのかな?」
「元々は同じものだから、問題ない筈だよ。使う人間の能力に合わせて刃が生成される仕組みだからね」
京子は「そっか」と受け取って、腰から抜いたもう一本を顔の前に並べた。馬の頭の形をした柄は手彫りだと言うが、殆ど変わりはない。ただそれぞれに細かい傷がついていて、どちらかの区別はついた。
京子は自分のものを綾斗に渡し、彼の趙馬刀を背中の方向へ構える。体温の感触が残る柄は、普段と変わらず手に馴染んだ。
試しに力を加えると、いつもより少し大きめの刃が現れる。久志の所へ行った効果だろうか。
「出力が上がってる」
「いいね。じゃあ俺はこっちを使わせてもらうね」
ふと、彼が何か隠してるような気がした。ただの直感だけれど、それが悪い事に繋がるとは思えない。
聞いてみようかと思って首を傾げてみたものの、惚けているのかいつも通りなのか、綾斗は「ありがと」と笑顔を見せるばかりだ。
「分かった。私もこれが綾斗だと思って戦うよ」
綾斗は「どこかに置いてこないように」と笑って、京子の趙馬刀に刃を付けて見せた。彼の生成する刃はストレートではなく大きく弧を描いている。
「じゃあ、軽く手合わせしてみる?」
「うん、軽くね」
そこから少しアップして、京子は綾斗と打ち合いを始めた。
『軽く』やるはずだった。けれど、それが本気モードへ変わる事なんて最初から幾らでも予想できた。
久志に銀環の抑制を外された京子を相手に、綾斗も出力を増す。
遊びの範疇で戦うなんて、お互いに出来るわけがなかった。
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