建物の周りに並ぶ街灯の明かりは、ほんの数メートル先までしか届かない。
4つのポイントで示された戦闘範囲の内側は、その殆どが闇に包まれていた。
能力による力の発動は、闇に青白い軌跡を残す。さっきからずっと激しい光を飛ばしているのは修司だろう。
彰人は光と気配でそれぞれの位置を確認しながら駅の方角へ向かった。
途中に手付かずの状態で残る小さな公園があり、通路で区切られた芝生の前にベンチが並んでいる。木々も多めで遮蔽物の多いエリアだ。
ここへ来るまで3人の男に襲われた。殺してはいないが、暫く動けないだろう。
ようやく一人になれたと思ったが、近くに二つの気配がうろついている。数だけはやたら多く、敵は戦闘の手を休ませてはくれなかった。
「雑魚だけどね」
向こうはこちらに気付いていないらしく、彰人は様子を見ながら電話を掛ける。相手は諜報員の田中だ。
コールなしで返事が聞こえた。
『彰人さん』
「うん。そこに居る?」
『はい。駅の二階で待機してます。始まりましたね』
ホルスとの戦闘に伴い、駅に閉鎖の指示を出したのは1時間ほど前だ。田中の報告だと既に避難は済んでいるらしく、彰人は早口で用件を伝えた。
「今言ったルールで桃也が条件を飲んだから。二陣の大舎卿たちも含めて、情報共有を頼むよ」
『了解しました』
返事を聞いて、彰人が先に通話をオフにした。
電話の声でさっきの気配主がこちらに気付いたらしい。すぐ側に来たのが分かって、彰人は迎えるようにその方向へ足を向けた。
お互いのシルエットが見えた所で、若い男女が「ひゃあ」と驚く。
「アンタ、キーダーなのか!?」
遠い明かりがぼんやりと顔を映し出す。寄り添うように現れた二人は恋人同士だろうか。
秋だというのに白Tシャツ姿の男が、制服姿の彰人を疑うような目つきで見上げて行く。
「一応ね」と答えると、男は何処かホッとしたように強張っていた顔を緩めた。
「その割にはアンタから気配ってのを感じねぇな。さっき向こうで見たヤツは異常だったぜ? キーダーにも能力の差ってのがあるのか?」
「まぁ、人それぞれだよね」
男は感じたままの状況に安堵して、指先に灯した小さな光を彰人へ掲げる。その顔が露になった途端、同行の女が「きゃあ」とテンションを上げた。
「ちょっとカッコイイ。お兄さん、めっちゃイケメン!」
「はぁ?」
彼女の態度に、男は動揺を隠せない。彰人は「そりゃどうも」と微笑んだ。
女は目をぱあっと見開いて、男を掴んでいた手を強引に引き剥がす。
「私、お兄さんに付いて行っても良いよ?」
二人は恋人同士ではなかったのだろうか。
急な裏切りに男は怪訝な顔を刻んだ。
「俺を捨てて敵に寝返んのかよ」
「捨てるも何も、アンタなんか好みじゃないのよ。強そうだったからボディーガードに良いと思って一緒に居てやっただけ。勘違いしないで」
「はぁ?」
「私やっぱりお兄さんの事守ってあげる」
女はトンと前に出て、彰人を背中に庇った。強めた気配の量は、男のそれに勝っている。どうやら口だけではないようだ。
「や、やんのかよ」
「アンタがやるならね。かかってきなさい?」
「マジかよ……」
男は怒りの矛先を彼女に向けきれずにいる。
このまま二人を見ているのも一興だと思いつつ、彰人は「そんな事しなくて良いよ」と女に声を掛けた。
「仲間撃ちなんてしなくていいし、君に守られるほど僕は弱くないから」
長年能力者をやっているなら、能力の気配は息をするのと同じレベルで消すことが出来る。
少しずつその枷を解いてみせると、二人の表情がみるみると青ざめて行くのが分かった。
ただ、これでも最大値の半分にも満たない。
明らかな能力の差に、二人は全身を震わせる。
「僕たちはこうやって生きてるんだよ。まぁ例外もいるけどね。今日能力を得たばかりの君たちが、自分の実力を判断できるのは、それなりに才能があるって事だと思うよ」
「が……が……」
しかし男は意思を言葉にする事すらできなかった。
「戦わなくて良いから、暫く眠ってて」
そう言って彰人は、二人へ向けて細い光の筋を飛ばした。
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