ホワイトアウトした視界から、綾斗が空間隔離の壁を破って観覧車の中に飛び込んで来た。
止まっていた空気が動き出す。外から入り込んだ夜の風は冷たかった。
綾斗が「良かったぁ」と安堵のままに京子を抱き締め、軽くキスをする。
「京子は1人なの? あの男は?」
「居ないよ。私だけ閉じ込められたみたい。みんなは無事なの?」
「急いで来たから分からないけど、報告は貰ってないよ。とりあえず俺たちも一度テントへ戻ろう?」
綾斗が一度扉を閉めて、下りのルートを確認する。
さっきまで隔離壁に閉ざされていた視界が急に晴れて、戦闘音や光の飛び交う様子が良く見えた。
「私がここに居るって良く分かったね。さっき強い気配を感じたけど、あれって綾斗だよね?」
バーサーカーだと公表してからの綾斗には、訓練の度に驚かされていた。昔とはまるで別人のような気配に、正直まだ感覚が慣れていない。
「ここへ来たらもう隠す必要ないからね。まさか隔離された範囲が観覧車のゴンドラ一台分とは思わなかったけど、無事で良かった」
「うん、ありがとう。綾斗は出動命令が出てこっちに来たの?」
「そうだよ。京子が居ないからって、桃也さんから連絡が来たんだ」
「桃也が──」
桃也が綾斗を苦手なのは何となく分かる。その理由が自分だろうというのも想像できる。
そこを敢えて綾斗に頭を下げたというのなら、空間隔離を張った忍の力は京子が考えているよりも相当なものかもしれない。
じっと黙る京子に、綾斗が「何考えてる?」と軽い嫉妬心を見せる。
「忍さんは怖いなと思って」
特に深く考えずにそのままを伝えると、綾斗は「そっち?」と苦笑いを浮かべた。
「だって」と答えた返事が、綾斗の本音を垣間見て小さく萎んでしまう。
忍ときちんと戦った事はないが、今こうして生きている事が彼の恩情で成り立っているのかと思うと急に怖くなってしまう。
京子はぎゅっと綾斗の片腕を握り締めた。
「あの男に油断してた?」
「してた」
忍を冷酷だと思う気持ちの真横に、優しい人かもしれないという小さな期待が寄り添っていたのは事実だ。
「だったら次は単独で接触しない事。キーダーだからやらなきゃいけない事もあるけど、こうなる事も見越して周りも頼って。俺が心配するから」
急に迫った綾斗の顔に、京子は「ごめん」と頭を下げる。
「無事だったからいいよ」
綾斗は向かいの椅子に腰を下ろし、京子が左手に握り締めた趙馬刀を指差した。
「それ実は仕掛けがあって、特殊な発信器を付けてあったんだ」
「えっ、そうだったの?」
「うん。久志さんの話では、銀環のGPSとは仕組みが違って、性能に少し難があるみたい。実用化には程遠い物だから、あくまでテストを兼ねてって事だったんだけど、結局使わないで京子を見つけられた」
綾斗はズボンのポケットに手を入れて、カチリと何かのスイッチを入れる。
途端にピーとモスキート音のような高音が鼓膜を震わせた。
「全然気付かなかったよ。私、綾斗に趙馬刀を交換して欲しいって言われた時、ジンクスとか興味あるのかなとか考えてたんだよ?」
「俺が? それじゃ美弦だよ」
「けど、持ってるだけで結構心強かったんだ。だからまだこのままでもいい?」
「勿論。じゃあ、行こうか」
下からの気配が少し弱まった所で、綾斗が再びゴンドラの扉を開いた。
二人が同時に立ち上がり、箱が大きく揺れる。
遠くに光る夜景にふと過去の記憶が重なって、京子は「あっ」と綾斗を振り向いた。
「そういえば、今度綾斗と観覧車に乗ろうって言ってたよね」
「確かに。けど、これは一緒に乗ったって言うのかな?」
──『今度どっかにあったら乗ってみる?』
ほんの数ヶ月前の記憶を懐かしく感じる。
「勿論」と人差し指を突き付ける京子に、綾斗が「分かった」と微笑んだ。
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