「京子が俺に気付いたのが分かったんだ。付いて来るかなと思って、気付かないフリしてた」
建物に入って行く忍を尾行した気でいたが、実際はここへ誘い込まれていたらしい。
そんな事態を考えなかった訳じゃない。むしろここで二人きりになるのは願ったり叶ったりの展開だ。
「ハメられたと思ってる?」
「思っていません」
なのにどうも釈然としない。スッキリしない気持ちを堪えて眉間に力を込めると、忍が「嘘付けないタイプ」と微笑む。
「京子はいつも俺と話がしたいんだね。光栄だよ」
「この戦いが終われば、どっちかが死ぬかもしれない。だから、その前に確かめておきたかったんです」
どこからか流れて来る隙間風に乗って、外の音が下に居る時よりも良く聞こえた。
こうしている間も、向こうは激しい戦いの真っ最中だ。
窓の外がパッと明るくなって、突き上げるような地鳴りが続く。
忍は売り場に取り残されたベッドに再び腰を下ろした。「どうぞ」と横を勧めて来るが、京子は「いえ」と首を振る。
「話をしたいならさ、まずその物騒なものはしまってくれる?」
「これは、お守りみたいなものなので……」
ずっと趙馬刀の柄を握り締めていた手が震えている事に、自分でも気付かなかった。
今すぐ戦う訳ではないが、綾斗と交換したその武器を放すことが出来ない。
「ごめんなさい」と謝ると、忍は「まぁいいよ」と足を組んだ。
「別に剣があるから戦えるって訳じゃないしね。その気になればお互い一瞬で殺れるでしょ?」
「……そうですね」
今ここで忍を倒せば、全てを終わらせることが出来る。
彼の死がアルガスの勝利条件の一つだからだ。
「忍さんは本当にこれで良いんですか?」
「良いと思ったから始めたんだよ? ずっとそうしたいと思って来た。条件付きで使って良いよって言われて、場所をここに決めたんだ」
「条件……?」
「土地の関係者と縁があってさ、更地にしてくれれば何しても構わないってね」
ショッピングモールのあったこの場所は、次にレジャー施設になるのだと聞いている。解体費用を考えれば利害が一致しているのかもしれない。
工事の開始が遅れていたのも、今日を待っていたという事だ。勝手に壊されたという事にしてしまえば、ホルスへの加担も罪には問われないだろう。
「それを私に言ったら、相手は困るんじゃないですか?」
「構わないよ。ウチが勝つか、俺が死ぬか、どっちかの未来しかないからね」
「自分勝手」
「何とでも言えばいいよ」
「なら、私が忍さんを倒しても良いんですね?」
「勿論だよ。あぁ──でもね」
淡々と話をしていた忍が、急に首を捻った。宙に泳がせた瞳が、ゆっくりと京子を見上げる。
「俺は京子の事殺したくはないかな。君の生死に勝敗は関係ないし」
「そう言う事、言わないで下さいよ」
「俺は可愛い女子には弱いんだよ」
にっこりと立ち上がる忍に、京子は後退りする。
攻撃かと頭を巡らせ、触れそうになった彼の手から逃れるように小さな防御壁を生成した。
けれど、その壁ごと空間が飲まれた。
隙間風が遮断され、音が消える──空間隔離だ。
「ベタな展開だけどさ、悪のボスにヒロインが捕まったら騎士たちは焦るんじゃないの?」
「悪だって、自覚はあるんですね」
「一応ね。騎士は助けてくれるかな」
「どういう意味……ですか?」
今までの展開なら、意識を残したまま一瞬で隔離壁の向こうへ移動したはずだ。
なのに今回は全く違う。
真白な空間に会話が響いて、そのまま意識が抜け落ちる。
次に気付いた時、京子は廃墟とは別の小さな箱の中で目を覚ました。
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