朝霧にも似た白い靄が晴れた瞬間、心臓が跳ねた。
目の前に広がった風景が、遠い日に見たあの夜と同じだったからだ。
観覧車も廃墟も、記憶を疑ってしまう程にすっかりと消失し、戦闘の影響で隆起していたゴツゴツの地面は平らに整地されている。
記憶と同じ東京タワーのオレンジ色が遠くに見えて、取り乱しそうになった。
「桃也、生きてる?」
すぐ側で聞こえた彰人の声に我に返り、桃也は「あぁ」と返事する。
ここには血塗れの家族もいなければ、雪も降っていない。
すっかり見晴らしの良くなった風景に海が広がって、水平線から上る太陽に朝の色が滲んだ。
「助かった──のか? 京子は」
「彼女は綾斗くんが守ってくれてる。他の人たちだって大丈夫だよ。君にだって分かるでしょ?」
「……そうだな」
動悸の治まらない胸を押さえて、桃也は静かに目を閉じた。
流石に今の状況では誰も気配を抑えていられる訳もなく、一人一人のそれを感じ取ることが出来た。
「良かった。俺の事はお前が助けてくれたんだよな? ハッキリ覚えてなくてよ」
「隔離壁を盾にしただけだよ。流石に君を抱えて逃げるわけにはいかなかったからね」
「そりゃそうだ」と笑って、桃也は「ありがとな」と頭を下げた。
能力者の数がキーダーの数を上回っているのは、ホルスで薬を飲んだまま隠れていたバスクだろう。本当の事を知らずに能力を得た彼等に戦う意思がないのなら、その命を救うためにできる為のことをしたい。
「アイツはどうなった? あの男──」
「暴走が能力者の生死に直接関わる訳じゃないけど、極度の疲労で引き起こされた物なら、ありえない話じゃないよね?」
「……俺も、そう思う」
「桃也」
突然背中から呼ばれた声にビクリと肩を震わせる。京子だ。
「お前無事だったんだな──」
流れのままに振り向いて、桃也はハッと息を飲む。そこに居たのが彼女一人ではなく、他のキーダーも揃っていたからだ。いつも通りならすぐに気付けた筈なのに、まだ冷静にはなれていないらしい。
まっさらな戦場に、銀次や龍之介までもが境界線を越えてやってきていた。
相変わらず京子の横には綾斗が居て、「あそこですよ」と建物のあった方角を指差す。
地面に伏した黒い影に目を凝らす──忍だ。
僅かな気配を燻ぶらせ、小さく腕が動いたのが分かった。まだ息はあるらしい。
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