アルガスに収監されている安藤律の元恋人・高橋洋はホルスの幹部だった。
彼はキーダーと接触する以前にバスクとの抗争で命を落としてしまったが、ホルスに入る以前はサメジマ製薬の社員だったという。その過去が明らかになったのは、ガイアやシェイラたちとの戦いで銀次が『能力者になれる』という薬を飲んだ後だ。
ホルスと製薬会社の関係を探った事で浮上した事実だった。
薬の開発や製造にも関わっていたという高橋がその薬を残していったという考えが妥当だろう。ただ、ホルスがサメジマ製薬自体と今も繋がりがあるかと言えば難しいところだ。
それにノーマルの高橋とホルスはどこに接点があったのだろうか。
「カロって言葉は、社内では禁句ですからね。思わず出そうになって焦りましたよ」
田中は味の抜けてしまったフローズンコーヒーをストローでぐるぐるとかき混ぜながら、まず高橋の話題に触れる。
彼とは何度も一緒に仕事をした訳ではないが、持ち前の明るさは諜報員として有利なんだろうなと彰人は思った。
高橋の居たサメジマ製薬の開発チームで作り出した『カロ』という製剤が血管の治療に有効だと特許を取得したのが27年前。しかし後に強い発がん性を指摘されて取り下げられてしまった。
以後カロは製造を禁止されているが、リスクを無視した粗悪品の密造問題もたまにニュースで取り沙汰されている。
そんな中、今回の検死結果で出た薬物反応の中に『カロ』が混ざっていた。
カロを使ってトールの力を引き出そうなんて考えに至るには、それなりの知識が必要だと思う。アルガスでも過去に後天的な能力者を生み出す研究をしていたらしいが、結局成功には至らなかったと公表していた。
「高橋は内向的な男で、元々交友関係は少なかったらしいです」
高橋がサメジマ製薬を辞めたのは20年ほど前だ。当時居た社員で今も本社に残っているメンバーは少ないだろう。
「そんな話、どうやって聞き出したの?」
「事務部長の女性を飲みに誘ったんです。二人きりだったんで結構話してくれましたよ」
「へぇ」
高橋は人懐こい笑顔を広げる。余程楽しかったのか、二軒目の後にカラオケまで行ったんだと声を弾ませた。
そういえばアルガス本部の食堂で働くマダムが、彼に口説かれたのだと冗談めいて話しているのを耳にしたことがある。彼女は冷やかしだと受け取ったようだが、彼は本気だったのかもしれない。
そして、高橋がここを去ったのと同時期に松本秀信がトールになってアルガスを出ている。
「そこで何があった……?」
彰人が重く唸ると、田中は「ここからですよ」と待ってましたと言わんばかりのテンションを見せた。
「写真は出て来なかったんですけど、今の取締役は昔子供に恵まれず養子をとってます。けど、そのすぐ後に今の専務が生まれたとかで色々と問題になったみたいです」
「それが噂になってる前の跡取りって事かな。その本人は今どうしてるの?」
「鈴木家の息子として育って、成人になって家を出たという事です。結局彼は会社にも入らなかったようで消息は不明ですが、名前は──鈴木紅輔です。今は別の名を名乗っているという情報もあるので、もう少し時間を下さい」
養子をとった後に実子が生まれた場合、書類上はその子が長男と言う扱いになる。
「構わないよ。その彼を調べる価値はありそうだ。けど、あんまり楽しい話じゃないかな」
「分かり次第、報告します」
「頼むよ」
彰人が空のタンブラーを手に立ち上がると、田中はふと真面目な顔になって不安を口にした。
「彰人さん、アルガスは戦いになるんでしょうか」
「恐らくね」
彰人はビルへ向けた目を細める。
現存するトールは20人近いが、バスクからの転身は犯罪歴のある人間も多く、アルガスの監視下に置かれているのが殆どだ。
それを踏まえたら、敵になるかもしれない能力者はバスクを含めても10人居るだろうか。
けれど銀次がそうであったように、薬を飲むことでノーマルが力を得られるなら幾らでも増やすことは可能なのかもしれない。
今回上がった水死体のDNAはアルガスにデータのあるトールではないらしい。ホルスが能力者を確保するために、ノーマルに人体実験をしているのだとしたら──
「戦いか……」
疼いた額の傷を、彰人はそっと手で押さえた。
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