「アルガスのヘリが離陸の準備を始めたらしいよ。やっとこっちに気付いてくれたかな」
窓辺の椅子にどっぷりと座りながら、忍は戸口に立つ松本を一瞥した。
行くあてもなく廃墟に残されたデスクチェアは、動くたびに背もたれの部分がキィキィと油のない音を鳴らす。
いつの間にか暗くなった外の色に、お互いの顔は良く見えなかった。
「いつまでも来なかったら、こっちから出向いてやろうと思ってたんだけど」
クスリと笑って、忍はスマホをジャケットの内ポケットにしまう。
アルガスの近辺で張らせていた男からの報告に、「遅いよね」と眉をしかめた。
「アルガスは何人よこして来るんだろうな?」
「何人だって構わないよ」
廃墟の中は通電されていない。
少しずつ闇に目が慣れて来た所で、松本が忍の横へ移動し窓の外を覗き込んだ。
暫くの間誰も寄り付かなかった施設の外には、不自然なくらいに人が集まっている。リョージが仕事してくれたお陰で、ざっと見ても50は軽く超えているだろう。
「雑魚ばっかだな」
「天才だからって勝てる保証もないよ。ある程度の数は必要だと思ってたけど、まさかこれだけ集まるとはね。人間ってのはさ、他人と違う絶対的な力をチラつかせると拒否なんてできないんだね」
『派手にやりたい』と言って、建物の側にある街灯や観覧車を盛大にライトアップさせた。まだ昼のうちに灯した明かりは、時間とともにその存在を際立たせている。
「ヒデ、今日は頼んだよ」
忍が懐にしまっておいた薬のシートを差し出すと、松本はあからさまに不満気な顔をした。
「5錠じゃ足りねぇよ。アイツ等に力をくれてやったって、ゴミみたいに殺されるだけだぞ? 俺はくれた分だけ働くぜ?」
「ヒデは欲張りだね。この戦いが終わったら、残りをやるって言っただろ?」
「────」
この戦いの終わりを想像なんてできないけれど。
忍は「前借りさせてやるよ」と松本の手に別の5錠を重ねた。
松本は虚ろに笑って、ブチブチと取り出した半分を一気に口へ放り込む。
「やめろよ。そんなに一気に飲んだら死ぬよ?」
「死なねぇよ」
音を立てて噛み砕き、松本は残りをズボンのポケットにねじ込んだ。
薬の効果は絶大だ。横に居るだけで彼の力が増幅していくのが分かる。彼の欲望を止めることはできなかった。
恍惚な表情の松本から顔を背け、忍は立ち上がる。
「それとね、律が来てくれるんだってさ。終わるまでに着くと良いんだけどね」
「ほぉ」と答えたものの、松本はさほど興味を示さない。ただ忍も彼女と会った事はなく、実感が湧かないのは事実だ。あまり顔を広めたくない理由から、仲間との接触も最小限に控えていた。
律が参戦するのは、高橋と内通していた協力者が彼女の奪還を持ち掛けてきたからだ。
「じゃあ、そ」
「任せときな」
戦いに関しては意気揚々に返事してくる。
二人は縦に並んで2階のデッキへ出ると、広場へ向けて外階段を下りた。
カツリカツリと足音を立てて登場する様は、映画で良く見る支配者の登場シーンに似ている。
騒めいていた音がやみ、目視できない数の視線が集中する。
リョージが彼等の前で二人を迎え、「忍さん」と満面の笑みを浮かべた。
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