桃也との再会に、京子が早々に立ち去った理由は何となく分かった。
けれど彼女を追い掛けようと会釈した所で、綾斗は桃也に呼び止められる。
「おい、待てよ」
京子の事は気になるが、人の増えてきたこの時間ならと諦めて、綾斗は桃也に向けて「はい?」と踵を返した。
監察員と支部付きのキーダーに上下関係はないが、サードという肩書や年齢を考えるとやはり彼の方を少し上に見てしまう。
睨んだつもりはないが、好戦的に見えたのだろう。桃也は「怖い顔すんなよ」と苦笑した。
「京子と付き合ってんの?」
「付き合っていませんよ」
「へぇ」
桃也は、意外だと言いたげな顔をする。
「譲る気はなかったんじゃないですか?」
「ねぇよ。お前も譲られる気もねぇって言ってたもんな? 奪い取れるもんなら奪い取ってみろよ」
「そのつもりですよ」
以前もそんな言葉を交わした。夏の終り頃だろうか。
桃也は寂しさを滲ませて、「言うじゃん」と笑う。
「今回の件を上はどう見てるんですか?」
「たいした情報は掴めてねぇよ。御家族の希望で解剖はしてねぇけど、能力死に間違いはない。北陸の管轄で捜査中のバスクは居ないからな、顔見知りの線が強いんだよ」
穏やかに見える如月だが、捜査への協力は殆どしていないという。
真相が掴めない妻の死を目の当たりにしてアルガスへ不信感を抱くのは無理もないし、そっとしておいてほしい気持ちも分かる。ただやよいの意思を汲み取って、見送りにキーダーの参列を認めてくれたらしい。
「桃也さんの中で犯人は絞られてるんですか?」
「……いや、まだだ」
昨日、彰人も曖昧な返事をしていたが、監察員の中ではあらかた答えが出ているのかもしれない。ただ、確実な情報でなければ口外はしないだろう。
「結果がどうであろうと、現実を変えることはできないですからね。少しでも早い解決を祈ってます」
「何かあったら、本部にも協力要請が出るはずだ。頼むな?」
「勿論です」
もし犯人がキーダーであれば粛清対象になる。その現実を重く捉えてしまいそうになるが、今は第二の犠牲者を出さない事を優先させなければならない。
火葬場から戻った黒いリムジンが見えて、綾斗は「それでは」と京子を追い掛けた。
ロビーに一人で居た彼女は、疑問符と困惑を顔中に貼りつけて綾斗を待ち構えた。
「二人で何話してたの?」
「男同士の大事な話です」
開口一番にそれを聞かれて、冗談ぽくはぐらかす。勿論京子は素直に受け止めてはくれず、「えぇ?」と眉をしかめたままじっとりと綾斗を見つめた。
「ほら、やよいさんが戻ってきましたよ。きちんと送ってあげるのが今の俺たちにできる事です」
「……うん、そうだね」
リムジンから位牌を持った如月が下りてきて、遺影やその他を抱える親族が続いた。
神妙な面持ちでその様子を見入る京子に、綾斗はそっと隣で声を掛ける。
「京子さん。明日と明後日、俺に付き合ってくれませんか? 本部には休み入れといたんで」
今朝、ふと思い立って京子が寝ている間に諸々の手配をした。
京子は「え?」と戸惑うが、「いいよ」と小声で承諾する。
告白の返事はまだ貰っていないが、綾斗はこの旅で自分の事を彼女に打ち明けようと思った。
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