スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

303 血の匂いがした

公開日時: 2024年11月15日(金) 09:29
文字数:1,346

 しのぶ颯太そうたの戦いに気を捕られて、修司しゅうじは彼が背後に立った事に気付くことが出来なかった。


「オッサンが戦ってると思ったら、颯太じゃねぇか」


 気の抜けた声で伯父の名を口にする男に驚いて戦慄せんりつする。声の主が松本だと分かったからだ。

 ついさっき戦った記憶が蘇って、修司はガクガクと足を震わせる。


 だが彼が修司に気付くまで少し時間が掛かった。

 横に立たれた恐怖に思わず「ヒッ」とれた声に、松本が「お前か」と声のトーンを上げて振り向く。


「生きてたのか。良かったな」

「────」


 まるで人ごとだ。悪気などひとかけらも見えない。

 松本は淡々と言い放って、物珍ものめずらしそうな顔で二人の戦いに夢中になった。

 修司も警戒しつつ颯太を見守る。ここで松本と戦闘になったら目も当てられない。


 かつてキーダーだった颯太と松本は、解放前のアルガスで共に生活をしていた。20年以上前の事なのに、松本は良く一発で颯太だと分かったものだ。


 戦っている二人は、手を休める暇もなく攻撃を繰り返していた。

 忍の攻撃を跳躍ちょうやくでかわした颯太に、松本が「若いな」と歓声を上げる。


「なぁアンタ、颯太ってトールじゃなかったっけ? 薬飲んでるんだろ? 忍がウチに誘ったのか?」

「わ、分かりません。けど、あの二人が仲間には見えませんよね?」


 下手に刺激しないようにと言葉を選ぶ修司に「見えねぇな」と笑った。

 ホルスの薬はトールを能力者に戻すために作られたもので、敵側の事情を考えればそう思えてしまうのも無理はない。


「あの人は、アルガスのキーダーですよ」


 「ふぅん」と呟く松本は、何か考えるように首の後ろをいた。颯太を敵だと判断した彼は、二人の間に入って行くのだろうか。


 考えれば考える程、後頭部の痛みが増してくる気がした。

 「痛ぇ」とブレた視界を手で押さえる。これは良くない症状なのだろうか。

 忍が飛ばした光が流れて、ギャラリーにまで飛んでくる。避けるのがやっとだった。

 どこからか血の匂いを感じて、込み上げる吐き気に背を丸める。駄目だと思ったが、抑えきれずに嘔吐おうとした。


 「修司!」とこちらに気付いたのは颯太だ。忍との距離が離れたタイミングを狙ったが、正面を松本に塞がれる。


「余裕かましてるんじゃねぇよ。お前の相手は忍だろ?」

「修司に何かあったら、こんな戦いなんて意味ないんだよ」


 背後に忍が迫って、颯太は一度横へ跳ぶ。

 松本が颯太と修司を交互に見つめ、忍に声を掛けた。


「おい、一回落ち着けよ」

「ヒデは俺の邪魔するの? 折角いいトコだったんだよ」

「悪いな、知り合いなんだ」


 感情のない音で謝って、松本はもう一度颯太を振り返った。


「久しぶりだな」

「そうですね」


 そのやりとりで、仲良しとは程遠い関係なのは分かる。


「お前、医者になるってアルガスを出て行ったよな?」

「そうですね」

「だったら一度だけ助けてやる。コイツの事連れて行けよ」

「松本さん……」


 思いもよらぬ話だった。

 修司が脳震盪のうしんとうを起こしたのは松本に吹っ飛ばされたからだが、後ろめたさでも感じているのだろうか。


「キーダーってのは、後輩を守らなきゃならねぇんだよ。もうとっくの昔に辞めちまったが、アンタは俺の後輩だからな」


 忍は不満を顔に張り付けていたが、松本の話を否定はしなかった。

 颯太は「ありがとうございます」と浅く頭を下げ、修司を背負って境界線の外へ飛び出した。





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