忍と颯太の戦いに気を捕られて、修司は彼が背後に立った事に気付くことが出来なかった。
「オッサンが戦ってると思ったら、颯太じゃねぇか」
気の抜けた声で伯父の名を口にする男に驚いて戦慄する。声の主が松本だと分かったからだ。
ついさっき戦った記憶が蘇って、修司はガクガクと足を震わせる。
だが彼が修司に気付くまで少し時間が掛かった。
横に立たれた恐怖に思わず「ヒッ」と漏れた声に、松本が「お前か」と声のトーンを上げて振り向く。
「生きてたのか。良かったな」
「────」
まるで人ごとだ。悪気などひとかけらも見えない。
松本は淡々と言い放って、物珍しそうな顔で二人の戦いに夢中になった。
修司も警戒しつつ颯太を見守る。ここで松本と戦闘になったら目も当てられない。
かつてキーダーだった颯太と松本は、解放前のアルガスで共に生活をしていた。20年以上前の事なのに、松本は良く一発で颯太だと分かったものだ。
戦っている二人は、手を休める暇もなく攻撃を繰り返していた。
忍の攻撃を跳躍でかわした颯太に、松本が「若いな」と歓声を上げる。
「なぁアンタ、颯太ってトールじゃなかったっけ? 薬飲んでるんだろ? 忍がウチに誘ったのか?」
「わ、分かりません。けど、あの二人が仲間には見えませんよね?」
下手に刺激しないようにと言葉を選ぶ修司に「見えねぇな」と笑った。
ホルスの薬はトールを能力者に戻すために作られたもので、敵側の事情を考えればそう思えてしまうのも無理はない。
「あの人は、アルガスのキーダーですよ」
「ふぅん」と呟く松本は、何か考えるように首の後ろを掻いた。颯太を敵だと判断した彼は、二人の間に入って行くのだろうか。
考えれば考える程、後頭部の痛みが増してくる気がした。
「痛ぇ」とブレた視界を手で押さえる。これは良くない症状なのだろうか。
忍が飛ばした光が流れて、ギャラリーにまで飛んでくる。避けるのがやっとだった。
どこからか血の匂いを感じて、込み上げる吐き気に背を丸める。駄目だと思ったが、抑えきれずに嘔吐した。
「修司!」とこちらに気付いたのは颯太だ。忍との距離が離れたタイミングを狙ったが、正面を松本に塞がれる。
「余裕かましてるんじゃねぇよ。お前の相手は忍だろ?」
「修司に何かあったら、こんな戦いなんて意味ないんだよ」
背後に忍が迫って、颯太は一度横へ跳ぶ。
松本が颯太と修司を交互に見つめ、忍に声を掛けた。
「おい、一回落ち着けよ」
「ヒデは俺の邪魔するの? 折角いいトコだったんだよ」
「悪いな、知り合いなんだ」
感情のない音で謝って、松本はもう一度颯太を振り返った。
「久しぶりだな」
「そうですね」
そのやりとりで、仲良しとは程遠い関係なのは分かる。
「お前、医者になるってアルガスを出て行ったよな?」
「そうですね」
「だったら一度だけ助けてやる。コイツの事連れて行けよ」
「松本さん……」
思いもよらぬ話だった。
修司が脳震盪を起こしたのは松本に吹っ飛ばされたからだが、後ろめたさでも感じているのだろうか。
「キーダーってのは、後輩を守らなきゃならねぇんだよ。もうとっくの昔に辞めちまったが、アンタは俺の後輩だからな」
忍は不満を顔に張り付けていたが、松本の話を否定はしなかった。
颯太は「ありがとうございます」と浅く頭を下げ、修司を背負って境界線の外へ飛び出した。
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