スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

291 隙

公開日時: 2024年10月22日(火) 09:29
文字数:1,275

「俺たちの目の前で燃やした解毒薬が全部だって、あの男が言ったんです。俺はどうすれば……」


 仰向けに倒れた長谷川が、今にも泣き出しそうにゆがめた顔を右の腕で覆った。

 ホルスの作り出した『能力者になれる薬』は、元々トール元・能力者の為に作られたものだ。

 ノーマルについての効果は、銀次ぎんじのデータしか持っていないというのがアルガスの現状だ。彼は解毒剤を飲んだからこそ、元通りの生活を送ることが出来ていると言っても過言かごんではない。

 解毒剤がないとなれば、先に見える未来は絶望なのだろうか。


「まいったな。腹の傷以外に症状はないのか?」

「特には……けど、集められた俺たちが薬を飲んですぐ、目の前にいた男が血を吹いて倒れたんです。だから、俺もあんな風に……」

「起きてもいない症状を悲観するなよ」


 パニックを起こしそうになる長谷川の腕をつかんだ颯太そうたの表情は険しかった。

 「分かるけどよ」と呟いた声に、長谷川はズッと鼻をすする。

 龍之介はどうにもできない状況に苛立いらだった。


「長谷川、お前なんで薬なんか飲んだんだよ。学校サボった時だろ? キーダーになりたかったのかよ」

「そんなんじゃないんだよ」


 長谷川はハッキリと否定したものの、すぐに「いや」と曖昧あいまいな音で否定する。


「この間の模試で、志望校判定が悪かったんだ。しのぶって男と繋がってた奴が俺の中学の同級生で、たまたま塾の帰りに会ってさ……」

「うん」


 龍之介が相槌あいづちを打ったのと同時に、空が青く光ってドンと地面が揺れた。

 「うわぁああ」と取り乱した長谷川は泣き出してしまう。

 「ここまでは来ねぇよ」という颯太の言葉にも耳を貸さず、子供のように声を上げる。


「長谷川……」

「リョージなんて友達でもなんでもなかった。けどあの時力が欲しいかって聞かれて、生まれ変われるような気がしたんだ」

「そのリョージってのは、今戦ってるのか?」


 颯太の問いに、長谷川はブンと首を横に振った。


「死にました。あの忍って男に殺されたんです」

「はぁ? とんでもねぇヤロウだな」


 龍之介は忍と会った事はない。

 颯太は少し考えて、「テントに来るか?」と長谷川に声を掛けた。彼は敵側の人間だが、フィールドの外は中立地帯だ。龍之介や銀次の知り合いならと提案するが、長谷川は「いいえ」とそれを断った。


「ここが中立地帯なら、それで構いません。薬はもう飲んでるし、あの男が俺をゴミみたいに始末する理由なんて幾らでもあるから……だから、寝返ったなんて言われて殺されたくないです」


 そんな事ないと言えなかった。

 忍の頭の中も、力も、薬がもたらす効果も、確実な情報は何一つない。


 颯太は持ってきたペットボトルの水を「飲めよ」と長谷川の頭の横に置いた。


「本当に良いのか?」

「良いんです。だから、あの男をやっつけて下さい」

「なら生きてろよ? 目ん玉こじ開けてでも生き残ったら、医者を選んだ俺が100の力でお前を生かす努力をしてやるからな?」

「……お願いします」


 泣き出す長谷川に背を向けて、龍之介と颯太はテントへ戻った。

 そこで颯太が「おい」とまさかの事態にハッと声を上げる。


「アイツ、どこ行ったんだ……?」


 怪我をしていた筈の修司しゅうじが消えていたのだ。





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