外は土砂降りの雨だった。
東京駅まで車を走らせ、八重洲口に近い駐車場から中へ駆け込む。慌てて着替えた首元のボタンが大きく開いたままで、傘を持ったまま片手で留めた。
広い駅のどこに京子が居るかなんて、調べなくてもすぐに分かった。
「何だよ、これは」
まるで戦闘でも起きたかのような濃い能力の気配に、思わず手の甲で鼻を押さえた。けれど人の流れはいつも通りで、目立った騒ぎが近くで起きた様子はない。
京子が相手との接触に成功したとなれば、空間隔離の発動で出たものと考えるのが妥当だろう。
田中のスマホは依然として不通のままだ。
どうか無事で──そう祈りながら透明の傘を閉じると、突然現れた別の気配が行く手を阻む。極々小さな薄いものだ。
行き交う人々の流れを無視して、綾斗を迎えるように正面に立ちはだかるのは、長身で初老の男だった。
彼に会うのは二度目だ。
5年以上も前に底へ沈み込んだ記憶を、一気に掘り起こされた気分だった。
──『福岡で、お前をさらったのはヒデさんだ』
佳祐に言われても実感が湧かなかった記憶を、今はっきりと確信している。
「松本さんですね」
男は綾斗の目の前で足を止めた。
真っ白なTシャツにパンツというラフなスタイルだが、鍛えられた筋肉が服の上からもはっきりと分かった。
長髪で面長の、タレ目の泣きボクロ──その一つ一つが京子からの情報に一致する。
「バーサーカーか」
松本がのっそりと眉を上げる。ぼそりと呟く声はカサカサと枯れていた。
こちらの情報もある程度握られているのかもしれないが、嗅ぐ力の強さはお互いバーサーカー故のことなのかもしれない。
仕掛けるか──と悩んで、松本に「やめろ」と阻まれる。
「戦う気はないという事ですか?」
「キーダーがこんな所で戦うなよ」
「貴方は──?」
「ホルスだって、こんなトコじゃ戦わないんだよ」
ホルスの松本秀信は元キーダーだ。大舎卿や浩一郎と同じ世代だが、もう少し若く見える。
彼の言葉を100%信じようとは思わないが、綾斗は「信じますよ」と念を押して鋭い目つきで彼を見上げた。
「うちのキーダーは無事ですか?」
「女なら無事なんじゃないの? 忍のお気に入りみたいだけどな」
そんなのは分かっている。奴が京子を見る目は興味の域を超えている。
ただ今回は『大丈夫』だという京子の言葉と『仕事』だという事情に割り切っただけだ。
綾斗は衝動を堪えて、気配の立つ駅の奥を一瞥する。
「向こうに居るんですか? これだけの気配は、空間隔離を発動させているって事ですよね?」
「あぁ。そろそろ出て来るんじゃないの? あとチョロチョロしてた男は救護室運んどいたよ。ちょっと脅かしたらぶっ倒れたからね」
「……分かりました」
綾斗は浅く頭を下げる。先を急ごうと駆け出すが、すれ違った所で足を止めた。地面を擦り付けるように踵を返すと、すぐ側にある松本の身体をやたら大きく感じた。
「貴方はどうしてホルスなんですか? キーダーだった貴方がホルスを正しいと思えたんでしょうか」
「思えねぇよ。けど、アルガスが正しいとも思えない。だから俺はアイツの側に居るって決めたんだ」
「アイツ……?」
「戦うって事は組織の為じゃねぇ。誰かを守る為だろ? そん時は全力で行くから覚悟しときな」
松本は顔の前に流れた髪をかき上げると、土砂降りの雨の中へ消えて行った。
「あれが俺たちの敵なのか──?」
ふと湧いた疑問に胸を押さえて、綾斗は京子の元へと急いだ。
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