スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

319 落とし物

公開日時: 2024年12月17日(火) 09:10
文字数:1,303

綾斗あやと!」


 光の奥で戦う彼の名を、京子は必死に叫んだ。

 勢いのまま駆け出しそうになる衝動に、後ろから「オイ」と腕をつかまれる。


「まだだ。田母神たもがみちゃんまで巻き込まれるぞ」

曳地ひきちさん……」


 「落ち着きな」となだめる彼もまた動揺を隠しきれず、綾斗が居た方向へ目を凝らしていた。

 右半分が崩れ落ちる廃墟の衝撃がやまず、地面を小刻みにきしませている。


 バーサーカー同士の戦いが始まって、辺りに人が増えた。

 日付が変わる15分前の事だ。フィールドの中心に沸いた気配の大きさに、最強の二人から目を離すことが出来ない。


 ここ最近の訓練で見せていた綾斗の力を凄いと思っていたが、実際に制限のない屋外で放たれた力は、その比ではなかった。一介いっかいのキーダーである京子が入れる隙などない。

 遠くから見守って、声が枯れる程に彼の名を呼ぶ。


 力と力の攻防に止めを刺したのは綾斗だ。防御から攻撃への切り替えがあっという間で、リーチの長い趙馬刀ちょうばとうが松本を狙う。

 だが、二人を包み込んだもやが晴れた時、そこに残っていたのは綾斗一人だった。


 消えた松本が視界のどこにもいない事を確認して、曳地の手が京子を放れる。

 京子は地面に倒れる綾斗に駆け寄った。

 別の方向からは、担架たんかを担いだマサが朱羽あげはを連れて飛び出してくる。

 三人で綾斗を囲み、地面に腰を落とした。


 マサが小型のライトで照らすと、ピクリと震えたまぶたが細く開く。


「大丈夫か? どこか痛むか?」

「マサさん……いえ、俺は平気です。松本さんは……?」

「どっか行っちまったよ」


 綾斗はひどく疲れた様子で「そうですか」と返事する。まだ戦いは諦めていないように見えた。

 バーサーカーの力は威力がある分、通常よりも体力消費が激しいのは分かっていたが、相当のようだ。

 致命傷とは言わないまでも無数の傷が全身に血をにじませていた。


 「動かすぞ」とマサが仰向けに転がすと、綾斗は胸を上下させて深い呼吸を繰り返す。


「今度は綾斗が休む番だよ」


 京子は朱羽の横に並んで、綾斗の手に自分のてのひらを重ねた。

 「分かってる」と綾斗は微笑む。


「今、颯太そうたさんが他へ行ってて、銀次くんがこっちに来るらしい。お前はどうする? 病院行っても良いんだぞ?」

「大した怪我はしてないですよ。テントで休ませて下さい」

「オッケ。朱羽、足の方頼むぞ」

「任せて下さい!」


 朱羽は飛びつくように返事した。

 担いできた担架を張り切って下ろすマサだが、少し息が上がっているように見えた。汗でぐっしょりと濡れた額に気付いて京子は声を掛けようとするが、「平気だ」と先に言われてしまう。

 そんなマサと朱羽に運ばれていく綾斗を見送って、京子は再び戦場へと足を向けた。


 綾斗に付き添いたい気持ちはあるが、今はその時じゃない。

 京子は「行きます」と後ろに立つ曳地を振り返った。


「あぁ、気を付けろよ? 松本が何処に潜んでるか分からねぇし、相手のボスだって何するか分からねぇからな」

「はい。曳地さんも気を付けて下さい」

「あったりめぇよ」


 「じゃな」と見送られて、京子は駆け出していく。

 東の端が見えた所で、ふと地面に何かが落ちている事に気付いた。

 何気なく足を止め、手を伸ばしてハッとする。眞田さなだ神社のお守りだ。


 京子が前に桃也とうやへ渡したのと同じものだった。





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