開戦から数時間経って、何もできないままの待機に疲労が見え始めたタイミングでの招集だった。
曳地が食堂の自動販売機で買い込んだ5本のコーラをぶら提げてヘリに乗り込んでいく。どこまでもマイペースな人だが、彼が居なければ心の余裕がなくなっていたかもしれない。
居なくなった京子の事が気になるのは勿論、それ以外のキーダーが今どうしているかの詳細も把握できてはいなかった。
「綾斗さん、曳地さん、気を付けて行って来て下さい!」
「ありがとう。美弦はここを頼んだよ? 一人にさせてごめんね」
「私は大丈夫です。ホルスの奴等なんてやっつけちゃって下さいね!」
強めの風に髪をなびかせて、背中に施設員を並べた美弦が二人を見送る。
本部所属の護兵は半分以上がこちらに残っている。彼女だけ置いていくのは心許ない気もするが、それだけのサポートがあれば何かあっても対応までの時間稼ぎは出来る筈だ。
「ありがとう」と頷くと、美弦が「宜しくお願いします」とヘリの扉を外側から閉めた。
不安の入り混じった顔に手を振って、綾斗は曳地と空へ上がる。
「どうだ?」と曳地にコーラを勧められるが、飲める気分ではなかった。桃也との会話のせいで、忍の顔がずっと頭に張り付いている。
──『京子』
最初から彼女を呼び捨てにするのも気に食わない。
忍との記憶は、どれも綾斗の心を苛立たせるものばかりだ。
「ずっと怖い顔してるぜ? 今から恋人に会にいく男の顔かよ」
「こんな時に笑える余裕ないですよ」
「硬く考えるなって。ホラ、とりあえず飲めよ」
ずいと差し出されたコーラを受け取って、綾斗は渋々と栓を抜いた。気が乗らなかったが、冷たい炭酸はモヤモヤした気持ちを少し楽にしてくれる。
「スッキリするだろ? これがないと始まらねぇんだよ」
曳地はヘリの起動音をかき消す程の大声で笑った。
昔久志が『ペースを乱されるんだよ』と愚痴をこぼしていた事を思い出して、納得してしまう。『嫌いじゃないんだけどね』とも言っていた。その通りだ。
曳地は今から戦いに行くとは思えない程にはつらつとして、シートベルトもせずにずっと後部座席の綾斗に身体を向けている。
「向こうの大将が気になるのは分かるけどよ、田母神ちゃんは最後に木崎くんを選んだんだろ? 信じてやれよ」
「────」
「年下の弱みってヤツかもしれねぇけどよ」
食堂が静かだったせいで、桃也との会話は筒抜けだったらしい。曳地は遠慮もなく話を続ける。
「男と女の事なんて、俺には知ったこちゃねぇけどよ、木崎くんはバーサーカーなんだろ?」
「……はい」
「何で今まで隠してたのかなんて野暮な事は聞かねぇ。これからは自分に自信持って好きに行動して良いんだからな?」
「…………」
中学の修学旅行でホルスにさらわれた。そこで覚醒した力がバーサーカーだと分かり、佳祐に『黙っていろ』と言われた。強い力は敵にとっての餌になってしまうからだ。それをついこの間までずっと守ってきた。
「本当に、好きに行動しても良いんですかね」
「まぁ昔同じような事を久志に言ったら、途端に異動が決まって妹とも別れちまったんだけどな」
「えぇ……」
先輩からのアドバイスを素直に受け止めたいと思ったのに、最後のオチに困惑してしまう。
けれどそれ以上考える余裕もないまま、観覧車がすぐそこに迫っていた。
コージが操縦室でドア開放の合図を待っている。
曳地はオレンジ色に光るカマボコ型のテントを確認して、「頼むぜぇ」と気合を入れて立ち上がった。
「俺たちの力を見せつけてやろうぜ」
開かれた扉からの風に煽られて、曳地が「うぉお」と咆哮しながら宙へと飛び出して行った。
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