松本が忍と初めて会ったのは、大舎卿が隕石落下から日本を守り、アルガスが解放された後の事だ。
夜の街をぽつりと彷徨っていた少年がバスクだとすぐに気付いた。しかも中学生だというのに力を既に覚醒させている。
──『この力を絶対に使わない。俺はノーマルとして生きなきゃならないんだ。だからアルガスには行かないよ』
力の兆候を見せたのはまだ幼い頃で、両親はそれを知っているのだという。能力者を嫌悪し、ひた隠しにさせた親の罪は重い。
けれど忍は保護したいという松本の誘いを断った。親しい研究者が居て、その人と一緒に居たい──そこが忍にとっての居場所だという。ただ気配のコントロールもままならない状態では、また他のキーダーに見つかるのも時間の問題だ。
──『だったら、俺がお前の側に居てやる』
松本はアルガス解放からずっと外に出る理由を探していた。
能力を悪事に利用しようとするバスクを悪だと認識していたが、忍と会ってその考えが単純だったと思い知らされた。
解放前の宇波がキーダーを一人一人の人間として扱ってくれたように、今度は自分が忍に寄り添いたいと思ったのだ。
あれから約20年、あの時の決断を後悔はしていない。ただ自分の最後を悟った時、どうしても宇波に会いたくなった。
最後に居てやれなくて、忍には申し訳ないと思う。
「結局君は僕の所へ戻って来てくれたんだね」
そう言ってくれた宇波に「すみません」としか言えなかったのは、それでも忍を裏切ることが出来なかったからだ。
宇波と再会できただけで満足だ。もう身体の感覚は鈍くなっていて、声も出すのもやっとだった。
そんな状況を察して、浩一郎が口を挟む。
「俺はさっきシャバに出たばかりだから今回の事は詳しくは分からないけど、ヒデちゃんは誠ちゃんに会いたくて来たんだろう?」
「あぁ」
「けど勘ちゃんが言ったように、敵だって主張してるうちはこっちだってそれなりの態度をとるしかないんだよ」
松本が頷くように目を瞬かせると、宇波は「相変わらずだね」と笑む。声も、表情も、昔と変わりなかった。
「その気持ちだけで十分だよ。ありがとう、松本くん」
「宇波さん……」
宇波は松本の傍らにしゃがみこんで、その手をそっと握り締める。
胸がズンと痛んで込み上げた血を横に吐き出すと、さっき戦った少女が視界の端で青ざめた顔をしているのが分かった。
相当酷い顔でもしているのだろう。
「バーサーカーの力も……大したことない……な」
掠れた声でそっと呟いて、松本は「なぁ」と美弦を呼んだ。
「メガネのやつにも、無理……するなよって、伝えてくれないか……?」
「──はい」
彼女の声が耳に届いた途端、見えていた夜の空が黒みを増した。
まだここに居たいと思うのに、何故か昔の事が頭を過っていく。
──『僕が長官になったら、ここは変わると思うかい?』
いつの日か宇波に聞かれた事だ。
傍から見ても、今のアルガスは平和だと思える。宇波がここに居るからだろう。
「ここは変わったな……」
深い安堵を零して、松本は闇を受け入れた。
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