スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

279 勝ち目はないのか

公開日時: 2024年9月28日(土) 09:31
文字数:998

 誰かが彼女を助けに来る事なんてないと思っていた。それが敗因だ。


 元キーダーの松本秀信ひでしなは、綾斗あやとと同じバーサーカーだ。

 アルガス解放で一度トールになった彼は、ホルスの作った薬で能力を復活させた。


 恐らく今まで相当な量を飲んでいるのだろう。

 前に海から上がった死体の確認へ行った時に彼と会って、その異常なまでの臭気に気付いた。体内に蓄積された毒が、彼の身体をむしばんでいる。


 口元に血の跡が見えて、修司は怪訝けげんに眉をひそめた。

 あの時と同じように松本は身体をふらつかせているが、律との戦闘をはばんだ彼に攻撃を仕掛けることが出来ない。

 ただそこに立っているだけなのに、圧倒的なレベルの違いを肌で感じ取ってしまったからだ。


「オニイサン、久しぶりだな」

「…………」


 松本が自分を覚えていたのは意外だった。逆に律は「誰?」と彼を睨みつけている。

 忍とさえ会った事のない彼女が松本に会う機会など、皆無かいむに等しいのかもしれない。


「誰でも良いだろ。これ以上続けたらアンタが死ぬだけだぜ。一回離れなよ」

「助けてなんて言ってないわ! ふざけないで!」


 足からの出血に身をかがめ、それでも律は修司と戦う意思を見せる。


「俺は構いませんよ。律さんと決着をつける覚悟はできています」

「キーダーが私情で戦うものじゃない」


 松本の手刀が素早く律のみぞおちを突く。

 ダメージで注意が散漫さんまんになっているのか、彼女はクリティカルヒットを喰らってガクリと崩れた。松本が「ふん」と彼女の腹を片腕で拾い上げ、小脇に抱える。


「貴方は律さんを助けに来たんですか?」

「そんな優しい世界じゃねぇんだよ」


 横浜の戦いの時、負傷した彼女を助けに来る仲間は1人もいなかった。


「まだ死なれちゃ困るだけだ。こっちはちゃんと戦える人手が足りないんでね」

「だったら俺と、戦って下さい」

「はぁ?」


 敵だと認識されていないのだろうか。

 律を抱えたまま背を向けようとする松本に向けて、修司は趙馬刀ちょうばとうを構える。


 無謀だと分かっている。けれどここで去って行く彼の行動に安堵あんどするのはキーダーとして間違っていると思う。

 だから全力で戦いを挑んだ。


「前に会った時も威勢が良かったよな? アンタの事は強いと思ってるよ。ただ──」


 松本はカッと目を開き、空いた手で盾を生成する。

 振り下ろした趙馬刀の刃が、彼に触れることはなかった。


「俺に敵う訳ないだろ、若僧が」


 盾にめり込んだ刃が数倍の力で突き返される。

 修司は数メートル先の地面へ叩き付けられた。






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート