建物の正面にできた壁の割れ目から中へ入り込むと、思った以上に瓦礫が散乱していた。
見通しの悪さに加えて、足場が悪い。
「ガラスとか落ちてると思うんで気を付けて下さいね」
「う、うん」
京子はすぐ後ろを歩く綾斗の手を掴んで、ゆっくりと奥へ移動した。
忍を追って来た時はまだ建物は原形を留めていたが、その後の戦闘の影響であちこちの壁や天井が穴だらけだ。かつてのショッピングモールの面影はもう殆ど残っていない。
ぽっかりと空いた空を見上げると、幾つかの星が瞬いて見えた。
天井の欠片がパラと降って来て、京子は念動力で弾き飛ばす。
「崩れるかな?」
「今すぐって訳じゃなさそうですけど、大分脆くなってるので時間の問題かもしれません」
小さな欠片でも落ちてくればそれなりのダメージになる。
瓦礫が崩れる音や異変にすぐ気付けるよう注意しながら通路があった位置まで歩いて、京子は「分かる?」と綾斗の手を放した。
所々にこびり付いた戦闘が残す気配は感じ取ることが出来るが、忍が何処に居るのかは全く見当がつかない。隔離壁の内側となれば尚更だ。
空間隔離は気配を外に漏らすことはないが、それでもボロはどこかにあって、僅かな違和感を拾っていく。
綾斗は闇を睨みつけて「この先かな」と確信をもって頷いた。
「けど、少しだけ休んでも良いですか?」
「辛い?」
「そこまでじゃないけど、他に戦う相手も居ないしね」
綾斗が手の甲で額の汗を拭うのが分かって、「いいよ」と返事する。
戦いの前に少しでも回復できればいい。
「空間隔離が解けるまで休んでても良いよ? 私、待つのは得意だからね」
「平野さんの時みたいに? 熱出しちゃ駄目ですよ?」
「大丈夫だよ」
まだ綾斗が本部に来たばかりの頃、バスクだった平野を拘束するために二人で仙台へ向かった。彼の店の前で倒れたのは今じゃ良い思い出だが、綾斗はその話をするといつも苦い顔をする。
「流石にそう長くはならないでしょ?」
「空間隔離にはタイムリミットがありますからね。暫く出てきていないと思うんで、数分が良いところかも」
日の出の時間を考えれば、あと一時間にも満たないうちに空が白みだすだろう。
「出て来るかな?」
「あの人は出て来るよ。ねぇ京子、松本さんに止めを刺したのは大舎卿らしいよ。今あの人が出てきたら、京子はどうしたい? 戦える?」
それは忍と本気で戦えるかどうかという話だ。
「戦えるよ。ここで止めたらキーダーでいる資格ないと思うから。それに私は綾斗の先輩でしょ? 私にやらせて」
いつも戦いの最後は誰かが終わらせていた。綾斗はバーサーカーだが、まだ松本と戦った時のダメージが響いている。
綾斗は「分かった」と京子を抱き締めた。
「なら俺は全力で京子のサポートをする」
「お願いね」
張り詰めた闇に一筋の色が入り込んだ事に気付いて、京子は綾斗とハッと顔を見合わせた。
変化が起きたのは、さっき綾斗があたりを付けた場所だ。
「あんまり休憩できなかったね」
京子は綾斗の腕を離れ、途端に汗ばんだ手を握り締めた。
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