技術部を後にした京子は、二階の廊下から聞こえてきた修司の声に柱の陰へ身を隠した。
主張の強めな音は、何か取り込み中らしい。咄嗟の事とは言え気まずい空気を感じながら、二人の会話に耳を澄ます。柱を両手で握り締めて、じっと気配を殺した。
相手は桃也だ。
昨日本部に来てすぐに他所へ行ってしまったが、ようやく戻って来たらしい。
「出過ぎた真似だって事は分かっています。俺をこの戦いが終わっても、ここに置いて下さい!」
ストレートな修司の主張は、ついこの間美弦が京子にボヤいていた事と同じだ。バスク上がりの彼が、北陸での訓練を免除して欲しいという直談判らしい。
どんな反応が返るのか気になって、京子はぐっと首を伸ばす。
据えた目を修司に向ける桃也は、どこか迷うような顔をしていた。
「悪いな、訓練のスタートを遅らせちまってるのは俺にも責任あるよな」
「桃也さんに謝って貰おうって事じゃないんです。俺は──」
「ずっと染み付いてきた規則を変えるのは、ここで俺が軽く返事できる事じゃねぇんだよ」
「分かってます。それでも──」
修司は必死に食い付く。
桃也の意見は上に立つ立場として最もだ。けれど誰かが言い出さなければ、変えようという流れすら起こらない。
「美弦と一緒に居たいって事だろ? 俺と京子の事気にしてんの?」
「────」
修司はすぐに「はい」とは言わなかった。長引いた沈黙にハッとして、「すみません」と頭を下げる。
桃也は「だろうな」と笑った。
「俺たちは悪い見本だからな。まぁそれは抜きにしても、本部の手が足りてねぇのは事実なんだよな」
「なら!」
「ならじゃねぇよ。とりあえず今は目の前の事を片付けようぜ。それからだ」
「わ、わかりました」
気恥ずかしさを滲ませて、修司は頭を下げる。
「訓練なんて必要ねぇって周りに示してやれよ。バリバリやれますって。戦えるんだろ?」
「戦えます。あの桃也さん、もしかして今回の選抜──」
修司と同時に、京子もそれに気付く。「あ」と漏れた口を慌てて両手で塞いだ。
ホルスとの戦いで先発隊に選ばれた4人に修司が入っている理由は、そんな事かもしれない。
「俺がお前で行けるって思ったんだよ」
「ありがとうございます!」
飛びつくように声を上げる修司に、桃也は「頑張ろうな」と労いの言葉を掛ける。
そんな二人の会話が終わり掛けの空気を纏った時だった。
「それより、京子はいつまでそこで盗み聞きしてんだよ」
「ひえっ」
「ちょっ、桃也さんバラしちゃうんですか?」
急な矛先の転換に、京子は素っ頓狂な声を上げる。
修司の反応を見ると、最初からバレていたのは明確だ。京子の知らない所で『気付かないフリ』をするサインを送り合っていたと考えるのが妥当だろう。
二人の視線が注目して、京子は赤面しながら姿を現す。
「いつから分かってたの……?」
「最初からだよ。気付かねぇわけないだろ」
呆れたように笑う桃也に、苦笑する修司。
京子は「ごめんなさい」と手を合わせた。
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