「何かあんまり話できなかったけど、気を付けて行ってきて。私の分も頼むわよ」
「うん、ありがとね」
夕方、朱羽がアルガスを後にした。
帰り際、彼女が「こっちに戻ろうかしら」とボヤいたのは、マサに言われた言葉のせいだ。けれど勢いでする事じゃないと宥めて、そこで別れた。
「ショックなんだろうな。私は、どっちでもいいんだけど」
彼女の背が見えなくなった所で京子が呟く。
綾斗は「そうですね」と微笑むが、お互いに気分は底に沈んだままだ。
少し前に雨が止んで、赤く焼けた空にコージのヘリが轟音を立てて飛び上がった。北陸への先発隊──マサと長官だ。
同期四人組の紅一点であるやよいを失って、他の三人は今どんな思いで居るのか。お互いに文句を言い合っている時もあったが、傍から見ても四人は嫉妬してしまう程に仲が良かった。
明日の準備を済ませて夕食をとった後、京子と綾斗は不安を紛らわすように仕事をした。
普段やらないような書類にまで手を付けて、ようやくデスクルームを出たのは夜の10時を過ぎた時だ。
明日の出発を考えて、京子もアルガスに泊まることにした。一度自室へ戻るという綾斗と部屋へ向かう。
「綾斗が居てくれて良かった。一人じゃちょっと耐えられなかったかも」
「俺もですよ。まだ、信じられませんから」
悪い事ばかり考えてしまうからと我武者羅に仕事したが、結局頭の中はやよいの事ばかりだった。
相手はホルスなのか、ただのバスクか。それともキーダーなのか。
各支部に居るキーダーを一人一人頭に浮かべて、自己嫌悪に陥る始末だ。
「建物も何もない場所で空間隔離を使ったって事は、久志さんに気付かれたくなかったって事だよね? そんなにやよいさんが憎かったのかな」
空間隔離は建物や一般人に被害を与えない為のものだが、その必要もない場所とあれば、戦闘の気配を漏らさないという理由で使ったのだろう。
「やよいさんだからなのか、キーダーだから殺されたのか……それって私たちも狙われるかもしれないって事?」
「マサさんが言うように、警戒はすべきだと思いますよ?」
初めて人間を相手に本気で戦ったのは、彰人と浩一郎がアルガスを襲った時だ。
味方だと思っていた相手が敵になる瞬間の恐怖は計り知れない。『もし』が現実になってしまったら、誰と戦う事になってしまうのだろうか。
キーダーはキーダーを殺めると粛清対象になってしまうが、直接手を下すのもまたキーダーだと言われている。
今まではそんな話題が出ても『あり得ない』と笑っていた。なのに──
「どうしてこんなことになってるの?」
キーダーの中でもやよいは強い方だ。彼女を殺めるような相手と戦って無事で済むとは思えない。
「明日は早いんでゆっくり寝て下さいね」
部屋の前に着いた途端、急に足が竦んでしまった。
敵が見えない恐怖とやよいの死を少しずつ受け入れ始めた頭が、彼女との過去を回帰させる。
「綾斗……」
一人になるのが怖かった。
彼に行って欲しくなかった。まだ側に居て欲しかった。けれど、返事をしていない後ろめたさがそれ以上の言葉を遮ってしまう。
込み上げる衝動を必死で堪えようとするが、先に涙が零れた。
「我慢なんてしなくていいから」
引き寄せられた彼の肩に顔を埋める。
綾斗もまた泣いていた。
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