翌日が仕事始めだという陽菜と、一軒目で別れた。
京子はだいぶ酔っているが、軽い足取りで賑やかなアーケード街を歩いていく。
来た道と方向が逆なことに気付いて、綾斗は慌てて京子の前に走り出た。
「俺たちも明日は仕事なんですから、帰りましょうよ」
「まだ十時だよ。着いてきたいって言ったのは綾斗でしょ? ちょっとラーメン食べて行こう」
「ラーメン? 今からですか?」
「うん、ラーメンは飲んだ後に食べるのが美味しいんだよ」
京子は上機嫌で「あっちだよ」と通りの奥を指差した。
「さっき食べてたプリンが〆だと思ってました」
「あれは、あの店の〆だって。綾斗だってまだ食べれるでしょ?」
「俺は、まぁ……まだ入りますけど、京子さんはお腹いっぱいじゃないんですか?」
「いいのいいの、ラーメンは別腹だよ。たまには好きなだけ食べなきゃ」
綾斗は少し考えて「食べたら帰りますよ?」と念を押す。
先導する京子に着いていくが、アーケードを進む彼女の足取りが、次第におぼつかなくなっていく。そんな様子を見ていられず、綾斗は京子の腕を掴んだ。
「京子さん、気を付けて下さい」
「平気平気。ラーメン食べるだけだし、まだ頭もハッキリしてるから」
「まだって! 全然平気そうじゃないですよ?」
今からでも引き返したい気分だったが、彼女が足を止めたのはそこからすぐの場所だった。
繁華街の外れにこっそりとある古い店で、お世辞にも綺麗とはいえない。
中には中高年の男性客が数人いて、ビール片手にラーメンをすすりながら天井下にあるテレビのスポーツニュースに夢中だ。
厨房には老齢の主人が一人いて、ホールにいた奥さんらしき女性がカウンターへ二人を案内する。
綾斗は曇ったメガネを指で拭い、コートを脱いだ。
「にんにくラーメン二つ」
メニューも見ずに注文をした京子に、綾斗は驚く。
「にんにくって、明日仕事なんですよ? そんなの食べていいんですか?」
「だって美味しいんだよ? ここ来たらそれ食べなきゃ意味ないもん。牛乳飲めば臭い消えるってテレビで言ってたし。ね?」
目の前で生のにんにくをズリズリとおろす主人。綾斗は京子がCMに気を取られた隙を狙って「少なめでお願いします」と早口に伝えた。
「これだよ、これ。帰って来たらこれ食べないと」
出されたラーメンに歓喜する京子。
減らしたとは到底思えない量のにんにくがスープに投入されている。けれど一口食べて綾斗は、「美味しいですね」と顔を上げた。
京子は「でしょ」と微笑み、男子さながらに麺をかきこんでいく。
空腹が満たされ、京子は大きく欠伸をした。微睡んだ表情で「もう食べれない」と呟いて、ばたりとカウンターに顔を伏せる。
最後の麺をすすっていた綾斗が絶句した。
「京子さん寝ちゃ駄目ですよ、起きてください! 俺、京子さんの実家の場所知らないんですよ!」
悲鳴に近い綾斗の声も、京子にとっては睡眠へと誘う呪文のようだった。
夢の中に堕ちて行く京子を綾斗は激しく揺さぶるが、そこで彼女が目を開くことはなかった。
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