戦闘準備は万全だ。
本部の壁は厚い装甲に覆われ、避難を要請した近辺の工場や住宅からは少し前にシェルターへの移動が完了したと連絡が入っている。
屋上にはコージのヘリが離陸準備を整えて待機し、本部に集まったキーダーがその横で迎撃態勢を取っている。現時点での応援は、マサと久志だけだ。
けれどホルスが提示した10月7日の零時を回ってもレーダーは鳴かず、辺りの様子に変化はなかった。
いつもよりも暗い夜の向こうで、オレンジ色の夜景が静かに光る。秋の夜はひんやりと寒かった。
「皆さんは一度中に入って下さい。私たちが見張るんで、少しでも休息をお願いします」
0時半を過ぎた所で、屋上に居た年配の護兵が桃也に声を掛けた。
彼等は非能力者で、常にキーダーの不足を補いアルガスを守る立場にある。
「じゃあそうさせて貰います。何かあったらすぐに警報を鳴らして下さい」
桃也は潔くその申し出を受け入れ、他のキーダーを下の階へと促した。
「10月7日ってのはあと23時間もあるからな。いつでも戦えるように大人しくしているように」
「そう言う君もだからね?」
「…………」
「一人だけ残るなんて言わせないよ」
言った側から風景を見張ろうとする桃也に、彰人が釘を刺した。
制服のタイが風にはためいて、桃也は鬱陶しそうに胸元へねじ込む。
「頑張りたいのは分かるけど、人間ってのは限界があるからね。君に倒れられたら僕たちが困るんだから、せめてソファに横になって目を閉じててよ」
「彰人くんの言う通りだよ」
京子が「降りよう」と誘うと、桃也は納得のいかない顔を数秒キープして「分かったよ」と溜息をついた。
零時に来ると確信を持っていた訳ではないが、集中をぶった切られた気分だ。それは多かれ少なかれメンバーの全員が感じている。
大舎卿が無言のまま階段を下りて、京子も他のメンバーとそれに続いた。
けれど実際、下で何をすればいいのか分からない。ホルスはいつ攻撃を仕掛けてくるのだろうか。
夜中のうちか、朝イチか、それともどこか他の場所で──思い当たる可能性を頭に並べてシミュレーションを繰り返す。
「休まなきゃいけないのは分かってるつもりだけど、興奮して眠れないよ」
「流石に今すぐは無理かな。かといって朝まであのまま待って戦闘状態になんてなったら目も当てられないから、言われた通りに大人しくしてるのが正解かもね」
「夕方から全然動いてないから体力余ってるんだよなぁ」
横に並んだ綾斗が「俺も」と肩を竦める。ホールで彼と大分やり合ったつもりだが、もうすっかり回復している。
体力温存が悪い方に向いてしまっている。これも忍の作戦だろうか。
各々の部屋に別れて制服のままベッドに入ってみたが、結局眠気が下りてきたのは朝方になってからだった。
次に目を覚ましたのが10時。思ったより眠ることが出来たが、本当に今日ホルスと戦うのだろうか。
いつもと変わらない目覚めを疑って、FAXを確認した。
「今日……だよね。間違いないか」
すっかり緊張が抜けてしまう。
平和な昼を経て変化が起きたのは、夕方になってからだった。
何も起きない事態にじっとしていることが出来ず、見回りという口実で美弦とランニングに出掛けた時だ。
夕暮れ時の海に、観覧車の光が見えたのだ。
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